ディスコ世代の武術小公女・3
それからパラソルの下で長椅子に座って海を眺めていると、背後から聞き覚えのある声がする。
「やっほ! マモル君じゃにゃいの。こんな所で会うなんて奇遇だねっ」
耳に残る甘い声。今は亡き各務軍団の一員、田村由衣だった。
「田村部長、こんなところでどうなさったんですか」
「ちょいちょいちょい、ここはビーチなんだよ? 部長は無しだって。ちゃんと『ゆいりん』って呼びなさい」
ピシッと人差し指を俺の目の前に付きつけてきた。
身長150足らずの田村部長はどう見ても小学生だ。恰好こそ紫と白のボーダーにあしらったワンピース型水着と、普通の水着を着ているけど、風貌その他もろもろを総合的に合わせると紺のスクール水着の方が似合うのではないか。
いや、40のスク水だなんて冗談じゃない。しっかりしろよ俺。
「なんだ奴隷のマモルじゃないか。こんな所で何をしてるんだ」
「久しぶりですねマモルさん。お元気ですか?」
田村部長につき添うように後ろには堀江姉妹がいた。堀江姉の方は谷間からへそにかけて深いスリットが入った青にワンピース。小麦色に焼けた肌が露になっている。堀江妹の方は両家のお嬢様らしく、布面積の大きめなビキニに日傘を差している。
「どうだ奴隷よ。美女二人を目の前にして苦しいだろ。私が直々にその苦しみを解いてやってもいいんだぞ。この体でな」
「ずるいですお姉さま。私だってお姉さまにまけるつもりはありません。マモルさん、私の胸に飛び込んで来て下さい」
「私だって美女だし。ほらマモル君。こっちにきてもいいんだよぉ?」
浴びせて来た言葉を完全に無視して正解だった。ただ、この三人が並ぶと、親戚の子ども(田村部長)を連れるお姉さん(堀江姉妹)にしか見えない。
いや、全員40代だぞ。しっかりするんだ俺。
「奴隷やマネージャーになったつもりはありませんって。それより、お三方は海なんかでどうされたんですか」
この3名は元四天王であり、春日先輩によって魔女化から解放された三人なのだが、先の戦いがあって色々とスッキリしたのだろう。今ではTA教と戦い続ける春日先輩を手伝いつつ昔の仲を取り戻したらしい。
「愚問だな奴隷よ。海に来てすることなんて数少ないだろ」
「遊びに来たんですよ。ゆいりんの別荘にです」
「そういうことっ。魔法の別荘でお泊まり会なのだっ!」
行き遅れているとはいえ、さすがは上場企業の御令嬢だ。鎌倉の別荘に避暑だなんてちょっと羨ましい。でも魔法の別荘ってなんだろう。
「ははぁん、羨ましいって顔をしているね? だったら私の王子様になればいいじゃん。家も会社も全部手に入るよ」
「ちょ、金目の物で釣るなんてずるいでしょ。私の家だっておっきいし。そうでしょ純子」
「そうです。私たちの所は山の上の御屋敷ですよ。松戸は首都圏なので通勤にも便利です。乗換だってありますし、快速だって止まります!」
よくよく考えればそうか。例えそれらが簡単に手に入ったとしても、目の前でつまらない言い争いをしている3人が付いてくるのか。その代償はあまりにも大きすぎる。
それに、色んなもので釣って来たところで俺が食いつくはずが無い。アラフォー3人組のパッと見は一級でも、内に潜む嫌な部分を嫌というほど見てきている。
「……なんだ、みんな来てたんだ」
俺が青い顔をしているとグラスを手にした春日先輩がやって来た。三人から目線を外してボソッとつぶやくと、一番近くにいた田村部長が怒りながら詰め寄ってきた。
「何が『来てたんだ』よ。電話で誘った時は『行かない』の一点張りでガチャ切りしてきたくせに」
「そんな話があったんですか。だったら春日先輩、昔の友達と仲良く過ごせばよかったじゃないですか」
「別にいいでしょ。仲がいいからっていつも一緒に行動する必要なんて無いわ。たまには一人で過ごしたい気分だってあるの」
よく言うよ。会社で俺を誘った時の文句を思い出してほしいくらいだ。
「ふうん、それよりもさ。真由美の居場所が分かったよ。知りたいでしょ?」
田村部長はニヒルに笑う。
「ただ遊びに来たって訳じゃないのね。早く教えて」
「SPKがしっかり弾きだしてくれたんだ。神奈川県にいるみたいだね」
揃いも揃って首都圏が生活拠点なのか。本当にそれでいいのかTA教。
「ってことは、ここに居るかもしれないんですね。 ……大丈夫なんですか?」
朝方は空いていた湘南の浜辺だが、昼時を超すとだいぶ混雑している。こんなところで黒タイツの魔女に暴れられたら大変な騒ぎになるだろう。
だが、堀江姉はいたって冷静だった。
「それは無いぞ奴隷。TA教の発する邪悪な気配はまだ感じられない。休日だし、横浜で買い物でもしてるんじゃないか」
悪の幹部とはいえ休日の楽しみはかかせないのだろうか。いずれにせよ、要らぬトラブルを避けられるなら悪の幹部様には休日を満喫していてもらいたい。
そんなこんなでアラフォー3人に春日先輩が加わってパラソルの下で話しこむ。積もる話だってあるだろう。20分ぐらい経った後、今度はあさひが胸を揺らしながらやって来た。
「マモルくんも遊ぼうよ、って、そこに居る人たちは誰?」
「春日先輩の古い友達だってさ」
横にいるアラフォー3人はあさひを見て『くそっ、若さが眩しいっ!』『肌がっ! なんてみずみずしい肌なんだっ!』と思い思いに苦しんでいる。ざまあみろ。勝手にしやがれ。
「ふうん、みんな綺麗な人ばっかりだね。そうだそうだマモル君、この海岸でディスコナイトってのをやるらしいよ。なんなんだろうね」
あさひは小さなチラシを俺に見せた。
崩した太字のポップ体で書かれたディスコナイトの文字。なんじゃそりゃ。あさひと俺と、丁度やって来たタツキ先輩が首を傾げている横で、アラフォー4人プラス、いつの間にか居た阿部課長のテンションは一気に最高潮になった。
「……さすがは江の島だ。トレンディーな男女の心をガッチリと離さないね」
「お姉さま、内に秘めるトレンディー力がはち切れんばかりに高まっています!」
「私のトレンディースカウターも弾け飛んじゃった。セバスチャンに言ってディスコ用の服を用意させなきゃねっ!」
「課長、どうせ明日も暇でしょ。この際、思いっきり遊んでやりましょう」
「そうだな。突然の話で申し訳ないがタツキ君、明日は暇かね?」
阿部課長からタツキ先輩に注がれるのは熱い眼差し。先輩はため息交じりに答えた。
「……ま、まぁ、明日は予定も無いですし、別にいいですよ。いくらでも付き合いますよ」
口では素直に従っていても、職場の上司部下という関係の圧力に屈した形だ。
「大丈夫だよっ。泊まる場所が無いんだったらウチの別荘に泊まればいいし、停めてある車はウチの者に運ばせるからさ」
「そうです。何にも考えずに弾けちゃいましょう」
「いやっほぅ! 浜辺にディスコ。最高ね。サタデーナイトフィーバーね!」
「フットルースよ! いいえ、フラッシュダンスね! 楽しんでやるわ!」
大声を上げながらアラフォー達は浜辺を駆け抜けていった。実に微笑ましい。
トレンディーって、サタデーナイトフィーバーって、フットルースって、フラッシュダンスってなんだろう。
っていうか、そもそもディスコってなんだろう。




