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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第一章「俺と天使の四日間」
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第3話「少年と天使」その1

 姉が仕事しているのを後ろから眺めることが、先日五歳になった少女の日課であった。


 少女の姉は、その見た目自体は幼いものの、今までの女性の中でも特にその能力を認められていた。少女は幼いながらも周りから一目置かれている姉をとても誇らしく感じていた。



 姉は誇りであるとともに、憧れであった。



 毎日同じような仕事で一見地味であるが、その仕事も女性に割り振られるのは異例なことであり、少女はその仕事を行う姉をただ眺めているだけで楽しかった。


 仕事が終わった姉と手を繋いで帰る途中に少女はわざわざ自分の歩く速度に合わせて共に歩いてくれる姉の顔を見上げ問いかける


「お姉ちゃんは、どんなお仕事をしているの?」


 そういうと姉は笑顔で少女の質問に答える。


「困っている人間どもをそっと導いてやる仕事じゃ。最近は平和だから、降りる必要はないからのう」


「悪魔と戦ったりしないの?」


「昔は戦うこともあったが今は不思議なくらい平和じゃのう。近々大きな動きがあるかもしれんと師匠が仰っていたが、まだ心配はないのう」


 姉の言葉を聞くと少女は目を輝かせ、


「お姉ちゃんの戦うところ見たいな! きっと、すっごくかっこいい!」


 姉は口を大きく開けて笑いだす。


「はっはっはっ! そう言ってくれるのは嬉しいのう。でもな片穂よ、戦わないにこしたことはない。悪魔もワシら天使も元を辿れば皆同じ存在。悪事を働いておらんならお互い平和に暮らすべきじゃよ」


「そっか! そうだね!」


 少女は笑顔のまま、姉と二人帰路を歩く。その道中で美しい天使が声をかけてくる。


「あら、カトエルじゃない。調子はどう?」


 穏やかな天使の挨拶に姉はにかっと笑い、


「絶好調じゃ、師匠! まだ事務仕事は慣れんがの」


「あなたは戦闘訓練ばっかりだったものね。でもあなたなら大丈夫よ。安心なさい」


 天使は自分の教え子に優しく微笑む。


「それと」


 天使はそっとしゃがむと、少女の頭を撫でる。


「あなたがカトエルの妹ね。あなたも金の卵だと聞いているわ。きっとお姉さんのような素晴らしい天使になれるはずよ」


「はい! ありがとうございます!」


 そういってカトエルの妹は笑った。


 しかし、心からの笑顔などではなかった。


 天界随一の天使、カトエルの師である大天使ラファエルからの応援は天使カホエルにとっては本当にありがたい。だが、カホエルの心の底にある感情は喜びではなかった。


 今までも、様々な天使がカホエルに対して何度も応援の言葉を掛けてくれた。


 ―――カトエルの妹なのだからきっとできる。


 ―――カトエルのような立派な天使になりなさい。


 誰も、姉抜きで自分を評価してくれる天使はいなかった。


 カホエルにとって自分の姉、カトエルは枷であった。姉のようにならなくてはいけない。姉が出来たのだから出来る。自分が頑張ったとしても、君の姉はもっと出来た。そう言われた。


 自分を褒めてくれる天使は、自分を自分として認めてくれる天使は一人もいなかった。その劣等感が、少女の心を締め付け、枷となった。自分は姉にならなくてはならないと。


 それでも、少女は自分の姉を恨んだことは一度もない。


 大好きなのだ。憧れなのだ。自分の姉が。天界でも一目置かれた存在である姉の様になれというのは当たり前の考えであるとカホエルは思っていた。


 こんなに優秀な天使であるのだ。目標にするのは当たり前。自分の目的地は姉でいい。



 私は、カトエルになればいい。



 しかし、姉妹であることは姉のように優秀になる理由にはならなかった。全て上手くいかない。姉のような速さがない。姉のような力がない。


 姉が得意な治療も天使の力の制御が大切な能力であり、不器用な片穂には全く向いていなかった。姉から直接教わっても何もできないのだ。


 何度やっても失敗。繰り返しても繰り返しても、いくら努力しても姉の背中は遠いままだった。


 横を歩く姉に、カホエルは弱い声で問いかける。


「お姉ちゃん。私、お姉ちゃんみたいになれるかな?」


「はっはっは! 気にするでない! それよりもお前にはその莫大な天使の力があるではないか」


 そう言ってカトエルは励ましてくれた。


 たしかに幼いながらもすでにカホエルの天使の力の総量はカトエルを超えていた。それも天使の中でも群を抜くほどの量。その点に関しては確実に姉を抜いていた。



 だから『金の卵』である。



 しかし、その卵が孵化する気配は微塵もなかった。莫大な力は、不器用な天使が扱うには大き過ぎたのだ。巨大な力を持っていても、それを制御できる技術が無かった。


 まさに宝の持ち腐れ。そうして努力していても周りから言われる言葉は『姉のような技術があれば』であった。


 唯一誇れる自分の長所すら、姉の枷が縛りつけていたのだ。


 優しく励ましてくれる姉すら、カホエルを苦しめる。


「うん……。私、頑張るね」


 少女は、笑った。自分の心を隠したままの、苦しそうな笑顔だった。


 そんな少女の悩みに誰も気付けないまま、一日が終わっていく。


 日付が変わっても、少女は昨日と同様に仕事中の姉の後ろ姿を見つめる。いつもと変わらない仕事風景に、いつものように姉の後ろで見守る少女。


 ただ昨日と違うのは、興味本位で姉の職場を歩き回り、ある部屋に辿り着いたことである。扉を開けてその部屋に入った少女はゆっくりと中を眺める。


 部屋はそこまで大きくはないが、全く家具やその他のものが何もない、空っぽの部屋だった。そんな部屋の中心にあるのは光。白く、柔らかい光が中央を覆っている。


 少女はゆっくりとその光へ近寄り、光に触れる。触覚こそないものの、優しい暖かさを感じる。


 心地よい感覚。少女は瞼に重みを感じる。気持ちの良い暖かさが少女の眠気を誘う。


 腰を下ろしそのまま横になると、眠りに落ちるまでに時間はかからなかった。


 そして、ゆっくりと静かに深い眠りに落ちた。

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