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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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その9「『神に愛された女』」

 佐種美佳は生きている。その言葉を聞いただけで司は声を荒らげた。


「い、今はどこに⁉︎」


「それについては、順を追って話すわ。まずはあなたの話からよ」


「俺から……?」


「あなたはそこの天使に、削られ消えるはずだった命を助けられた。そうね?」


 司は「あぁ」と頷いた。


「それはつまり、佐種美佳があなたの妹がサタンの『器』だと確信していたということよ。だからあなたたち天使と干渉した」


「美佳殿……」


 導華はそっと美佳の名を呟いた。司と片穂が出会った十二年前、美佳は司の死の運命については「佐種家の事情だ」と、さらには「これは運命だ」と言っていた。サタンの『器』について知っていたのは言うまでもない。


 司の死を確信していて、そんな時に片穂が間違えて下界に落ちた。それはもう運命としかいいようがない。美佳は隠し事はしていたが、嘘はついていなかった。


「さっきも言ったけれど、あの女は世界が滅びる危機よりも自分たちの愛と、子供たちを選んだ。こうして私があなたの前にいるのもそのせいよ」


 初知美佳は佐種家について知っていて、それでも自分の選んだ愛する相手と結ばれる道を選んだのだ。その先にある過酷な運命があると知っていても。


「ただ、サタンの『器』を子に持った以上、サタンの降臨を阻止するために佐種美佳に与えられた選択肢は二つよ」


 初知は指を二つ出してその内の一本、中指を軽く揺らした。


「一つ、あなた達を殺してサタン降臨の可能性を抹消すること。でもあなたたちを産むという選択肢を選んだ以上、この道はないも同然。もちろん選ばない。つまり選ぶのは二つ目の選択肢——」


 初知は中指を折りたたみ、二つ目の指として人差し指をピンと立てて口を開く。


「二つ目——魔王サタンを倒し、自分の家族全てを救うこと」


「それが、十年前か……‼︎」


 司の両親が参戦した、十年前に起こった悪魔との大規模な戦い。導華も最初は参戦していたが、戦いが進むにつれて力のある大天使のみが残り、導華は戦線から離脱した。


 あの時の戦いはただサタンを倒すためでなく、佐種家の子供たちを助けるための戦いだったのだ。


 初知はさらに続ける。


「サタンの『器』になるためには、五歳くらいで十分なのよ。だからあなたたちを育てられる限界、つまりあなたの妹が五歳になった十年前に、佐種美佳と佐種勇は天使を巻き込んで魔王討伐へ挑んだ」


「その、結果は……?」


「端的に言うならば、引き分けね。魔王に傷を負わせることは出来たけど、倒しきることは出来なかった。同様に、佐種美佳も死ぬことはなかった」


「なら、母さんは……」


 司は質問を重ねる。それに躊躇うことなく、初知も答える。


「恐らく、向こうで捕まっているんでしょうね。それ以上は私も知ることは出来なかった」


「なぜ美佳殿を監禁など……」


 佐種美佳という人間の持つ力は、悪魔にとって脅威そのものだったはずだ。身柄を確保したのなら、そのまま殺してしまったほうがいい。ではなぜ、佐種美佳は生きているのか。


「サタンがこの世界で形を維持できない、と言うことは話したわね。サタンの強大な力はこの世界に干渉することすら難しい。普通の悪魔なら魔界と下界の空間を繋げて出入りが出来るけれど、サタンは出来ないの」


「まさか、その媒介として美佳殿を……⁉︎」


「そう。言うならば使い捨ての輸送船のような存在。『器』と言うほどではなくても、佐種美佳ならばサタンを一定時間許容できるはず。その時間さえあれば下界にやってきてから『器』に乗り換える時間も確保できる」


 元々佐種美佳は魔女の家系、初知家の人間だ。悪魔への適性が極端に高い家系で、なおかつ魔女以上の力を持った彼女を利用しない手はない、ということだった。


「だから佐種美佳はサタンの『器』が向こうに確保されるまでは死ぬことはないわ。安心しなさい」


「じゃあ、父さんは——」


「知らないわ。あの男もあなたと同じ『器』になれなかった『欠陥品』よ。それもあなたよりももっと『器』から遠い存在。もし捕まっていたら、殺されていてもおかしくないでしょうね」


「そんな……ッ!」


 あまりにも違う扱いの違い。司の不安が一気に増幅する。実際自分も悪魔との戦いで命を落としかけているからその不安は余計に増えていく。


 そんな司に、初知は冷たく言う。


「元々魔王と戦う道を選んだのはあの二人よ。文句を言う資格なんてないわ」


「魔女よ。お前は先程司や勇殿を『欠陥品』と呼んだな?」


 初知は軽く「えぇ。そうね」と返事をした。


「ならばなぜ殺す必要がある。司が『器』でないと分かった以上、ワシらと敵対する理由はないじゃろうに」


 初知の目的は、「サタンの『器』である佐種司を殺すこと」だった。しかし、それが司ではなく真穂だとわかった以上、その前提は崩れ去ったのではないか、ということ。


 しかし、それに対しても初知はすぐに答える。


「まず一つは、可能性がゼロではないからよ。『欠陥品』といっても、サタンを許容する力が少しでもあるかもしれない。数パーセントでも可能性があるなら、その芽は摘むべきだわ」


「なら勇殿はなぜ殺されてもおかしくないなどと言った。勇殿も生かされていいはずじゃろう」


「ここまで必死に情報をかき集めた私でさえ、佐種司が『器』だと思っていたのよ? 悪魔側は確実にあなたを『器』だと考えて扱うはずよ。だから危険なの」


 その説明を聞いて、司の口からポツリと言葉が落ちる。


「…………そっか。よかった」


「司さん……?」


 司の言葉に違和感を感じた片穂は、不思議そうな顔で司を覗く。


「真穂が『器』だってことは、ここにいる四人しか知らないんだろ? だったら俺が悪魔に捕まらないうちは絶対に真穂は安全だからさ」


「でも、私があなたの妹を殺しに行くこともあるかもしれないわよ?」


 ニヤリと笑う初知に、今度は司が冷静に返す。


「お前が妹に手を出すとわかった瞬間に俺が悪魔側に回る、って言ったら?」


「——ッ⁉︎」


 明らかに、初知の動揺が見てとれた。余裕のあった笑顔がたった一言で引きつっていた。


「……正気の沙汰じゃないわ。冗談も程々にしなさい」


「初めて会った時から、あなたはずっと臆病だった。昼も導華さんが威嚇で構えていた弓を下ろすまで話し始めなかったし、今だって自分のテリトリーに呼んでわざわざ結界まで張って、ただ話すためだけなのに周到に準備されてる。そして、一番は俺が『器』じゃないのをわかってもなお、数パーセントに怯えて俺を狙うことを諦めないこと」


「……面白いことを言うのね」


「もし、俺が悪魔側に回ると言ったら、あなたは絶対に止めるはずだ。俺が悪魔側に回って『器』じゃないことがバレたら、状況は一気に悪化する。それはあなたも望んでいることじゃない。だからここは——」


「司‼︎ おぬしは自分が何を言っておるか分かっておるのか⁉︎」


 異常な程に冷静に、淡々と魔王に手を貸すという言葉を発し続ける司の胸ぐらを掴んで、導華は怒鳴りつけた。その目は明らかに敵に向ける鋭い目。当たり前だ。天使を裏切って敵になると言っているんだから。


「お、お姉ちゃん。司さんだって本心で言ってるわけじゃ……」


「いや、本心じゃ。恐らくこの魔女が真穂に手をかけたら、必ず司は魔王の元に歩く」


「何を言って……ほ、ほら、司さんも早く嘘だったって……」


 司は、返事をしなかった。襟元を導華に掴まれたまま目線を逸らした司を見て、片穂は少しだけ眉間にシワを寄せた。


 導華は乱れた息を整えると、突き放すように掴んでいた司の襟元を離した。ガンッと椅子の音が鳴る。


 司は下を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


「俺、なんとなく母さんと父さんの気持ち、分かるんです。世界の崩壊とか、魔王の『器』だとか、天使とか悪魔とか、まずその前に——」


 正直、実感などは一つもなかった。天使や悪魔の存在だって最初は信じれなかったし、自分の両親がこんなにも重い運命を背負っていることも、今でも信じられない。


 でも、妙に納得している自分もいた。片穂と出会い、導華と出会い、たった一ヶ月で様々なことがあった。魔女が現れ、妹がサタンの『器』であると知った。不思議だが、腑に落ちる感覚がある。これが運命なんだと、司は感じていた。


 そして、自分は選択肢を迫られた。世界を守るために死ぬか、絶対的脅威に立ち向かうか。


 なんとなく、両親の気持ちが分かった気がした。きっと世界を守るとか大層なこと、二人は考えてなかったんだと思う。


 だから、恐らく両親が考えていた事を、司は強く口にした。


「俺は家族を守りたい」


 初知の笑みは消えていた。まるで異物を見るかのような目で司を見ていた。


「…………強欲ね。とても強欲。全てを救える世界なんて存在しないわ。たった二つの命で世界の危機は無くなるの。それがどれだけ合理的か分からないの?」


「分かるさ。もちろん、分かる。でも、俺は身も心も人間だ。家族を守るためなら、欲張るさ」


 司のこの言葉に反応したのは導華だった。導華が思い出したのは、華歩が自分と契約する前に言った言葉。


 ——私は、人間だよッ‼︎


 醜いほどに欲に忠実で、大切な家族のために、全てを敵に回そうとする。愚行だ。合理性など微塵もない。


 でもそれが人間だと、導華は知っていた。


「……人間の心は、やはり分からんものじゃのぉ」


 司の提案とその意思を聞いた初知は、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「わかったわ。あなたのその言い分、今は聞いてあげる。でも私は変わらずあなたを狙い続けるわ。それでもいいかしら」


「……一緒に魔王を倒す、っていう選択肢はないのか?」


 自分を殺そうとする相手に問うのと意味が無いと思うが、それが一番いい考えなのではないかと思っていた。無駄な争いで命を賭けることなど、ないほうがいいに決まってる。しかし、


「つくづく狂った家系なのね。佐種家というものは。最初は私も考えたけれど、無理よ。共闘したとしても魔王には確実に勝てない」

 

「そんな……! やってみなくちゃわからないじゃ——」


「——佐種美佳が勝てなかった。この事実の意味を噛み締めなさい。隣の小さな天使なら、分かるはずよ」


 何度も彼女は言っていた。「佐種美佳のせいでここにいる」と。大天使を含め、誰よりも強い佐種美佳が勝てないのだ。だから初知は司を殺すという選択肢を選び、ここにいる。


 それには、導華も肯定する。


「……魔女のいう通りじゃ。美佳殿が勝てないのなら、ワシらは絶対に勝てん」


「そ、そうなんですか……」


 司が俯くと同時に、四人の間に沈黙が流れた。そして、それを断ち切るようにパンッと手を叩いたのは、初知だった。


「さて、お話はここまでにしましょうか」


「ま、待ってくれ! まだ訊きたいことが——」


「佐種美佳が魔王に与えた傷は、もう殆ど完治している。悪魔たちが大々的に動くのも時間の問題だわ。私はそれまでにあなたを殺さなくてはならないの。だから早く帰りなさい」


 初知の言葉を聞いて、司はつい「えっ」と声を漏らしてしまった。


「殺すのに、帰らせるのか……?」


 目の前に対象がいて、天使たちの力も封じ込めたにもかかわらず、易々と帰してしまうとは考えにくかったからだ。


「何度も言ったでしょう? 私は結界以上の力を使う準備をしていないの。今できることは精々殴り合い。それじゃあなたは殺せないわ」


「では、早速帰らせてもらおう」


 躊躇うことなく、導華最初に立ち上がった。


「ワシらもここでは力を使えん。もし刃物で攻撃されてはひとたまりも無いからのぉ。今は退く以外に選択肢はないんじゃ」


 躊躇することなく、導華は出口へと足を進めていく。続いて片穂と司も立ち上がり、歩き出す。


 その様子を見ながら、初知は妖艶な笑みを浮かべて手を振る。


「では、また会いましょう。次はその首、狩らせてもらうわ。『欠陥品』の佐種司くん」


 返事はしない。挨拶の代わりに、司は初知を睨みつけた。そして司が振り返ってドアに手をかけた時、初知の口が開く。


「そうだ。言い忘れていたわ」


 体を止め、振り返らずに耳だけ初知の方へ意識を寄せる。


「『悪魔教会』という組織が、『器』であるあなたを確保するために動き出しているわ。悪魔だけじゃなく、悪魔側の人間にも気をつける事ね。私が殺す前に捕まるなんて止めて頂戴ね」


「えっ……?」


「それでは、さようなら。良い夢を」


「ちょっ、待っ——⁉︎」


 急に体が引かれる感覚がしたと思ったら、司たちはいつの間にか外へ投げ出されていた。慌ててドアを開こうとするが、もう鍵がかかっていて開かない。


「どういうこと、なんだ……」


 それから先、司たちは声を発せなかった。何故かは分からない。それぞれ考えることがあったり、気持ちを整理したり、そんな事もあるのかもしれない。


 そして、帰り道、さらに家に着いてしばらくの間、三人の誰も口を開くことが出来なかった。



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