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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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その3「狙い澄ました、その一瞬」

 遡ること数日前、司は普段と同じように過ごす片穂と導華の二人にふとあることを尋ねた。


「司さんが人間の姿のまま悪魔と闘う方法、ですか?」


「おう。この前の文化祭の時、片穂が来なかったから俺が完全にお荷物になっちゃったからさ。少しでも力になりたいんだ」


 このような提案を司がするきっかけになったのは、もちろん雨谷朱理の戦いを見たからだった。

 今までの経験上、悪魔と闘うためには自らが天使となる天使化しか方法がないと思っていた。しかし、人間のままで悪魔たちに干渉出来る力が存在することがわかった以上、習得できるならば、しておきたいと司は思ったのだ。


「多分、剣を司さんが人間の状態のままで使うことは出来なくはないと思いますけど……」


「そ、そうか! なら早速──」


「ワシらからは勧められない提案、じゃのぉ」


 何かを言いたげに口ごもった片穂の代わりに、導華が答えた。


「気持ちは分かるが、司は極端に天使の力への適性が高い分、人間のままでも悪魔との接触ができてしまうからのぉ。たとえ片穂の剣が司に使えたとしても、身体能力は人間のままなんじゃ。人間のままだと、天使化している時のように軽い怪我でもその場で治らん。それならば片穂の元へ急いだ方が安全性も、確実性もあるんじゃ」


 天使化の特権を得ずに武器のみで戦うということは、常に相手よりも劣った状態での戦いが強いられるということだ。特別に運動神経が優れているわけでもなく、戦いの心得も身についていない司が戦うというのは、あまりに無謀すぎる。


「でも、雨谷さんだって大きな鎌で戦っていたじゃないですか」


「あの娘は明らかに一般人の身体能力と戦闘技術ではない。長い時間をかけた訓練をこなした結果であろう。今から短期間で身に付く動きでは決してない」


「そう、ですか」


 落胆の色を隠しきれずに、司は肩を落とした。

 遠まわしに自分個人の力は戦闘には必要ないと言われたようなものだ。片穂の力を借り続けるのも、司としても気が進まないのだ。

 せめて一つだけでもいいから、力になりたかったのだが。


「でも、お姉ちゃん。もしもの時の保険のために司さんが剣を使えるようにするのは、いいことじゃないかな?」


「よく言った片穂! それだ!」


「まぁ、魔女のこともあるしのぉ。用心しておくのに越したことはないか」


 導華の定位置である司のベッドから立ち上がり、導華は司の後ろに回って両肩にポンと手を置いた。それを見ると片穂も立ち上がり、司の前に立つ。


「お? どうしたんだ、いきなり」


「これから、司さんの体に私の力を蓄積させて、一時的に【灮焔(こうえん)()(つるぎ)】を顕現できるようにします」


 意味が分からなかった司に、さらなる説明が加えられていく。天使たちによると、人間にも天使の力は蓄積することが出来るらしい。ただ人間は通常、天使の力を自ら生産することが出来ないため、感覚的にはピクニックに持参した水筒のようなものらしい。

 そして、人間の体のままでは蓄積できる力の総量がごく僅かなため、剣を維持しておくのも三〇分が限界のようだ。一度無くなったら再び片穂から力を貰わないと使うことが出来ない。

 ここまで酷いコスパを知ると、二人が今まで提案してこなかったのも頷ける。戦いに参加するというよりは万一の自衛用にしか使えないだろう。


「ワシが調節しよう。片穂はとりあえず送り込め」


 首を縦に振ると、片穂は司の胸元にそっと手を置き、目を閉じた。ふぅ、と息をつくと、片穂の掌から白い光が溢れだし、司の体に吸い込まれていく。

 なんとも不思議な感覚だった。自分の体の中に自分ではない異質なものがしみ込んでくる感覚なのだが、痛みや不安はない。むしろ安心すらできるような優しさが流れ込んできた。そして、その流れが自分の肩に手を置く導華によって規則的な流れになっていくのが感じられた。


「お、おおお。なんだこれ。変な感じだ」


「こんなにも大きな器を持っておるのにこんなことをするのは司ぐらいのものじゃろう。心配性にもほどがあるわ」


「べ、別にいいじゃないですか。いつまでも片穂や導華さんに守られてばっかじゃいられないですから」


「心配しなくても大丈夫ですよ、司さん! 司さんの凄くて格好いい所は、戦い以外にもたくさんありますから!」


「それ、あんまりフォローできてないからな……」


 後ろで導華がクスッと笑った気がしたが、司は無視することにした。

 力を送り込む過程が完了したのか、片穂は再びふぅ、と息をついて胸元に置いた手を離した。

 司は自分の体を見つめて、手を開閉して体の具合を確かめてみる。


「外見では何も変わらんじゃろう。どうじゃ、試しに剣を出してみろ」


「え、どうすればいいんですかね」


「いつもと同じですよ! ほら、バッ! って手を出して、グッ! って声を出すんです!」


「お、おう」


 何を言っているのかよく分からなかったが、いつもと同じなのだからとりあえず剣の名前を唱えればいいのだろう。



──【灮焔(こうえん)()(つるぎ)



 朱理からの攻撃をギリギリのタイミングで剣を顕現させて防いだ司は、鎌と剣の間に散る火花を見ながら冷や汗を流していた。


「まさか、こんなに早く使うことになるとはな……」


 余裕が見えるような言葉を放ってはいるが、実際には司が剣を掴む手は痺れていて、朱理の一撃のあまりの衝撃に驚きを隠せなかった。

 ただ、驚嘆の表情がより出ていたのは朱理のほうだった。

 やはり司が天使の力を使うことは予想していなかったのだろう。初撃で司を戦闘不能にようとしていた朱理は次の攻撃の準備に体が移行せず、未知の力を使った司から距離をとるという選択をした。


「どういうことですの。何故人間の姿のままの司様がその剣をお持ちになっているのでしょうか」


「万一の保険だよ。俺だってこんなにすぐ使うとは思わなかったけどね」


 出来る限り朱理に不気味さを感じさせるために、圧倒的不利な状況でも、無理やりに司は不敵な笑みを浮かべた。


「その剣は片穂さんのものだと記憶しておりますが」


「ちょっと借りてきたんだよ。いざという時のためにさ」


「笑えない冗談ですわね」


「笑ってくれると、俺としても幸せなんだけどな」


 現状を考えると、不利なのは明らかに司だ。剣が使えるのは最大三〇分。防御に使えばさらにその時間は減っていくだろう。さらに戦闘経験や技術に関しても、司が完全に劣っている。単純な身体能力では負けないとは思うが、身のこなしなどは朱理が上手。力での有利も存在しない。

 この条件下で司が生き延びるためには、朱理の隙をつくしかない。しかし、相手は雨谷朱理。普段の生活から油断も隙もない彼女だ。戦闘においてそんな隙など介在する余地などない。


「しかし、司様。見た所、姿は人間のままのようですわ。その状態で天使の力を使うのはかなり力の制限があるのではなくて?」


 正解だ。この力は自衛の最終手段。攻撃には使えない。というよりも、剣を攻撃に使う技術を持っていないのだ。しかし、それを朱理に悟られる訳にはいかない。

 だから、ここで司が言うべきことは、真実ではなく、ブラフ。朱理が一時的にでも撤退する可能性のある嘘をつく必要があった。

 だが、司には肝心の嘘の内容が思いつかないのだ。どうすれば、司に今持つ以上の力があると錯覚するのか。考えている時間などない。とにかく自分が強いことを強調する。そのためには──


 ふと、司の頭にある考えが浮かんだ。


「制限なんて、ないさ」


「なん……ですって?」


「だって俺は、『運命の人』だから、な。これくらい出来て当然だろ?」


「……なるほど。納得致しました」


 司が今狙われているのは、「司がサタンの『器』である」という勘違いを朱理がしているからだ。ならばその勘違いを逆手に取ってしまえばいい。

 司は、無理やりに不敵な笑みを浮かべた。


「すげえもんだよな。こんな『運命』を背負ったおかげで、こんなこともできるようになるなんてさ」


「本当に、素晴らしい才能ですわ。やはり司様は間違いなく『器』でございますわ」


「そんなこと言われたって、俺は全く嬉しくないけどな」


「それは大変失礼致しました。では早速、司様をアスタロト様の元へお連れしたいと思いますわ」


 朱理は、再び司へと斬りかかった。今度の狙いも恐らく腕だ。利き腕を落としてしまえば反対の腕で痛みと出血に耐えて戦うことなどほぼ不可能。完璧な一撃が入れば、司の敗北は疑いようもない。

 しかし、命を奪ってはいけないという制限が向こうにある以上、朱理は繊細な攻撃をせざるを得ない。

 だから司はその攻撃を、避けない。


「なッ!」


 右肩に振り降ろそうとしていた鎌の軌道に対し、司は敢えて自分の体の中心をその軌道に入れた。

 振り下ろす鎌が司の脳天に突き刺さる直前に止まった。あと数センチで司の命を奪ってしまうその刃物を、朱理はぴたりと止めた。


「一体、どういうおつもりですか……?」


「やっぱり、俺のことを殺すような攻撃はできないんだね」


「ええ、できませんわ」


 朱理は苦笑して、再び鎌を振り上げる。


「ですが、私は司様よりも戦闘技術が高いと自負しておりますのッ!」


 もう一度、朱理は鎌を振る。二度の縦振りの後だったので、司はまた急所を鎌の軌道へと動かすが、今度はその鎌は司の横を通過して横からの攻撃へと連動していく。

 狙われたのは、足だった。まとめて両足を狩り取ろうとするかのような力と速度で、朱理は鎌を振る。


「ぐッ!」


 膝の高さで赤黒い鎌は地面と水平の軌道を描く。その軌道に、無理やり司は剣をねじ込む。

 ガキッ! という金属音と共に、光と闇の火花が散る。

 その瞬間は攻撃を防いだと思った司だったが、その安心によって剣を握る力が一瞬だけ緩んだのは、失敗だった。


「こんな体でも、力には自信がございますのよッ!」


 ふわっと、司の体が浮き上がる。

 華奢な体のどこからそんな力が湧いてくるのか。鎌を防いだ剣ごと、司は横に吹き飛ばされた。

 不安定な姿勢だったため、抵抗する力を出す余裕もなく数メートルほど司の体は宙に舞い、体が地面に打ち付けられた。

 激痛とまではいかないが、それでも十分なダメージが司に蓄積された。

 苦しむ司を見て、恍惚とした表情で朱理は一歩ずつ距離を縮める。


「さあ。さあさあさあ、司様。司様に仕える身としては、これ以上の攻撃は気が進まないのですけれど。諦めて降参してくださいませんか?」


「気が進まないようには、どうにも見えないんだけどね」


 膝に手をつき、なんとか司は立ち上がる。大丈夫。怪我はない。身体はまだまだ動く。まだ、戦える。

 問題は、どうやって勝つかだ。


「申し訳ありませんわ。苦しむ司様を見ていると、なぜか笑みが止まりませんの」


「そんな趣味があったなんて聞いてねぇぞ。ちくしょうめ」


 文句を垂れながら、司は剣を構え直す。

 どうする。真っ向勝負では絶対に勝てない。勝機があるとするならば、朱理が予想していないような、奇襲しかない。

 しかし、初めて出会ってからずっと側に居続けた朱理だ。テスト期間にいたっては司の家で勉強していたほどだ。司のことは熟知しているはずだ。


「俺とずっと一緒にいてくれたのは、全部この時のためかよ……」


 奇襲なんて、効くはずがない。この瞬間のためだけに、彼女は司に自分の全てをつぎ込んできたのだから。

 勝つためには、賭けしかない。

 これは賭けだ。失敗したら、敗北が確定する。そもそも、今の自分にできることすら分からない。

 不安が募る。呼吸が乱れる。剣を握る手が汗で滑りそうだ。

 司は、剣を強く握り直した。


「でもまぁ、やるしかねぇよな」


「何を、でしょうか?」


「教える気なんかねぇよ!」


 ここで初めて、司は自分から攻撃を行った。剣の使い方が分からない司はなんとなく両手で剣を握りしめて振り上げた。まずどちらの足から踏み出すべきかも分からない。

 一歩踏み出してから、随分と不格好な攻撃だな、と司は情けなく思ったが、目的はこの剣を朱理に当てることではない。避けられていい。

 演じるんだ。大きな力を持っているのに技術がない男を。力も、技術もない自分だ。誇張しろ。胸を張れ。


 力に任せた司の攻撃を、朱理はいともたやすく避ける。華麗な身のこなしだ。無駄な動きなど一切なく、最小限の動きで司の剣をかわす。


「失礼ですが、いくら司様の攻撃だとしても、さすがにそんな攻撃には当たりたくても当たれないのですけれど」


「余計なお世話だっつーの!」


 司は再び力任せに剣を振る。強引に振られた剣は無様に波打ち、微塵の攻撃力を感じさせない。当たったところでたいしたダメージにはならないだろう。

 それを一瞬で察した朱理は失望したように司を見る。


「こんな太刀筋、受ける武器が可哀想で仕方ありませんわ」


 朱理は身を屈めて司の剣を回避し、左足を軸に回転しながら右足を司の腹部へと蹴り出す。


「ふぐッ……!」


 内臓が揺れるかと思うほどに朱理の足は司の腹にめり込み、突撃した勢いも合わさって急激な吐き気に襲われたと同時に、司は後ろへと吹き飛ばされた。

 容赦のない一撃に、司は横になって声にならない呻き声を上げる。

 幸いなのは、意地でも司が剣から手を離さなかったことだ。武器が無くなれば数パーセントあった勝ちの目がゼロになるところだった。

 ただ、それを喜んでいられるような状態ではない。朝食の焼き魚が逆流しないように堪えるので精一杯だった。


 するとコツンコツンと高い音を響かせて、朱理が少しずつ倒れている司に近づいてくる。

 (うずくま)っている司を、朱理は満面の笑みで見下ろす。


「さぁ、司様。終わりにしましょう?」


 ゆっくりと、朱理は鎌を振り上げた。


(ここだッ!)


 吐き気と頭痛を堪え、司は剣を握りしめた。

 振り返り、握る剣にさらに力を込める。

 待っていたのは、この機会だ。技術の無い自分が、朱理に圧倒的な差を感じさせ、油断をさせる。今まで、朱理が攻撃動作をここまで遅くしたのは初めてだ。これだけのんびりと鎌を動かしてくれれば、素人の司でも鎌を狙うことが出来る。


 ここしかない。打ち込め。形勢逆転の一撃だ。

 握った司の黄金の剣が、白い光を出し始める。剣の大きさの一回りかもう少しほど纏った光を見て、朱理は司の狙いを察した。


「しまっ──」


「【灮焔(こうえん)()太刀(たち)】‼」


 天使の力を凝縮した斬撃が、朱理の鎌をその手から弾き飛ばした。


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