第一話「自称ライバル 進撞誉」その1
突如佐種司の家を訪問してきた天使らしき少女、進撞誉を後ろにつけて、司は家へと入る。
「導華さん。なんか片穂じゃなくて別の人が来たんですけど……」
「とう、か……?」
その名に聞き覚えがあるのか、誉は疑問符を頭に浮かべる。
「一体誰じゃ。こんな昼間から」
「か、かか、カトエル様!? どうしてこんな所におられるのですか!?」
ある程度部屋の中へ入ったあたりで導華の姿を目視した誉はその目に移る光景が信じられないというように目を大きく見開いて声を上げた。
「なんじゃ。イドミエルではないか」
「知り合いなんですか?」
先程自分で誉が言っていた「イドミエル」という名を導華も呼んだので、天使として知り合いであるのかと気になった司が質問すると、導華の代わりに誉が早口で喋り始める。
「知り合いも何も、ここら一帯は全てカトエル様の管轄なのよ! 知らないわけがないじゃない!」
「あ、そういえばそうでしたね」
「うむ。一応ワシがここの管轄じゃな」
当たり前の質問に答えたように導華は頷くが、これらの会話の中でこの小さな天使が天界で一目どころか二、三目置かれていることを司は思い出した。
それはつまり、司は今、天界でもかなり地位の高い天使と呑気に話しているわけで、もちろん誉はそのことに納得がいかない。
「何を気軽に話しているの!? この方は天使の中でも特にその才能を買われて歴代トップクラスのスピードで出世した超超偉大な天使様よ! 礼儀知らずにも程があるわ!」
妹である片穂が敬語を使わずに家族として接しているため意識することはないが、確か片穂がこっちに来てすぐの時に聞いた話だとそんな感じだったなぁ、と奥底に沈んだ記憶を司が掘り返していると、少し眉間にシワを寄せた導華が軽い声を放つ。
「別にワシにかける礼儀など必要ないわ。むしろこれぐらいの方が過ごしやすいからの」
「そ、そう言われましても……」
戸惑う誉を気遣って、司は来客用の座布団を引っ張りだして導華の正面に置く。
「まぁとりあえず座りなよ。お茶飲む?」
「……頂くわ」
「あ、お茶は飲むんだね」
「何よ! 予想以上に気温が高かったからここまで来るのにだいぶ汗をかいてしまっただけよ! 文句ある!?」
ただ客人に茶を飲むか聞いただけで「文句ある!?」と言われるとはなんとも理不尽に感じるが、司はこれぐらいで怒るような人間ではない。
「い、いや、ないけど……」
普通に司が接客をするものだから忘れていたのか、導華は肝心な事を思い出し口にする。
「そうじゃ。そもそも何故お前がここに来ておるんじゃ? ワシは許可を出した覚えはないが」
片穂が下界に降りた時は、天界にいた導華が色々と手引きをしたと聞いていた。先程もここら一帯は導華が管轄していると言っていたので、本来ならば無許可で誉はこの下界に来ているはずなのだが。
あまり訊かれたくない質問だったのか、誉は少し戸惑いながら口を開く。
「そ、それはですね。ガブリエル様とラファエル様がカトエル様に任せておけば大丈夫だと仰ったので……」
申し訳なさそうに誉が事情を説明すると、導華は「なるほど、そういうことか」という言葉を一つの溜息に乗せて吐き出す。
「あの御二方も天使遣いが荒いのぉ。じゃが、そう言われてしまったら仕方ない。面倒を見るしかないじゃろう」
「あ、ありがとうございます!」
「ラファエルさんって、導華さんのお師匠さんでしたっけ?」
「いかにも」
導華はコクリと頷いた。そして視線を誉へと移す。
「そして同じ大天使ガブリエル様はこの天使イドミエル、進撞誉の師匠じゃ。あの二人の頼みとなると、さすがのワシも断れんからのぉ」
天使としてはトップに立つ導華でも、相手が「大天使」となると話が変わってくるようだった。そして、片穂の師匠がミカエルと聞いた時も同じだったが、自分の名前が聞いたことのある大天使の名前が出てくると、司の些細な知的好奇心が顔を出してくる。
「へぇ〜。じゃあこの誉ちゃんも天使として戦闘が強かったりするんですか?」
「下界に降りることが許される時点で十分な力が認められているという証拠じゃ。悪魔と戦える力は確実にあるじゃろう」
「あ、ありがたきお言葉です!」
座っていながらもテーブルに手を付いて出来る限り頭を誉は頭を下げる。司も天羽導華という天使がどれだけ素晴らしくたくましい天使であるのかを知っている分、導華に力を認めてもらえるという喜びを共感できた。
深々と誉が頭を下げていると、玄関の扉が開く鈍い音が聞こえた。そして、次に聞こえるのは高く可愛らしい天使の声。
「ただいま帰りました!」
「お、片穂か。おかえり」
司の「おかえり」が言い終わるかどうかほどのタイミングで、片穂の存在に気付いた誉が勢いよく立ち上がった。
「久しぶりね! カホエル!」
「え!? どうしてイーちゃんがいるの!? 久しぶりー! 元気そうでなによりだよー!」
威圧的に声を出す誉だったが、片穂は気にすることなく久し振りに旧友に会ったかのような声を出して荷物を床に置くと小走りで駆け寄って誉に抱きついた。
「イーちゃん」という随分と可愛らしい名前は恐らく「イドミエル」の頭文字から来てるのだろう。ただ、当の本人はあまりそれを好ましく思っていないようだった。
「ちょ……だから馴れ馴れしくしないでっていつも言ってるでしょう!?」
「あれ……? 片穂のライバル、じゃなかったのか?」
「そんなことないですよ! イーちゃんは小さい頃からのお友達なんです!」
「私はお友達だなんて言った覚えはないわ! いいから離しなさい!」
さっき玄関で自分は片穂のライバルだと公言した割には、肝心の片穂はそのような雰囲気を出さないどころか仲良しの友達宣言ときた。
この全く噛み合わない二人の言動はどうなってんだ、と司が思っていると、自分にくっつく片穂を引き離した誉はピンと片穂に指を差す。
「いい!? 天界ではあなたに少しだけ、ほんっの少しだけ遅れをとったけれど、私がこの下界に来た以上、瞬く間にあなたを抜かしてあげるわ!」
玄関先で司に言ったことと殆ど変わらない言葉を発する誉。恐らくここにくるまでに何を言おうか考えていたのだろう。それならば司の存在に気付かず一人で言葉を話し続けた理由もわかった気がした。
しかし、これに対する片穂の返事もやはり噛み合わない。
「じゃあ私も負けないように頑張らなきゃ! 一緒に頑張ろうね!」
「なんでそうなるのよ! 本当に噛み合わないわね、あなたは!」
誉から明らかな敵対意識を向けられているにも関わらずクラスメイトからの鼓舞からだと片穂は錯覚しているようだった。
「いつもこんな感じなんですか? この二人って」
「天界とはあまり変わったようには見えんのぉ」
「なるほど、そうなんですか」
納得していいのかどうかは別として、とりあえず司は頷いておいた。
「そ、そうだわ! 今日はこんなことをするためにきたんじゃないのよ!」
片穂によってペース崩され本来の目的を忘れていた誉は慌てて話を本筋へと強引に戻す。
「カホエル! 私は必ずあなたよりも優秀な天使になるわ! 今日はその宣戦布告よ!」
「うん! 頑張ろうね!」
相変わらず噛み合わない片穂の返事に今度は振り回されないように出かけた言葉を飲み込んで、本来言うはずのセリフを誉は口にする。
「う……今日のところはここで帰らせてもらうわ! 今に見ていなさい!」
「そうか。気をつけるんじゃぞ」
「は、はい! 失礼します!」
「忙しい子だなぁ」
あれだけ片穂に様々な言葉を投げかけておいて、導華に対しては礼儀正しく頭を下げる誉の姿を見てポツリと溢れた司の言葉は、誉の耳に届いていたようで、
「うるっっさいわね! あなたには関係ないでしょう!?」
「わかった、わかったよ! 悪かったって!」
「ふんっ! わかったならいいわ。それじゃ、失礼するわ」
クルッと体を半回転させて玄関へと向かおうとする誉を片穂はガサガサと買い物袋を漁りながら呼び止める。
「イーちゃん! さっきアイス買ってきたんだけど、一つ持っていきなよ!」
「……頂くわ」
「アイスも貰うんだね」
「何よ! 何を食べようが私の勝手でしょう!?」
「お、おう……」
宣戦布告をしにきたにも関わらず美味しそうなアイスを片手に握った誉は、この態度と噛み合わないアイスを気にすることなく声を出す。
「それじゃあ今度こそ失礼するわ!」
「バイバイ! イーちゃん!」
再び「うっ……」と何かを言いかけた誉だったが、今度もその言葉を飲み込んで近所迷惑に気を使っているのか静かにドアを閉めて帰っていった。




