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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第三章「不屈の英雄に最高の誉れを」
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その3「転校生」

 週末の土日を家で過ごし、その先で最も初めにやってくる最も憂鬱な時、月曜の朝がやってきた。朝からブツブツと文句を言いながらもいつも通りに準備を終わらせて、毎回楽しそうに登校路を歩く片穂の後ろ姿を眺め、華歩と合流し、三人はいつも通りの時間に教室へと入る。


 そしていつもと変わらないのは、教室に入ってから司にかけられる一言も同じだ。


「よぉ! 久しぶりだな!」


「毎回毎回、ゲームの村人みたいに同じ言葉ばっか言って楽しいのかお前は」


「いいじゃねぇか。仲間じゃねぇかよ」


「一体何の仲間になったってんだ。友達なら認めるけど何かしらの組合に入った覚えはねぇぞ」


「何言ってんだ。帰宅部兼雑用係って言ったら俺たちじゃねぇか。違うとは言わせないぜ」


 全く必要のないキメ顔を司に決める英雄は、一定時間司から離れるとまず一言目に「久しぶりだな!」と理解不能の言葉を満面の笑みで投げかけてくる。


 皆に声をかけるならまだわかるのだが、自分だけというのが少し気持ち悪かったりする。


 この嘉部英雄という男は、一言で表すなら善人である。同じ帰宅部だが、周りからの信頼は圧倒的に英雄が優勢だ。何か雑用を頼まれると二つ返事で「任せろ!」と胸を張り、ちょうど隣にいた司まで巻き込んで雑用を始める。そして共に雑用を任され続けているうちに、ついたあだ名が『雑用係』である。


 しかし、ただのいい人だけではなく、高校生に必要なノリの良さも兼ね備えた、皆から好かれるタイプの人間だ。度重なる善行によって、司とは違い学校内ではちょっとした有名人だったりする。


「司さんって、雑用係なんですか?」


「いや、違うからな? 帰宅部だから暇だろって固定観念のせいで雑用はとりあえず任せておけばいいみたいな感じで押し付けられてるだけだからな?」


「実際、暇だろ。俺たち」


「いや、そんなことは……」


「でも司さん、バイトがない日は家でずっとお姉ちゃんとテレビ見てゴロゴロしてますよ?」


 鈍感な天使は、不思議そうな顔をして司の怠惰な日課を暴露した。ぐっと視線を片穂へ向けて慌てて司は声を上げる。


「片穂! そういうことは言わなくていいんだってば」


「え? ダメだったんですか?」


 ケロッと目を丸くする片穂の隣で、眉間にシワを寄せた英雄が低い声で司に言う。


「その無意味な嘘を追求する前に、司。『お姉ちゃん』って誰だ? お前には妹しかいないと思っていたが」


「英雄さん。司さんのお姉ちゃんではなくて、私のお姉ちゃんですよ。お姉ちゃんも一緒に暮らしてますから」


「……そんな話は、聞いてないんだけどなぁ? 司くん」


「話すよ。話すからその握り締めた拳を開いてくれ」


 今まで特にいう必要がなかったので導華が司の家で家主よりも怠惰な日々を送っていることは華歩しか知らない。


 とりあえず、片穂が泊まることになった後、導華も来て一緒に住むことになったと簡単に伝えると、英雄は力無く座っている椅子の背もたれに体重を預ける。


「……なるほどな。片穂ちゃんだけでも羨ましいのにもう一人の美女と三人暮らしってことか」


「まぁ、そうなるな」


 誤魔化せたのかは分からないが、とりあえずは納得してくれたようなので司は安堵して息を吐いた。


 すると、脱力した司の後ろから荷物を置いた華歩が英雄の元まで歩いてくる。


「そうだ。英雄くん。この前はありがとね」


 先週、華歩が一人で住んでいたマンションから実家への引っ越しが行われた。傷心していた華歩は必要最低限の荷物しか家に置いていなかったので、業者に頼むほどでもないからと手作業で運ぶことになった。


 さすがにキツいからと英雄に連絡すると、やはりこの男は二つ返事で「任せろ!」と一時間もしない間に手伝いに参加した。暇な善人にのみできる所業である。


 当日も礼は言っていたが、改めて伝えた華歩の礼に、英雄は胸を張って答える。


「おう! どうってことねぇぜ! なんかあったらまた言ってくれ! 司と手伝いに行くからよ!」


「俺にも予定ってのがあるから勝手に一緒に行くことにするのはやめてくれないか?」


「そんなつれないこと言うなって! 友達じゃねぇか!」


「友達だったら尚更俺の都合も考慮してくれよ。バイト入ってたりしたらどうすんだ」


「あー……それもそうだな。でもまぁ、そこんところは何とかなるっしょ」


「ならねぇから頼んでんだって。頼むぜ本当に」


 司が疲労感を露わにして苦笑いをした。


「そういえば二人とも、文化祭の出し物を何にするか考えてきた?」


「あれ? 今日決めるんだっけ?」


「うん。今日のお昼だよ」


 司の通う高校では、文化祭が七月一周の週末に行われる。他の高校よりもかなり早い日程だが、二年生の二学期は修学旅行も控えているので、それとの日程の調整の手間を省きたいのだろう。


「文化祭って、なんですか?」


「文化祭ってのはなぁ、片穂ちゃん! 数多くの仲間たちが試行錯誤の上に作り上げた傑作たちを学校以外の人たちにも見てもらい、他との信頼を強固にし、これ以上ないほどの達成感と共に皆で涙を流す祭さ!」


「な……なんだか、とっても凄いお祭りなんですね!」


 それらしい字面を並べて強く拳を握る英雄を見て、片穂は期待に胸を膨らませる。あまりにも誇張された表現を素直に飲み込む片穂を見て、司は訂正を加える。


「そんなに大袈裟なもんじゃねぇだろ。ただ出し物をクラス毎とかに考えてワイワイやるぐらいだっての」


「でも、楽しいんですよね?」


「もちろんだ! 血湧き肉躍る祭典が待ってるぜ!」


「おぉ! 楽しみですぅ!」


 英雄が拳を振り上げると片穂も笑顔で高々と拳を掲げた。


「じゃあ、そんな熱い祭に、お前は何をやるつもりなんだ?」


「俺はもちろん決めてあるぜ! 文化祭の出し物と言えば俺の選択肢は一つしかねぇ!」


「なんだその異様な意気込みは」


「まぁまぁ、今日の昼に分かるさ」


「いや、別に格好つける場所じゃねぇぞそこ」


 なぜこの男が妙にテンションが高いのかは全く分からないが、昼にわかるというのだから待っておこう。


 呑気に司たちが会話をしていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。騒がしさはそのままに、皆がそれぞれ自分の席へとつき始める。


 少し接触の悪くなった教室のドアを、担任の教師がガラガラと音を立てて開き、教壇の前に立つ。


 決まりきった挨拶と出欠確認の後、付け加えるように教師が口を開く。


「えー、一学期ももうすぐ終わるところだが、ここでまた転校生を紹介するぞ」


「転校、生……?」


「片穂ちゃんに続いてまた転校生かぁ。可愛い子だといいなぁ」


 期待に頬を緩める英雄から教室入ってくる影に視線を移した瞬間に、司の口から驚嘆の声が漏れる。


「うげ……」


 教室に入ってきたのは、つい昨日見たばかりの片穂よりも少し背の小さい天使。肩にかかる程度まで伸ばされた髪は歩く動きに合わせて可愛らしく揺れていた。


 少し鋭目の目尻だが、不快感は感じない。それを補って有り余るほど均整の取れた美しい顔が、その目すらも美に変えているのだから。


 片穂たちが着ている物と同じ制服に身を包んだ少女は、キリッとした表情で生徒たちの前に立つ。


 転校生にしては新天地に対して緊張している様子のない少女は、凛とした表情で辺りを見回し、腰に手を当てて仁王立ちをする。


「今日からこの学校に転校してきた、進撞誉よ!」


「イーちゃん! イーちゃんも転校してきたんだね!」


 転校生として学校に入ってきた誉が自分の名を告げた瞬間に、喜びに目を輝かせた片穂がガタッと大きな音を立てて立ち上がった。


「天羽片穂! あなたがこの学校にいると知ったから、わざわざ私から出向かせてもらったわ! 今に見ていなさい! いかに私の方が優れているか教えてあげるわ!」


「うんっ! 頑張ろうね!」


 司以外は片穂と誉の言動が理解できないため、教師もクラスメイトもポカンと口を開いていた。


 誉が片穂の知り合いだということを理解した英雄が、司の耳元に顔を寄せてそっと呟く。


「なぁ、司。あの子もお前の知り合いだったりするのか?」


「いや、今回は少し話した事があるくらいだよ。片穂の幼馴染なんだってさ」


「はぇ〜」


 納得した英雄が顔を下げると、次は華歩が司に話しかける。


「司くん。片穂ちゃんのお友達ってことは……」


「あぁ。もちろん天使だよ」


 片穂と導華が天使であることを知っているのはこの学校では司と華歩のみ。そして片穂が友達のように誉と話している姿で、察しの良い華歩は誉が天使であることに気づいていたようだった。


 誉が天使だという事実を確認した華歩は、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「そっか。ちょっと、楽しみだね」


「そう、か……?」


 誉の脈絡の無い言動に触れることを拒絶した教師は、苦笑いしながら誉を席へと誘導する。指定された席は教室後方の窓側、英雄の隣の席である。


 微妙な雰囲気の中、誉は堂々と机の横を歩いていく。少々独特な自己紹介に戸惑っているクラスメイト達だが、その美貌は片穂と同様に一般的な高校生のそれではない。それ故、皆が口開かずに釘を刺されたように席まで歩く誉を見つめる。


 言葉を発さずに椅子に座った誉に向かって、英雄は空気を読まずに早速話しかける。


「誉ちゃん……だっけ? よろしくな! 俺は英雄ってんだ」


「えぇ、よろしく」


 片穂以外は眼中に無し、なのだろうか。英雄が振り絞った精一杯の明るさは目を合わさずに『話しかけるなオーラ』全開の少女に一蹴された。


 言葉に詰まった英雄は、助けを乞うように司を見る。


「なんか、すっごい話しかけづらいんだけど……」


「まぁ……頑張ってくれ」


 いかにこの天使が扱い辛い存在であるかを、司は既に身をもって知っている。だから、英雄の健闘をただただ祈るしかない。


「マジかよ……」


 佐種司どころか、英雄の学園生活まで慌ただしくしていくような異様な雰囲気を纏った少女は、司たちの気持ちに何一つ気付くことなく席に座っていた。


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