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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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第二話「魔女と天使と人間と」その1

 文化祭が始まって数時間が過ぎた司の感想は、「天使って、凄い」だった。


 そんなことだろうとは思っていた。もちろんだ。ただ、予想していたことが本当に起こると簡単に信じられないのはこの少女と出会った時から変わらない。


 文化祭が始まり、販売が開始した直後に、片穂を見ようと大量の生徒が押しかけ、五分で満席どころか列ができた。まだ朝の九時過ぎである。朝ご飯ちゃんと食べてこいよお前ら。


 そして、本題のカレーも雨谷さんの実力によって大好評。早朝からカレー二杯目を注文する猛者まで現れ始めた。


 そして、肝心の接客なのだが、


「はい! おまたせしました! カレーです!」


「えっと、写真一緒に撮ってもらってもいいですか」


「ごめんなさい。今、とっても忙しいので、もう少しだけ待っていて下さいね! すぐに戻りますから!」


「は、はい……」


 数分経って少しだけ手が空いた片穂は、先程の客の元へ駆け寄り、


「お待たせしました! 写真でしたよね! 素敵な思い出、作りましょう!」


 まさに神対応。この上なく最高の接客である。そして片穂を待っている間にカレーの二杯目を注文する人もいたので、商業的にも完璧である。


 そして、片穂による集客で訪れた人々に、更なるアイドルが出現した。


「待たせたわね。カレーよ。よく味わって食べなさい」


「はい! ありがとうございます!」


 この学校は変態しかいないのか。不安になってくる。しかし、片穂ほど万人受けはしないが、一定層からはかなりの人気を集めていた。


 その活躍のおかげで、午前十一時を過ぎた頃の佐種司が何をしているかというと、


「……さすがに疲れたね」


「辛ければ私にお任せください。少し休まれてもいいと思います」


「いや、雨谷さんだけに任せる訳にはいかないよ。午前ももうすぐ過ぎるし、あとちょっと頑張るよ」


「素晴らしき心でございます。全力で支えさせて頂きますわ」


 当初の予定の数倍の客が来た、ということはつまり、当初の予定の数倍のカレーを作らねばならないわけで。


 今朝作った分は十時を過ぎたあたりでなくなり、午後の分をさっそく投入。もちろん瞬く間にそれも消えていく。早めに手の空いていた人を追加のカレーに采配した英雄の判断は正しかった。


 現在は買い出しとカレーの運搬、そして味噌汁で半分の人数、そしてもう半分を行列の整理と接客にもう半分の人数を使っており(部活動の出し物に行っている人もいるのでこれが限界)、料理が群を抜いて出来る司と朱理が全力でカレーを作り続けている。


 飲食店で働く人の凄さを身に染みて実感しながら、司は包丁で野菜などを切り続けていた。


 文化祭は四時まで、その後から販売は終了するので、それまでの分を作ればいい。


「それじゃあ、ラストスパートだ。頑張ろう」


「かしこまりました。この身尽きるまで支えます」


 ふと司が朱理に目をやると、いつもはおしとやかに笑っている彼女の表情が引き締まり、頬には汗が流れていた。ここまで真剣で疲労感も伺える朱理は初めてだった。


 失礼かもしれないが、人間味のある朱理の顔を司は初めて目にした。自分を支えようと、朱理は全力で手伝ってくれている。ここまでの信頼を朱理から得る覚えは司にはないのだが、それでも、


(この子の前でカッコ悪い所見せるわけにはいかねぇな)


 もう一度、自らを鼓舞して司は料理を作り続ける。


 そして、午前が終わる頃、今日一日分のカレーが完成した。


「お、終わったぁ」


「お疲れ様でした。素晴らしき腕でございました」


「いや、雨谷さんがいたからだよ。本当にありがとう」


「恐縮でございます」


 司が椅子に座っている横で姿勢正しく朱理は立っている。カレーはクラスメイトが持って行ってくれたので、現在は休憩中である。


「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」


「なんでしょうか」


「どうして、こんなに俺のために色々な事をしてくれるんだ? 気持ちは嬉しいけど、俺は雨谷さんに何かしてあげた覚えはないんだけど……」


 初めて会った時からずっと思っていた事。なぜ、雨谷朱理という少女は自分にここまで身を粉にして尽くしてくれるのか。どれだけ考えても、全く分からない。しかし、


「時が来たら、お話しますわ。今はまだ、その時ではありませんので……」


「そんなに、隠さなきゃいけないことなのか?」


「申し訳ありません。今は、まだ……」


 言葉を濁し続ける朱理。これ以上何を訊いても恐らく変わらないだろう。


「じゃあ、その時になったらきっと教えてね」


「ありがとうございます。必ず、お話しますわ」


 朱理は深く頭を下げるが、なんとなくやりにくい空気が流れる予感がした司は椅子から立ち上がる。


「んなら、英雄たちの方に戻ろうか。向こうも大変だと思うし、手伝いに行こう」


「いえ、私が行きますから、司様はもう少しお休みになってください。働きすぎですわ」


「大丈夫だよ。もう十分休んだから——」


 司の言葉を遮って、ポケットの中でスマートフォンが鳴り始めた。誰かの電話かを確認すると、画面に「天羽導華」の文字が見えた。「ちょっとごめん」と朱理に声をかけて、司は電話に出る。


「ワシじゃ。学校に来たはいいがお前らの場所がわからん。案内しろ」


「あ、はい。分かりました。今どこにいますか?」


「昇降口、と言えばいいのか? 入り口はここだと案内された場所じゃ」


「了解です。今から迎えに行きますからそこで待っていてください」


「うむ。出来る限り早く来てくれ。ワシは腹が減った」


「カレー、いっぱい作ったんでたくさん食べってくださいね」


 次の瞬間、電話越しの導華の声が、途端に低くなった。


「……片穂には何も触らせてないじゃろうな」


「はい。食材には指一本触れさせてません」


「そうかそうか。楽しみにしておるぞ」


 司が作ったのを確認して安心したようで、導華はそのまま通話を切った。


「導華さん……えっと、片穂のお姉さんが来たから、今から迎えに行ってくるよ」


「ならば、私もお供しますわ」


 常に一歩後ろを歩く朱理を引き連れて、司は校舎の中を歩く。忙しくて見ている時間はなかったが、想像以上に皆のやる気が伺えた。人もそこそこ来ているようで、文化祭はかなりの賑わいを見せていた。


「みんな気合、入ってるなぁ」


「司様よりも頑張っている人などいませんわ」


「ははっ。ありがとう」


 歩いているうちに、大人しめな柄の着物を着て、透き通るような金髪を可愛らしく二つ結びにした少女が立っていた。その少女が放つ異質な雰囲気に、通り過ぎる人々は必ずといってもいいほどにその姿を一目見てから歩いていた。


 そんな少女が、司が迎えに行こうとしている対象なのだが。


「あ、導華さん! こっちです!」


「おお。遅いぞ司。危なく先程の若者に迷子だと思われて連れて行かれるかと思ったわ」


「すいません。人が多いから速く移動できなくて」


「まぁ、よい。さっさと行くぞ。ワシは腹が減って仕方がない——」


 ピクッ、と導華の身体が反応し、突然言葉を止めた。


「導華さん? どうしました?」


 導華は不思議そうな顔をする司の襟元を掴むと、自分の口元まで力強く司を近づけ、耳元で小さく囁く。


「司よ。お前の後ろにおる娘はお前の知り合いか?」


「え? はい。この子が前に話した雨谷さんですけど……」


 既に雨谷朱理という少女の存在は、導華に伝えてあった。理由の分からない好意や行動だったので、「こんな人がいたんです」と話をしていた。その時は全く興味があるように思えなかったが、一目見ただけでまるで敵に出会ったかのような警戒心を導華は剥き出しにしていた。


「あの娘、『何者』じゃ」


「えっと、雨谷朱理さんですけど……」


「アホ。ワシはあの娘が『誰か』とは訊いておらん。『何者じゃ』と訊いたんじゃ」


 導華を纏う雰囲気は、針のように尖っていた。


「……どういうことですか」


「あの娘からほんの僅かだが、悪魔の気配がする。お前では気づかないほどじゃが、それでも、どう考えてもあれは普通の人間ではない。明らかにこちら側に関係しているとしか思えん」


 導華は視線を朱理に向けることなく司に告げた。


「そんな事って、ありえるんですか……? 一緒に料理まで作ってたんですよ……?」


「ワシだってにわかには信じられんから焦っておるんじゃ」


 冗談とは思えない導華の言葉を、司は信じるしかない。


 ゆっくりと、司は朱理へと目を移す。


「いかがなさいましたか? 司様」


 雨谷あまかい朱理あかりは、いつものように司に優しく微笑んでいた。

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