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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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その3「鎚と鎌」

「まずは一発かますわよ!」


 気合いを入れて、誉は悪魔へと向けたハンマーを大きく振りかぶったが、横から後ろへと大きく回したハンマーは後ろに立つ司にクリーンヒット。


「へぶぅ⁉︎」


 情けない声を腹の深いところから漏らして、司は後ろへと吹き飛ばされた。腹を抑えて倒れる司を見て、誉は忘れ物を見つけたかのような表情で、


「あら、ごめんなさい。そんなに近くにいたのね」


「なんであんなに遠くに悪魔がいるのにこんな所でハンマー振るんだよ! 危ねぇじゃねぇか!」


 司が無防備だったのはこれが原因だ。遠く先にいる悪魔と巨大なハンマーを持った天使。これだけ見たら天使が羽ばたいて勇しく悪魔の元へ向かう図が簡単に思い浮かぶ。


 それなのに、だ。それなのにこの天使はこの場でハンマーを思い切り振りかぶったのだ。それはさすがに並みの運動神経しか持たない司では避けれない。


 司が文句を言うと、誉は全く気にかけることなくむしろ感心したような顔をしてハンマーを優しく撫でる。


「それにしても本当にカホエルを許容できるだけの適性があるのね。天使化してる私と普通に話すどころか物理干渉まで出来るなんて、普通の人間じゃあ有り得ないわよ」


「そ、そりゃどうも……って、違うだろうが! なんでここでハンマーを振るんだって——」


「うるっっさいわね‼︎ いいから見てなさい。私の大鎚は遠近両用よ」


 ニヤリと笑う天使の言葉があまり理解できない司は、首を傾げる。


「…………どゆこと?」


「いいから、見てなさい」


「あ、はい」


 強い圧力のかかった言葉に、司は素直に返事をした。


「もし悪魔が来て攻撃されても、気合いで避けなさい。契約者ならなんとかなるでしょう?」


「んなこと言われて簡単に出来るか! 片穂がいなきゃ俺はただの人間なんだっての! 悪魔の攻撃が当たる分余計に危ねぇって!」


「本当にうるっっさいわね‼︎ あなた本当に男なの⁉︎ いいから黙ってそこで立ってなさい!」


「あ、はい。すいませんでした」


 再び圧力に負けた司はプライドの欠片も感じさせないような返事をした。そんな司を見て、誉は得意そうに口角を上げる。


「分かればいいわ。物分かりがいい人間は嫌いじゃないわよ」


「そうですか……」


 少しテンションの下がった司は一切気にかけず、誉は宙へと飛翔する。


「さぁ、行くわよ。水を司る大天使ガブリエル様の弟子、天使イドミエルの力、とくと見なさい!」


 誇り高く誉は名乗りを上げて、再びハンマーを振りかぶった。腰を落として横から後ろへとハンマーを回し、それを握る手にさらに力を入れる。


「飲み込みなさい! 【波濤はとう大鎚おおづち】‼︎」


 遠く先に飛行する悪魔に向かって、誉はハンマーを振り上げた。振り上げられたハンマーから濁流のように力が流れ出し、誉の放った打撃が巨大な津波となって宙を泳ぎ、悪魔たちを飲み込んでいく。


 力の波が生んだ強烈な衝撃に、悪魔たちは一斉に洗濯機に入れられたようにもみくしゃになっていく。


 まさに一網打尽。その光景を見た司は言葉を失い、呆然と立つことしかできなかった。その反面、変わらず鋭い目つきの誉は再びハンマーを振りかぶる。


「もう、一発!」


 再度放たれた波の打撃は、悪魔たちに再び猛威を振るう。たった二撃で動きの遅い悪魔は全て消滅し、小回りのきく悪魔だけが残った。


「この攻撃は一体……?」


 唖然とする司を見下ろす誉はため息を吐いた。


「二回も見せたのにも関わらずわざわざ解説しなければならないのかしら。とても面倒だわ」


 親切さを微塵も感じないような返事をする誉だが、理解しようにも詳しいことが分からないのだ。その原因は簡単に契約している天使にあるのだが。


「片穂の攻撃は基本的に剣を振るだけだから細かいことはわかんねぇんだよ」


「そうね。カホエルは脳筋だったわね」


「やっぱり天界でも片穂は脳筋扱いだったんだな……」


 片穂が脳筋と呼ばれることにあれだけ抵抗する理由は天界にあったのだとなんとなく司は理解した。しかし、これは司の欲しい答えではなくて。


「気になるなら、カホエルが全て知っているから今度訊きなさい。私が許可を出してあげるわ」


「はいはい。そりゃどーも」


 答えが返ってこないことを確信した司は簡単な返事だけをした。


 しかし、そうして話しているうちにも、悪魔が距離を詰めていたことに誉は気づいた。慌てず、冷静に誉は悪魔を睨みつける。


「さすがに喋りすぎたわね。どんどんいくわよ!」


 大翼を羽ばたかせて、誉は悪魔の群れへと飛んでいった。先ほどの攻撃で数は減っているが、それでも多くの悪魔が残っていた。恐らく先ほどの攻撃を避けるような機敏さを持つ悪魔を直接叩くのだろう。


 この時に、司は初めて誉が『遠近両用』と自らのハンマーを表現した理由を理解した。


 宙を舞い、一気に悪魔への距離を詰めた誉はその勢いのまま全力でハンマーを振り下ろす。


「うんりゃあ‼︎」


 水が弾けるような打撃が悪魔に直撃した。一撃で悪魔を粉砕すると、背後から近づく悪魔に向かってさらに一撃。しかし、悪魔との距離が間合いよりも遠く、司からはその攻撃が空振りに見えた。


 しかし、空振りしたはずのハンマーから小規模な波の打撃が宙を伝播し、悪魔に直撃した。初撃の大波は遠くからの攻撃だったために身軽な悪魔に避けられたが、これだけ詰めることが出来れば小規模な波は簡単に直撃する。


 間合いなど関係なしに、誉は悪魔たちを次々に粉砕していく。


「やっぱりみんな強いんだな。俺もあれだけ戦えれば……」


 事が起こったのは、勇しく戦う誉を見て司が感心した瞬間だった。


 背後のドアが勢いよく開き、司の親友が走って屋上まで上がってきた。


「司! さっき誉と屋上に走ってきたのが見えたんだけど、どうしたんだ⁉︎ 何かあったのか⁉︎」


 司の前で声を上げるのは文化祭で多忙を極めているはずの英雄だ。心配してくれた英雄には申し訳ないが、ここにいる理由は決して英雄に教えるわけにはいけない。


 司は隠しきれない動揺をどうにか取り繕おうと手をバタバタと振って言い訳を始めた。


「い、いやっ! 何でもねぇよ。確かに屋上には来たけど、急用じゃねぇんだ。見間違いじゃないのか?」


「いや、俺も見間違いかと思ったんだけどな……」


 頭を掻く英雄の後ろから現れたのは、お淑やかな雰囲気を纏う黒髪の少女だ。


「天羽姉妹のお二人、そして進撞さんと何やら深妙な話をして司様が突然走り出されたので後を追わせていただきました。その道中、嘉部さんと鉢合わせしたのですわ。ご迷惑でしたでしょうか?」


 この時に初めて司は教室に朱理を放置していたことを思い出した。彼女ならば必ず追ってくるだろうし、道中で英雄と会えば共に来るのも頷ける。


 しかし、この二人は天使とは関係ない。朱理は導華の言うように少し気になるところがあるが、それでも今は無関係のはずだ。この二人を巻き込むわけにはいかない。


「雨谷さんか……。いや、特に気にすることはないよ。心配かけてごめん」

 

「そういえば、誉はどこ行ったんだ? 一緒にいたんじゃないのか?」


 英雄は誉と走る司を見ていたはずだし、朱理からもそう聞いたはずだ。しかし誉が天使化している今は普通の人間に誉の姿は見えない。これに対しても司は言い訳を考えようとするが、


「えっと……さっきまで一緒にいたんだけど逸れちまってな。目的地はここだったから、先に行ってようと思ってさ」


「そういえば、なんでここに来たんだ? 文化祭じゃあここは別に使わないと思うけど……」


 まともな言い訳ができない自分に腹が立つが、今はなんとかしてやり過ごすしかない。


「そ、それが……やんごとなき事情でな……」


 しかし、畳み掛けるように朱理が続ける。


「司様。お力になれるならばこの身、なんなりとお使いください。きっと役に立ちますわ」


「別にそこまでの用事じゃ——」


 視線を逸らした瞬間に、司は息を飲んだ。


「どうした司?」


 突然言葉を失った司を、英雄は不思議そうに見つめる。しかし、司の視線は英雄のずっと先を見つめていた。


 ポカンと開いた司の口から、誰に向けるでもない言葉が溢れ出す。


「マジかよ……この学校、呪われてんじゃねぇのか?」


「なんだ? 急に空なんか見て。変なもんでもあるのか?」


「い、いや……」


 小さく首を振って、司は目を逸らした。信じたくはない。しかし、確かに司の目には映っていた。誉が戦う反対側から、二つ目の悪魔の大群がこちらへと近づいていることが。


 しかもこちら側はかなり近い。最初の大群に気を取られて気づいていなかったのか、向こうが狙って気配を潜めてきたのか。


 司は振り返って誉の様子を確認した。


 数は減っているが、まだ全ての悪魔を倒したわけではない。学校に近づけることが出来ない以上、向こうの悪魔を倒すことが先決だ。誉は、第二陣へと向かえない。


 躊躇っていたら、まもなく悪魔は学校へと到着するだろう。


 この瞬間に、司は決断した。


「悪い英雄。少し電話かけていいか?」


 出来る限り動揺を外に出さないように、精一杯の自然体を装って、司は導華へと電話をかける。


『どうした、司』


『今、誉ちゃんが戦ってる悪魔の集団の他に、もう一つ来ました。応援、宜しくお願いします』


『第二陣の気配を感じたが、やはり厳しいか。すぐに行く。待っていろ』


 やはり頼もしい。導華がいればこの状況でも苦労することなく切り抜けられるだろう。


 すぐに電話を切ろうとした司だったが、ある事を思い出して声を上げる。


『あ、導華さん!』


『なんじゃ』


『【縛魔之神域】は使わないで下さい。お願いします』


『……わかった。上手くやってみよう』


 きっと、導華も分かってくれるはずだ。この言葉だけで察してくれる人だと司は信じているし、文化祭をこのまま進行させるために、導華は動いてくれるとも信じている。


 この信頼に全てを託した司はスマートフォンをポケットにしまい、隣にいる二人に声をかける。


「とりあえず教室に戻ろうか。みんな忙しいだろうからさ」


「先に出て行ったのは司じゃねぇか。何言ってんだ?」


「そうですわ。遠慮なさらず、仰ってください」


 自分の下手くそな言い訳で逆に不信感を抱かせてしまったのだろう。しかし、今はそんな場合ではない。無理矢理にでも、校舎の中に避難させないと。


 二人の背中をそれぞれの手で押しながら、司はドアへと歩き出した。


「いいから、とりあえず戻ろう——」


 少し歩いた所で、すぐ数メートル先に既に悪魔が来ていたことに司は初めて気づいた。


(いつの間にこんな近くに……!)


 第二陣か、誉の攻撃から逃れてこちらへと来たのか、詳しい事を考えている場合ではない。とにかく今は二人を守らなければ。


「二人とも、こっちに! 速く!」


 二人を逃がすために司はドアへと走るが、そのドアの前にデーモンが立ち塞がった。


「クッソ……!」


 止まっているこの瞬間にも、他の悪魔が司たちへと近づいてくる。


「自分の身くらい、自分で守りなさいよッ! 【波濤之大鎚】‼︎」


 第二陣の存在を感知していた誉が近くの悪魔を倒す隙間を縫って最初に放った大波を放出した。誉の攻撃で、悪魔たちは波に飲まれていく。


 司の正面にいる悪魔たちの数は減ったが、それでも安全にドアへとたどり着ける保障はない。


 どうしようかと立ち止まる司を、怪訝な顔で英雄は見つめる。


「どうしたんだよ司。出るんじゃないのか?」


 英雄はすぐ近くにいる悪魔が見えていない。あとで理由などいくらでも説明すればいい。強引にでも校舎へ避難させなければ。


 しかし、もうすぐ目の前にまで悪魔は近づいていた。


「二人とも! 俺の後ろに——」


 二人を庇おうとする司が前へと進み出ようとした時、司を差し置いて朱理が前へと出た。


 慌てて司は朱理を引き寄せようと手を伸ばす。


「雨谷さん! そっちは——」


「デーモン風情が司様に触れようだなんて無礼にも程がありますわ」


 吐き捨てるように言うと、朱理は手を開いて、さらに言う。艶やかに、力強く。透き通るような、美しい声で。


 ——【朱血しゅけつ大鎌おおがま


「……ぇ?」


 開いた朱理の手の周辺に、黒く染まった煙が集まり始める。その煙は凝縮し、更に色濃く漆黒に染まっていく。そしてそれは紛れもない闇となり、朱理の手にまとわりつくように形を成していく。


 乾いた血に染まったような色をした、悪魔を象徴する闇の鎌へと。

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