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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第二章 「華へと導き、華へと歩く」
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その2「お前の心を救いたい」

 ガサガサとビニールの音を立てて、四人は華歩の家へと帰ってきた。


 荷物を置くや否や、片穂ははきはきと声をあげる。


「さぁ! 作りましょう!」


 意気込む片穂の横で、導華は部屋にある座布団に腰掛ける。


「司が見とるなら大丈夫かの。ワシは待たせてもらおう」


「華歩も座ってて大丈夫だぞ。もしかしたらお願いするかもしれないけど」


「……うん」


 司に言われるままに、華歩はそっと導華の横に腰を下ろした。華歩の目には、笑顔で夕飯の支度をする司と片穂が輝いて見えた。


 司に座っていていいと言われたが、手伝った方がいいのではないかとそわそわし始める華歩を見て、導華は脱力した声で話しかける。



「心配せんでも大丈夫じゃ。気長に待っておれ」


「……仲良いんだね。二人って」



 華歩は台所の二人を眺めたまま、声を出した。


「まぁ、色々あったからのぉ。もう家族のように過ごしておるわ」


「……」


 『家族』という言葉に、華歩の表情が固くなった。それに気付いた導華は、すぐに声を掛ける。



「おっと、無神経じゃったな。すまん」


「……私の家族は、私の目の前で殺されたの」


 唐突に、華歩は言った。


「……」


「司くんたちには言わないで。あの二人は、優しすぎてきっと余計な心配までかけちゃうから」


「約束しよう」


 導華は素直に頷いた。


 なぜ、自分が導華にこんなことを言おうと思ったのかはわからない。司のほうが、自分の家族についても知っているのに、どこか言いにくい気持ちがあった。


 第三者のような立ち位置の導華だからこそ、素直に話せたのかもしれない。



「今日も、私が犯人のことをはっきり見てたから容疑者が捕まった後に、本人かを確認して欲しいって言われて警察のところまで行ったんだ」


「そこで、司たちと会ったと」


 忌引きの期間が終わってもなお欠席し続けていた華歩は、その間はずっと家の中にいた。警察に話を聞かれるのも、一週間以上間隔が空いていたので、司たちと鉢合わせしたのは本当に偶然であった。


「……うん」


「家でも、随分と心配しておったぞ」


「そうだろうね」


 司や片穂の優しさを、もうすでに華歩は知っている。きっと自分と関わらない場所でも、心配をしてくれていたことなんて、容易に想像できた。


「まだ、苦しいか?」


 華歩は口を開くが、それは導華への返事ではなく、自分の心の内側に隠れたものをそっと表現したものだった。


「……私も死んじゃえばよかったって、今も思ってるの」


「……」


 徐に、華歩は話し始める。司と片穂に聞こえないような小さな声で、忌々しき過去を。



「あの男は、郵便のふりをして家に無理やり入ってきた。それで、玄関にいたお母さんを刺して、お父さんを切りつけた」


「それを、目の前で見てたの。私と弟の勇太は腰が抜けて、逃げ出せないまま隅に隠れてた」


 華歩の手が、小刻みに震えていた。それでも、華歩は胸に溜め込んだものを吐き出すように話し続ける。



「隙間から、あの男と揉み合う血だらけのお父さんが見えた。でも、ダメだった。それから、あいつはゆっくりと私たちを探し初めた。助けを呼ばなくちゃ。そう思って、私は勇太を隠れさせたままケータイをあいつに見つからないように拾って、警察に電話をかけたの」


 少し、華歩の呼吸が速くなっていた。


「私はケータイを拾った場所に隠れ直して、警察を待った。すぐにサイレンが聞こえて、あの男が家から出ていく音がして、外に出たの」


 そして、華歩は最後の言葉を吐き出す。


「でも勇太は、もう殺されてた」


「……辛かっただろう」


 導華には、これ以上にかけるべき言葉が見当たらなかった。家族を失った悲しみは、その家族にしか理解することは出来ない。心に疎い導華でも、それは確実にわかっていた。


「……」


「お前は悪くない。恐怖の中、よく耐えたとワシは思うぞ」


 励ましの言葉をかける導華のことは見ずに、華歩は視線を床に向けたまま口を開く。


「……聞こえてたの」


「何が、じゃ?」


 手の震えが、身体中に回り始めた。


「勇太が、助けてお姉ちゃんって叫ぶ声が、確かに聞こえてたの」


 苦しそうに、華歩は話し続ける。その目は充血し、涙が滲み始める。


「私は、助けに行かなかった。怖くて、立てなかった。勇太を、見殺しにしたの」


「……」


 華歩は、震える手で頭を抱えて心の奥に溜まる感情を絞り出す。涙が溢れて止まらない。


「勇太の泣き叫ぶ声が、今でも頭に残ってるの。眠ろうとしても、ずっと耳に残ってるの。私が、私が助けに行かなかったせいで。私が、代わりに死んでしまえばよかったの。私の命なんて、あの時……捨ててしまえばーー」


 華歩の体が、優しい心に抱きしめられた。


「大丈夫じゃ」


「……ぇ?」


 導華の小さな体が、泣きじゃくる少女を包み込む。


「辛かっただろう。苦しかっただろう。自分の無力が、憎くてたまらないだろう」


 華歩は導華の胸に顔を埋める。温かい。なんと温かいことか。親に抱かれた赤ん坊のように、心が安堵に染められていく。


「ぅあ……」


 心の奥でせき止められていた感情が、溢れ出す。誰にも見せれなかった。誰にも言えなかった想いを、華歩はさらけ出す。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……」


「贖罪も、断罪も、必要ない。大丈夫じゃ。よく頑張ったの」


「ぁぁ……」


 導華の着ている着物が、涙と鼻水で汚れていく。しかし、導華は優しい笑顔で華歩の頭を撫でる。


「泣いてよい。辛い時は、泣いていいんじゃ。一人で抱え込む必要などない。今は、吐き出せばいい」


「ぁぁぁあ……。お母さん。お父さん。ゆうたぁ……」


「……」


 静かに華歩の頭を撫でると、導華は懐に手を入れ、あるものを取り出す。


「これを、やろう」


 導華の手中にあるのは装飾のほとんどない素朴な銀のペンダントだった。


「……これは?」


「ワシが昔に亡くした、大切な人の形見じゃ。ワシの、想いの塊じゃ」


 笑顔のまま、導華はペンダントについて語る。


「なんで……そんなものを」


 導華はペンダントを見ながら、少し寂しそうに口を開く。



「このペンダントをくれた人はな、前を向いて、ワシの力を誰かを救う為に使ってほしいと、そう言ったんじゃ」


「あなたたちは、なんでそこまでしてくれるの? ついさっき、出会ったばかりなのに」


 その言葉を聞いて、導華はいつものようにニカッと笑い、華歩に優しく言う。


「ワシも、お前の心を救いたい。今、目の前に苦しむお前がおる。それで、充分ではないか」


「……!」


「じゃから、このペンダントを授けよう。これが、目印になる。お前に助けが必要な時、ワシはいつでも駆けつけよう」



 導華は華歩にペンダントを渡すが、華歩は少し不思議そうに、


「そんなこと、できるの?」


 導華は笑顔のまま、これもまたいつものように腰に手を当てて胸を張る。そして自信に満ち溢れた表情でこう言うのだ。



「当たり前じゃ。ワシを誰だと思っておる。天界随一のエリート天使、天羽導華じゃぞ?」


「天使……?」


「おっと、これ以上は言ってはいけないんじゃったな。忘れてくれ!はっはっは!」


 大笑いする導華を見て、華歩は涙で眼を赤くしながらもクスッと笑う。


「ふふっ。……本当に、変な人」


 本当に些細な、小さな笑顔。


 しかし、その笑顔は雨雲の隙間から差した光のように、微かだが確かな温かさのある心地よい笑顔だった。


 だが、そんな暖かな空気に水を指すように、司の声が部屋に響く。



「おいっ! 片穂! それは砂糖じゃなくてソースだ!! どんな間違いしてんだ!」


 司が声を上げる先にいるのは、ソースを手に持つ片穂だ。


「はぅっ!? 今はソースじゃなくてお砂糖なんですか!? すいません!」


 片穂は慌ててソースを置き、調味料から砂糖と取り出して料理を再開しようとするが、


「片穂ォ! それは塩だ! 砂糖じゃねぇ!!」


 司の怒鳴り声に驚いて片穂は跳ね上がり声を上げる。


「えぇぇえ!? そんな! どう見てもお砂糖です!」


 そんな訳ないと片穂は司に頬を膨らませて近寄るが、司はそんな片穂に対して冷たく言う。


「じゃあ……舐めてみろよ」


「……しょっぱいです」


 なんとも、寂しそうな顔だった。


 そんな二人を見て、華歩と導華は笑いながら目を合わせて頷き、台所へ歩き始める。


「片穂ちゃん。お砂糖はこっちだよ」


「あっ! 華歩さん!」


 華歩は片穂の横にある容器を手に取り、片穂に渡す。そして、導華も片穂の横に立ち溜息を吐く。


「全く。先が思いやられるのぉ。司よ、一旦下がっておれ」


「す、すいません」


「ほれ、片穂! お前も下がっておれ!」


「えっ! でもお姉ちゃん、まだ全然出来てないから……」


「下がっておれ、とワシは言ったぞ?」



 静かに言い放つ導華の言葉に、片穂は寒気を感じて下がる。


「わ、わかったよ。お願い」


 司と片穂と入れ替わるように台所に立った華歩と導華は、再び目を合わせ、


「華歩よ。やろうか」


「うん!」


 そう言って作業に取り掛かる後ろ姿は、まるで家族が一緒に料理を作るようだった。


「はい、片穂ちゃん。お待たせ」


 目の前に出されたオムライスを見て、片穂は目を輝かせる。


「はぁあ……。おむらいすですぅ……」


 そして全員分の料理が食卓に並び、全員が座ったのを確認すると、司が号令をかける。



「じゃあ、いただきます」


 司の言葉を合図に、全員が一斉に食事を始める。


「どうだ? 華歩よ」


「美味しい……」


 華歩の心の底からの声が、溢れ出した。


「みんなで食べるってのも、悪くねぇだろ?」


 優しく語りかける司に、華歩は静かに頷く。


「うん」


「まぁ、片穂の料理の腕は悪いまんまじゃがな! はっはっは!」


 大声で笑う導華に、片穂は今回は頬を膨らませてるのではなく、オムライスを頬張りながら、


「むぅう~~!! いつか追い抜くんだからね!」


「ふふっ」


 華歩は少し笑うと、三人へと目を配り、


「司くん。片穂ちゃん。導華ちゃん」


 ほんの少しだけ間をあけて、はっきりと、明瞭に、華歩は伝える。


「ありがとう」


 華歩は、今まで見た事のないほど煌びやかに笑った。それは片穂が大好きな、飾り気のない心からの笑顔だった。


 それを見た片穂は、顔を輝かせて返事をする。


「はいっ! どういたしまして!」


 喜ぶ片穂を導華は微笑みながら見ていたが、突然、導華の纏う空気が変わる。


「……今来るとは、何とも最悪なタイミングじゃのう」


 急激に変化する導華の表情に、司は不思議そうに首を傾げる。


「……? 導華さん?」


「すまんの。華歩。ワシらは少し用事ができてしまった。今日は、これで失礼させてもらおう」


 唐突に立ち上がる導華を、華歩は少しだけ寂しそうに見つめる。


「あ、……うん」


 小さく頷く華歩を見て、片穂は溌剌とした笑顔で詰め寄る。


「華歩さん! 何かあったら言ってくださいね! すぐに駆けつけますから!」


「それじゃあ、また明日な!」


 足早に玄関へ向かう司たちに、華歩は笑顔で手を振る。


「……うん!」




 司たちを見送って、華歩はゆっくりとリビングへと戻る。そして、華歩は導華からもらったペンダントをそっと握りしめる。導華の雰囲気とは噛み合わないような、素朴なペンダント。


 華歩はそれを肌で感じる。温かい。心が温かくなる。優しいペンダントだった。


 すると、ふと華歩の視線の中にあるものが映り込む。


「これ、司くんのケータイ……」


 テーブルの下に、司のスマートフォンが落ちていた。きっと、料理を交代した時にでも落としてしまったのだろう。


 華歩はそれを拾い上げると、玄関のドアを見つめる。


「まだ、間に合うかな?」


 少し駆け足でドアを開けるが、華歩の視界には司たちは見当たらない。しかし、少ししか時間は経っていないのでまだ遠くには行っていないはずだと、華歩は傘を開く。


 そして、華歩は少し弱くなった雨の中、司たちの元へ歩き出した。


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