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かわいい魔法少女(41)がやってきた・1

「やめましょうって、今なら冗談で済ませますから!」


 魔法少女云々のつまらない話を思い出したのは、まさしく今、俺が人生の走馬灯を見ていたからなのかもしれない。走馬灯を見たといってもいますぐに死ぬわけではない。ただ、それに限りなく近い絶望的な状況に追い込まれてはいる。

 鼻先と鼻先が触れあうほど目の前にいるのは職場の先輩。居酒屋のトイレで無理やり押し倒されて何が冗談だ。自分でも何を言っているのかよく分からなかった。


「何を言っているの? 私は本気よ」


 しかし、半裸で馬乗りになる春日先輩は黙って口角を上げた。


「ふ、ふざけないでください! 僕だって怒りますよ?」


 腹の中では、すでにはち切れんばかりに怒っている。俺が富士山ならば大爆発を起こして首都圏は火山灰で真っ黒だ。緊急事態警報もビンビンに発令中である。

 しかし、馬乗りになっている泥酔中のアラフォーお局に俺の言葉は届かなかった。


「仕事始めにマモル君を見て、あなたに完璧にHRを打たれたの。言うなれば長嶋茂雄の天覧試合よ? それに守備範囲は広いんでしょ。ならいいじゃない」


 目の前にいる年寄りハイエナに、配属されていてから完全に付け狙われていたということだ。

 それに例えだって古すぎる上にちょっとチョロすぎやしませんか? バッティングセンターの100キロだってもっとマシなボールを放るっての。


「いや、天覧試合なんて知りませんよ! いつの時代の話ですか。本当に止めましょうってっ!」


 そもそも、なぜ俺はこんな状況になっているのか。ひんやりしたトイレの床の上でアラフォーの職場の先輩に押し倒されるなんて事態は早々起きる訳じゃないしな。

 それを語る時間をちょっとだけ欲しい。特段難しい話じゃないから聞いてくれ。




「はじめまして。本日づけで営業部に配属されました、赤塚マモルと申します。よろしくお願いします」


 大学を出て入社したのは『横山商事』。

 国政に進出した会長の考えた標語を毎朝大声で連呼することも無ければ、ノルマを達成できなかったらといって電話越しに罵声を浴びることも無い。

 残業はたまにあるけど、週の半分は定時に会社を出られる普通の会社だ。

 一月ほどの新人研修を終えて、本格的に仕事に就くタイミングがやって来た。それがアラフォーに押し倒される一週間前だった。

 配属された営業部で簡単な挨拶をすると拍手が上がる。極めて儀礼的なものだけど、こうやって挨拶をしたことでイッパシの会社員になったんだなと思わせた。


「うん。よろしく頼むよ。あの端っこのデスクがキミの席だ」


 俺を席へと案内したのは営業課の阿部課長。地黒の肌とソフトモヒカンの髪はサーファーを思わせる。背も180ほどあるしスーツの下からもわかるほどの筋肉質で、体育会系で男前な課長さんだ。

 それから阿部課長は腰を俺の腰を叩いて耳元で、


「何かあったら僕に相談しなさい。なんでも受け入れてあげるよ」


 と笑顔で優しく囁いた。その手つきは妙に柔らかかったけど、それは部下を大切に扱うという意思表示なのだろう。


「はじめまして。本日より営業課に配属されました、若槻あさひと申します。よろしくお願いします」


 新しく課へ配属されたのは俺を含めて2名。そのもう一人が、今挨拶をしている大学からの友人の若槻あさひだ。

 背丈が160cmほどあるボブカットの元気のある女の子だ。あさひとは大学時代からの付き合いで、地元が近かったこともあってずっと仲良くやっていた。

 心なしか、あさひの挨拶の拍手のほうが俺の挨拶の時よりも反応がいい。それもそうだ。サークルでも常に男がひっついていたし、男女問わずにあさひは人気があった。ただ、不思議なことに男がらみの話は聞いたことが無かったけど。

 そんな俺たち二人が席に座ると阿部課長の朝礼が始まった。


「それじゃ、みんなおはよう。これから朝礼を始めるよ」


 朝礼と言っても大層なことはしない。

 小中学校の朝のホームルームと同じで、その日の連絡事項、仕事上の注意など、そんなことを簡潔に話すだけだ。


「それじゃぁ、新人君の教育係に春日君にお願いしようかな」

「わかりました。よろしくね、マモル君にあさひちゃん」


 ちょうど俺の真向かいのデスクに座っていた女の人がこちらを振り向いて話す。

 その女性は、こっちを向いて微笑むと艶っぽい黒髪が蛍光灯に反射した。シャープな輪郭に大きな目。大学にはいなかった大人びた雰囲気は雑誌モデルのような美人だった。


「彼女は各務春日。課で一番の古参だから、一通りの仕事は出来る。それじゃぁ、今日も一日頑張ろう!」


 阿部課長が微笑みながら手を叩くと、他の課員たちは一斉に仕事に取り掛かった。


「……やっぱり、現場に来ると緊張感が違うね」

「うん。やっと社会人になった気がする」


 あさひと俺が顔を見合わせて話していると、教育係の春日さんが俺たち二人の横にやって来た。


「改めて自己紹介するわね。私は各務春日。あなた達の教育係よ。分からないことがあったら何でも聞いてね」


 肩まであるゆるふわウェーブの髪が揺れるたびに良い香りがする。モデルのような長身で、スラッとのびる長い足から見える黒いタイツがまぶしかった。

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