森の中
「ヒャッ!」
背中を迸った冷たい感覚に目が覚めた。
目の前に広がっていたのはうっそうと茂る青々とした木々。
一帯は濃霧が立ち込め、背後からの轟音に目をやると、大自然の中に存在する巨大な滝。
滝のふもとには大きく池ができ、さらに下流へと川が続いている。
一瞬理解できなかった。
こんな大自然の中になぜ…。
驚嘆のあまり声を失っていると、左の方から聞き覚えのある声がした。
「やっと起きたよ。いつまでも寝てるからどうしようかと思っちゃった。」
澪だった。手から水滴がポタポタと落ちている。
「あっ、川の冷水を背中にぶちこんだな。」
「いやあ、何度つついても一向に起きる気配がないからさ。」
いつの間にやら澪がですます調でなくなっていることに疑問を感じつつも、当然と言えるセリフを口にする。
「ここは…?」
「…分からない、けど命は助かったみたい。」
はっと気付く。
例のゲートへ入り、数多くの人々の行方が知れなくなった以上、あの光に吸い込まれ命を落とさないという保証はなかったのだ。とりあえずほっと胸を撫で下ろし、現状を確認する。
どこをどう見ても深い霧に包まれた大自然の中。あの公園ではないことは一目瞭然である。
周囲に例のゲートは見受けられず、いきなり異界の地に放り込まれたようなものである。
陽は射していないものの、しっかりとこうして周囲を見渡せる状況から察しても、一晩明けて朝を迎えたということなのだろうか。いや、そもそもここがどこなのかすら…。
「…そうだ、携帯で…。」
制服のポッケからバッテリー残量が少々ヤバイ携帯電話を取り出し、画面を確認するも、表示は圏外。
「…はぁ。」
「それはさっき試したよ。ともかくここが何処なのかを知るためにも動こうよ。とりあえず川の下流に向かうのが最善だと思うんだけど…、どう?」
「そうだなぁ。それが一番いいんじゃない。」
僕が立ち上がり、体に付いた土と芝を払うのを確認した澪は、軽快な足取りで川のほとりに近づく。
僕も続いて河原に足を踏み入れ、しゃがんで清水に手を入れると、これでもかというほどに冷え切った水の流れが指先を迸る。
「冷たっ。」
「この水、さっき飲んでみたらすごく美味しかったよ。」
「…そう?」
両手でキンキンに冷えた水をすくい、乾ききった口の中に流し込む。
それは普段口にする水道水やミネラルウォーターとは全く違う、マイルドかつ後味の良い、自然の味だった。
「美味しい。」
「ね?ほんとにここどこなんだろう…。こんな人けのない未開の地みたいなとこ、東京にはないよね…。」
その疑問にはもっともだと思ったが、先程から脳内に渦巻く一つの疑問を口にする。
「あのさ、なんか公園の時と喋り方変わってない?」
「え?あ、ここまできていつまでも他人行儀みたいに話すのもどうかと思って…。いけなかった?」
僕はとっさにかぶりを振った。
「いや、全然。むしろそっちのがいいかな。…それとさ、君のこと何て呼ぶべき?」
澪は一瞬だけ迷ったような顔を見せたが、すぐさま答えた。
「普通にミオで構わないよ。」
「了解。じゃ僕のこともリュウで結構。」
「オッケー。んじゃさっさと川に沿って進んでこ。」
振り向き、微笑みを見せた澪の顔を見てあることに気付く。
「あれ?黄色のヘアピンは?」
「えっ?」
澪は慌てた様子で前髪を手で何度も触り、ようやくなくしたことに気付いたようで、落胆の表情を見せた。
「…どこかに落としたのかなぁ…。」
僕も辺り一帯を見てみるも、例の目立つヘアピンは落ちていない。
「あれ、大切なものだったの?」
「えっ?いや、別に。そんなことないけど!」
何やら挙動不審な返答だったので妙には思うが、この状況で言及する必要もないとスルーする。
「さて、そんじゃまぁ、下流に町でもあることに期待して行きますか。」