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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第二章 「華へと導き、華へと歩く」
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その4「常日」

 青い空を覆っていた雲はいつの間にか何処かへ消え去り、隠されていた青が現れる代わりに真っ赤な夕暮れが顔を出していた。


 カーテンの隙間から差し込んでくる暖かい夕日に包まれながら、部屋の中心に置いた椅子に座る少女と、ミニスカートに見えるほどの丈の短い着物を着た少女がその背後に立っていた。


 その二人の隙間から、金属の擦れる音が部屋に響く。それはリズミカルに心地よい音を奏でながら少女の髪を切り落としていく。


「こんな感じで大丈夫か?」


 導華は華歩の肩に残った髪の毛を手で払いながら、全体のバランスが取れているかを確認するために華歩を様々な角度から見る。


 華歩も自分で髪型を確認すると、満足したように小さく微笑んで口を開く。


「うん。ありがとう。導華ちゃん」


「なに、元々巻き込んでしまったのはこちらの失態じゃ。これぐらいならいつでもやってやろう」


 器用さが売りの天使は、こういった散髪も得意のようで、華歩の髪型は美容室に行ってきたかのように整っていた。


 片付けも手際よくこなしている導華に、華歩は声をかける。


「あのね。導華ちゃん」


「どうした?」


「私、前の家にまた戻ろうと思うの。家族みんなで住んでた、今までの家に」


「……そうか」


 自分の家に帰るまで華歩はずっとこの事を考えていた。今は殺人事件があった家から離れ一人暮らしをしているが、本当にそのままでいいのかと。


「私が住まないなら、あの家がそのうち売りに出されちゃうらしくて。前までは忘れたくて売っていいって言ってたんだけど、やっぱり家族との思い出は残して置きたくて」


「そうじゃな。それがいい。大切にするんじゃぞ」


「……うん」


 笑顔で自分の考えを肯定してくれる導華に、華歩は静かに頷いた。


「ほれ、こんなものでよかろう」


 話している間にも導華は華歩の首元などに付いた髪の毛を払い飛ばしており、華歩の体には切った後の髪は付いていなかった。そして、華歩は整えられた自分の髪を鏡で見ながら毛先を指に絡ませて髪をいじる。


 特に髪型が気に入らないとかそういう気持ちはない。むしろ気に入っているぐらいなのだが、今まで地味な黒髪ロングだったので一気に髪を短くして華歩はかなり違和感を覚えていた。それよりも感心するのは、その場で頼まれてここまでのことが出来る導華の技術だった。


「やっぱり、導華ちゃんってなんでもできるんだね」


「そんなことはない。こんなことが出来ても、肝心な所で出来なければダメなんじゃ」


「でも、導華ちゃんは私を助けてくれたよ。大事な時にはいつも導華ちゃんはいてくれた」


「今回が上手くいったんじゃよ。毎度ここまで上手くいくことはないからの」


 珍しく自信のない言葉を並べる導華に、華歩は笑顔で声をかける。


「大丈夫だよ。もし上手くいかないことが起こったなら、私が全力で導華ちゃんを手伝うから」


 卑下する必要なんてないのだ。前を向いて歩く事を、支え合い歩む事を、教わったのだから。


 力強く自分を見つめる視線を瞳に映す導華は、大きく笑い始める。


「はっはっは! つい最近までメソメソ泣いておったくせに急に逞しくなりおってからに」


「ふふっ。そんなことないよ」


 華歩は自分が逞しくなったとも、強くなったとも思っていなかった。ただ、頼っていいのだと、弱くてもいいのだと分かっただけだ。


 すると、導華は笑っている華歩に真剣な声で話しかける。


「華歩よ。ワシの契約者となったということは、これからの悪魔との戦いにもお前の事を巻き込んでしまう。それは、先に謝っておこう」


 本当は、巻き込むつもりなどなかった。悪魔と戦う存在になった以上、最悪の場合は死ぬ事だってありえる。そのような道を選ばせてしまった華歩に対して、導華は頭を下げるが、


「ううん。大丈夫だよ。導華ちゃんが側にいてくれるんでしょ?」


 少女は、天使に謝罪を求めない。


 共に歩くと、自分が決めた。険しい道も自分の足で歩くと、決意した。だから、後悔はない。


 そんな華歩の言葉を聞いて、導華は安心したようにいつもの口調で話し始める。


「アホ。なんでもワシ任せにするじゃないわ。あまり甘える小娘には、少々厳しくせんといかんのぉ」


 少し前に片穂が導華に酷く怒られているのを見ているので、華歩は苦笑しながら断りを入れる。


「そ、それはいいかな……」


 そんな二人の会話を中断させたのは、台所から声を発した司だった。


「導華さーん。そろそろ出来ますよー!」


「あ、ごめんね。司くん。結局全部任せちゃって」


 華歩が髪を切っている間に、司と片穂は夕飯の準備をしていた。華歩も途中から手伝おうかと思っていたが、想像以上に司の手際がよかったため、その必要もなかったようで既に綺麗なオムライスが皿に盛られていた。


「いいよ。これぐらい任せておけって」


 調理器具を片付けながら司は笑顔で答えるが、その横で目を輝かせた天使が待ちきれない様子で司を見つめていた。


「司さん! 早く食べましょう!」


「気が早いっての! テーブルに並べるまでは待てって!」


「そんなこと言ってる場合ではないです! おむらいすです! おむらいすなんですよ! 早く! 早く!」


 華歩の家に来る前はかなり落ち込んでいたのだが、オムライスを作っているうちに機嫌はどんどん回復し、出来上がる頃には普段よりも元気に溢れていた。


 鼻息を荒くしながら、片穂は司に顔を近づける。


「そんなことは作った俺が一番わかってるから! いいから並べてくれ!」


「はい! 了解です!」


 ビシッと敬礼をして、片穂はテーブルに料理を並べ始める。


 華歩も自分の席について司の作った料理を見るが、そこにあるのは飲食店で出て来ても違和感の無いほどの鮮やかな黄色に包まれたオムライス。その見た目と匂いだけで既に旨味を感じているかのような感覚まで華歩の脳に伝わった。


「いつも思うけど、司くんの料理の腕って男の子のレベルじゃないよね……」


 高校二年生の男にしてはあまりにも完成度の長い料理に、華歩は若干引くぐらいに感心していた。


 ただ、司の料理の腕が上達したのはごく単純な理由なのである。


「そもそも苦手じゃなかったんだが、ある日を境になぜか夕飯を毎日三人分作ることになったからな。経験値ボーナス中ってやつだ」


 片穂と導華が来たから単に料理の回数や量が増えたため上手くなっただけだ。特にオムライスに関しては深く理由を言及することはないが、なぜか一ヶ月で十回以上作っているので司の技術は無駄に上がっていた。


「む。なんじゃ。ワシらが来たのが迷惑とでも言うのか?」


 司の皮肉じみた言い回しに反応した導華は少し低い声で司に問いかけたので、司は慌てて取り繕う。


「い、いえ! 導華さんには毎日朝食を作ってもらってるんで朝が弱い俺からしたらめっちゃ嬉しいです! はい!」


「うむ。ならばよい」


 無理矢理に取り繕った司の言葉だったが、導華は素直に食事を始めた。


 すると、司の横から自分も負けてないと言わんばかりに片穂が声を上げる。


「つ、司さん! 私も頑張ってますよ!」


「あぁ、片穂は……あれだな。……うん。いつも食器を並べてくれてありがとう」


「なっ……! 司さん!? 私、全く嬉しくないです!」


 少しの思考と絞り出したお情け程度の感謝に、片穂は悲しそうな顔をするので、司はさらに言葉をかけようとするが、


「あー……。えっと…………いつも食器洗ってくれてありがとう」


 必死に絞り出した結果、皿洗いが片穂の最も優秀な功績だった。しかしそれは、片穂は料理をしていないわけではない。むしろ高頻度で手伝ってもらっているのだが、それでも皿洗いぐらいしか片穂を褒める箇所が見つからなかったのだ。


 ただ、司の言葉は片穂の怒りを誘導するには十分過ぎた。


「司さん! なんでお料理の話なのに私が関わると食器って言葉しか出てこないんですか! 私は食器としか関わってないって言うんですか!?」


 ガタンッ! と大きな音を立てて片穂は声を荒らげた。ここぞとばかりに距離を詰めてる片穂に、司はジリジリと後ろに下がりながら小さく答える。


「……まぁ、そうだな」


「むぅ~~! 最近、司さんの言葉がちくちくします!」


「ほ、ほら。片穂。オムライス冷めちゃうから、早く食べようぜ」


 怒りでそっぽを向いた片穂に司はオムライスの盛られた皿を片穂の前にそっと寄せて食欲を催促する。誘惑を前にして片穂は負けじと司に怒りをぶつけ続けるが、


「そんなこと……むぐ。言ったって……。私だって……女の子なんですから……もぐ。時と場合を考えますよ……もぐむぐ」


 怒っているはず、なのだが片穂は話しながらオムライスをどんどんと口元へ運んでいた。


「こら、片穂! そんな行儀の悪い食べ方をするように教えた覚えはないぞ!」


「……っ! …………ん。ごめんなさい。お姉ちゃん」

 

 導華に注意を受けて、片穂は慌てて口の中のオムライスを飲み込んだ。ついでとばかりにもう一口食べていたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。


「全く、お前は……」


 導華は苛立ちを露わにしながら行儀よく綺麗にオムライスを口に運ぶ。すると、ほんの少し重くなった雰囲気なんとかしようと華歩が立ち上がった。


「あ、そうだ。リンゴあるんだけど、食べる?」


「食べます!」


「じゃあ俺が切るよ」


 片穂の即答は予想通りなのだが、皮剥きは自分でやったほうが早いと判断した司はゆっくりと立ち上がる。しかし、


「いえ! 司さん! ここは私にやらせてください! 私だって出来るってこと、教えてあけます!」


「そ、そうか。なら頼む」


「はい! 任せてください!」


 かなりの圧力で動きを抑えられた司は少し戸惑いながらもその場に座り直すが、次の片穂の行動を見た瞬間に司は動揺を見せる。


「お、おい。片穂?」


「見ててください! これを使えればリンゴの皮剥きぐらいちょちょいのちょいです!」


 そう張り切る片穂の手にあるのは黄金に輝く短剣。これはつい先ほど、悪魔との戦闘の際に華歩が自らの髪を切るのに使った天使の力によって生成された短剣なのだが、問題はそれよりも前にこの短剣を使用した時のことだ。


「いや、片穂……そうじゃなくて」


 司が忠告を口にする前に、短剣を使いこなすことができる片穂はもう既にリンゴを可愛らしく切り分けていた。


「ほら! どうですか!? 完璧なウサギさんです!」


 片穂は無邪気な子供のように皿に並べた小さな兎たちを司に見せつけるが、司のその視界の奥に何かメラメラと燃え上がる黒い影が見えていた。


 満面の笑みを浮かべる片穂の横で、影は小さく呟く。


「……片穂よ。先ほど悪魔と戦ったばかりだというのに随分と元気じゃのぉ」


「――ッ!」


 文字通り片穂の顔が青ざめ、嫌な汗が滝のように流れる。


「……いや、あの、お姉ちゃん。これは……えっと……」


「何か、言い残すことはあるか?」


「……ごめんなさい」


「謝るぐらいならばさっさと無駄遣いせずに力を蓄えんか! このアホ天使が!」


 姉の鉄拳が、妹の頭に振り下ろされた。部屋に鈍い音が響き渡る。


「痛い! 痛いよ、お姉ちゃん!」


「言ってわからんような欠陥品は叩いて直すのが丁度いいんじゃ!」


「つ、司さん! 助けてください!」


 調子の悪い機械を直すかのように導華は片穂の頭に拳を何度も振り落とす。抵抗が出来ない片穂は目に涙を溜めながら司を見つめるが、


「今度からは、気をつけような。片穂」


 導華の恐怖に負けた司は、優しく片穂に笑いかけた。


「そ、そんな! 薄情です! 冷酷です!」


「お前が悪いんじゃろうが!」


 導華は片穂に怒鳴り続け、拳をさらに頭部に下ろし続ける。


 しかし、その向かいに座る少女はこのコントのような掛け合いに遂に堪え切れなくなったようで、


「ふふっ。片穂ちゃん……必死過ぎだよ……ふふっ……お腹痛い……もうやめてあげて、導華ちゃん……ふふっ」


 華歩は腹部と口をそれぞれの手で押さえ、これ以上ないくらいに笑い始めた。どうやら華歩にはさぞかし滑稽だったようで、遂には涙が溢れるまでに笑い転げてしまった。


 大笑いをする華歩を見て気が抜けてしまった導華は、怒ることも馬鹿馬鹿しくなっていたのか、ふう、と一息吐いて笑い出す。


「はっはっは! じゃあそうしてやるかのぉ。片穂もきちんと反省しておるようだしのぉ」


「むぅ~……」


 小さな体で笑い出す導華を、片穂は細い目で睨みつける。


 華歩の笑いが収まると、涙を拭きながら笑顔のまま自分の周りにいる三人を見て、


「導華ちゃん、片穂ちゃん、司くん」


 一呼吸置いて、口を開く。


「ありがとう」


 何を、などはいう必要はない。


 ただ、自分を支えてくれた全てに感謝を伝えたかった。


 太陽のように明るい笑顔を見えた華歩に、三人はそれぞれ返事をする。


「お互い様だよ。これからも宜しくな」


「今度こそは私が美味しいご飯作りますから!」


「これからも宜しく頼むぞ。ワシの契約者よ」


 いつものように腰に手を当て、堂々と胸を張ってにかっと笑う導華に、華歩は嬉しそうに返事をする。


「うん!」


 オレンジに塗りつぶされた空で世界を見守る夕日は、朗らかに笑っているようにも見えた。今日一日の役目を終えた太陽が、静かにその姿を隠していく。


 つい今朝まで雨が降っていたとは思えないほどに、今日は清々しく晴れた日だった。


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