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俺と天使のワンルーム生活  作者: さとね
第一章「俺と天使の四日間」
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第1話 「俺と少女」

 



 ────目の前に、天使がいた。





 いや、この言い回しでは様々な誤解を生んでしまうかも知れないので正確に今のこの状況を説明すると、


『朝、目が覚めると、天使の様に綺麗な女の子が目の前に寝ていた』である。


 東京都内のワンルームマンションで一人暮らしをしている男子高校生、佐種(さたね)(つかさ)の十七年間の人生の中でここまでの異常事態は未だかつて無かったはずである。


 高校へ進学する前に住んでいた田舎では近くのコンビニに買い物に行くのに自転車で一時間弱。小、中学の登校で片道二時間。周りにあるのは木か田んぼ。民家も数えるほどしかない超田舎。


 そして高校にいたっては通学することすらままならないのでどうせ遠くに行くならば東京まで行ってやろうという気持ちで祖父母に要求したら金ならたんまりあるから寮生活でも一人暮らしでもやりたいことをしなさいと想像していたよりもあっさりと了承を得てしまった。


 なので、家事全般をそつなくこなせる司は何となく一人暮らしを選択し、今に至る訳で、男子高校生佐種司は普通に勉学に励み、普通の友好関係を築き、普通に自分の小遣いをバイトで稼いできた。


 昨日も例に洩れず、二週に一度の土曜授業を終えて、週三回のコンビニのバイトを無難にこなし、帰宅、入浴の後バイト終わりに買った弁当で食事を済まし、少しばかりのゲームを楽しみ、日付が変わる前に就寝。特別なことは何もなかった。


 しかし、そんな平凡な日々の中に、非日常が唐突にやってきてしまったのだ。なんとなく一日を消費していると、何か漫画やアニメのようなことが起こってほしいと思ったことは何度かある。


 ただしそれは心からの願望などでは決してない。今のままで現実は充実していると思っているし、これ以上の展開など逆に迷惑だ。この平々凡々な男子高校生は、のんびりと普通を満喫したいのだ。


 そんな所に突然異常事態がこの穏やかな日常にやってきたところで、それをすぐに理解など出来るわけがないのだ。


 何が言いたいのかというと、そんなことが日曜日の朝に、今この瞬間に起こってしまった、というわけだ。


 いつもの睡眠にほんの少しだけ違和感を覚えた司は普段の休日で起きる時間よりも少しだけ早く意識が覚醒する。ゆっくりと目を開けると、温かい朝日が視界に差し込んできた。


 窓際に寄せられているベッドに差し込む優しい朝日に起床の手伝いをしてもらったことも幾度もある。


 そして、少しずつ鮮明になっていく司の視界の中にもう一つのものが写りこむ。いつも通りの朝に明らかな異物、異常。


 そして、寝起きで冴えない脳みそが目の前の違和感に気付くまで約五秒。



「…………ほぇ?」



 この上なく情けない声だった。それから寝起きの頭が違和感を理解するまでさらに五秒。



「…………うえあぁぁぁああぁああ⁉︎」



 司が叫ぶとともにベッドから飛び出るまで約二秒。司の人生の中でも稀にみる奇声が部屋に響き渡る。何故? どうして? 様々な思考が司の頭の中を駆け巡った。


 圧倒的な動揺の中で判断力など微塵もないまま結局答えは出ず、司は目の前で静かに眠る美少女をただ眺めることしかできない。


 司が訳の分からないまま眺めていると、ベッドで心地よさそうに寝ている美少女が目を覚ます。ゆっくりと目を開き、漆黒の双眸が司を見つめる。



「…………はぇ?」



 司に負けず劣らず情けない声だった。そして目の前の寝起きでぱっとしない顔をした冴えない男を見てから周りを見渡し、状況を理解するまで約五秒。



「…………えぇぇぇええええええ⁉︎」



 美少女は叫びながらベッドの上に立ち上がった。


 それと同時に黒く綺麗な長髪が舞い上がり、少女が着ている純白のワンピースと合わさり芸術ともよべる美が目の前に現れた。


 そして朝日に照らされて少女の顔が淡い光で包まれ、司の目にはっきりと均整のとれた美しい顔が写りこむ。


 司が今まで会ったことのないような極上の美人。年齢は今年で十七歳になる司と同じか一つ下ぐらいだろうか。身長は百五十後半ぐらいだが、胸は服の上からでも一目見るだけで分かるほど日本人の平均を大きく上回っていた。


 少女は驚きと共に後ろへ下がろうとするが、ベッドが壁に接しているため、それ以上後ろへ下がれず背中を壁に押し付ける。


 慌てながら少女は急に弁明を始める。



「こ、これは、ですね、違うんです! 誤解です! 冤罪です! 手違いなんです!」



 少女は両手を前に突き出し、手と首を振りながら声を発するが、目の泳ぎや支離滅裂な発言から相当な動揺が見て取れる。



「そ、そうだよな! 誤解だな! 冤罪だ! 勘違いだ! 白昼夢だ!」



 もちろん司の動揺もかなりのもので少女と同じように文脈のない日本語を叫び出す。


 そして、司の発言を最後に二人の間にほんの少しの沈黙が流れる。その沈黙に耐えられなくなった美少女がゆっくりと口を開き、小さな声で司に問いかける。

 


「あの……」


「うん」


「ここって、どこですか?」


「…………俺の家」


「で、ですよねー」



 少女の小さな苦笑いの後、二人の間に再び沈黙が流れる。



「ごめんなさぁぁああい!」



 美少女は、叫びながら走り出した。そして玄関の扉を勢いよく開くと、裸足で美少女は外に飛び出していった。


 司は固まったまま美少女を目で追う事しか出来なかった。少し時間が経って冷静さを取り戻し、今起こったことについて考え始める。


 まず、朝起きて、絶世の美女がいて、驚いて、向こうも驚いて、外に出ていった。



「いや訳わかんねぇよ‼︎」



 司は一人叫んだ。叫ばずにはいられなかった。冷静になっても理解ができなかった。しかし、冷静になった司はある事に気付く。


 見た限り、少女は当然下着を身につけているだろうが、見た目には白いワンピース一枚しか着ていない上に手持ちの荷物は何もなかった。


 そして、外に出ていく時に裸足なのは確認出来た。加えて司の住むマンションはギッチギチの人口密度を誇る東京都内某所である。


 都内の人たちは少しくらいの厄介事は見て見ぬふり。少女を良心から助けてあげようなんて人は滅多にいないはずである。


 つまり──



「とりあえず、あの子を見つけに行かないと、色々とやばいんじゃねぇか?」



 何の理由も無しに自分の部屋に少女が現れるわけがない。例えば、家出をして行く場所がなかったとか、誰かから逃げているとか。


 先に彼女の事情を聞いてあげるべきだったのではないか? 気の利いた言葉を一つも懸けられなかった自分を情けなく思った。

 

 なによりも、まず少女を探さなければと、司は寝巻を脱いでベッドへ投げ、急いで着替えて外へ出ようとドアを開ける。


 それと同時に、司は心の奥に違和感を覚えた。なぜこんなにも、あの女の子を探さなくては、という気持ちに駆られるのだろうか。


 理由がないのに、こんなにも助けなきゃいけないという使命感が湧いてくるのだろうか。


 そんな思いを抱えたまま不思議な気持ちに身を預け、司はマンションの敷地を飛び出し少女を探し始めた。



「勢いよく外出たのはいいけど、どこに行けばいいんだ」



 家を出てから約二十分が経ち、すでに手詰まりとなる。最寄りの駅を探しても、近くのショッピングモールを探しても少女の姿は何処にもなかった。司は闇雲に探すのではなく、少女が行きそうな場所を考えることにした。



「あの時見た感じだと、あの子は財布も持っていないから何かを買おうにも何も買えないはず。そして裸足。コンクリートの上を裸足で歩き続けるのは苦痛のはず。あの様子だと何処に行くかも考えず出ていったみたいだし、ってことなら……」



 司は歩きながらぶつぶつと呟いて考えをまとめた。



「どっかで疲れて休憩でもしてるんじゃあねぇかな」



 司の考えは、まとまらなかった。自分の洞察力と推理力はここまで低いのかと悲しくなる。別に勉強をサボっていたわけでもないにこの始末。


 昔見ていた推理ドラマの主人公には一生なれないと痛感した瞬間だった。


 むやみやたらに探しても見つからないのだから、せめて場所を決めて探そうと司は結論付ける。それでも少女の行き先の判断材料は司の拙い推理しかない。


 しょうがないのでそれを元にすると、恐らく少女は金が無くても休憩出来る場所にいるはずである。それならば、



「たしか、俺のマンションから歩きで行ける場所に公園があった、はず」



 二年前に田舎から今のマンションに引っ越してきたばかりなのでほとんど行ったことはないが、出かけたときに何度か横を通った憶えがあった。


 公園は司の住んでいる地域でもかなり大きな公園で、昼は老人たちのウォーキングコースとしても有名な場所だった。


 たしかそこにはベンチも数多くあったと記憶している。あの調子で外へ走り出して休憩をしているのならその公園の可能性は十分にあるだろう。


 拙い推理も、しっかりと考えると意外と説得力があるものだ。



「俺も疲れたし、いなくても一旦公園で休憩でもするかな」



 訳も分からないまま起床から間もなく外へ駆けだしたので動揺が落ち着くと疲れがドッとやってきた。とりあえず座って、休憩をしてから少女を探そう。


 そう考えて、司は公園に向かって歩き始める。歩きながら再び思考を巡らせる。


 あの子が公園にいなかったらどうする? 飛び出していった先で事件や事故にあっていたら? 義理も理由もないのに探し続けるのか? もし見つかったとして、それからどうする?


 考えているうちに司は公園へとたどり着いた。やはり日曜日なので人が多い。


 落ち着いた場所で休みたいと考えていた司は、中へ歩いて人気のない木が多く生える公園の隅のベンチへと目をやると、




「……………本当にいたよ」




 少女は、そこにいた。




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