夜道にて
閑静な住宅街。モダンな家々が建ち並ぶ、最近の住宅密集地域である。
時刻は午後八時半前。
彼ら三人とのカラオケを終えた僕は大原らと別れ、自宅への帰路についていた。
こうして僕の一日は今日も何の変化もなく終わっていく。
学校で朝から夕方までダラダラ過ごし、久しぶりではあったけれど、友達付き合いをして…、そして家ではいつものように家族が居る。
いい加減、自分自身何か変えていかなければいけないなんてことは百も承知だ。けれど、凡人である僕にとって、目標も夢も希望も見つからなかった。
全く人の気配がない。僕の足音だけがこの静寂の闇夜に鳴り響く。
これほど帰宅が遅くなったのも久々。久しぶりに歩く夜の通学路はいつもよりも一層重たく感じた。
履き慣らしてボロボロになった自分の靴を見ながら歩いていくと、いつも通りのT字路に辿り着く。左に曲がれば家、右に曲がって数十歩歩けば小さな公園がある。普通ならこのまま直で家に向かうところを、今日はなぜか真っ直ぐ帰る気になれなかった。
僕は体を右に向けて歩いていく。
すると、T字路を右へ一歩踏み出したその時だった。
泣き声が聞こえる。公園の方からである。
泣き声に混じって何やら言葉も聞こえる。泣き声といってもこの感じは大人ではない。恐らく子ども…。そして恐らくは女の子。
いや、こんな時間帯に?なぜ?
僕は恐る恐る公園へと近づいていく。
公園の入口には桜の木が何本と植えられており、道からでは中の様子が窺えないため、声の正体は公園の中まで入らないと分からなそうだ。
息を詰めて一歩一歩近づいていく。
月光に照らされた夜桜の横を通り公園へと入る。
そこに泣き声のヌシがいた。
ブランコに座って泣いている女の子。年は中学生くらいか。
俯いたままなので顔は見えない。夜分に一人、公園で泣く少女の存在には何か異質なものを感じた。
それと同時にこの時間、なぜここでという疑問が湧き出る。半袖のTシャツに下半身はジャージという、いかにもたった今家を飛び出したきたかのような容姿への違和感も、その疑問点に含まれる。
目の前十歩ほどの所に立っているにも関わらず、こちらには気づいていないようである。
時折言葉を発するのだが、小さくて聞き取れない。
そうして立ち尽くし、泣き声だけが闇夜に響き、数秒が経過した時であろうか、少女が発した言葉が聞き取れた。彼女は確かに人の名前をこう口にした。
「ヒロ…。」と。
ヒロとは一体誰のことなのだろうか。いずれにせよ、彼女に何かがあったことには違いない。いつまでもこうして立ち尽している訳にもいかないわけで、僕はその少女に話しかけた。
「大丈夫?」
彼女はようやくこちらの存在に気づき、顔を上げる。
満月にほど近い日だというのもあってか、月光に照らされた彼女の顔が鮮明に映し出される。
茶髪でショートヘア、右眉の上に黄色のヘアピンをつけている少女だった。涙で顔はぐしゃぐしゃだが、顔つきからはとても華奢な少女とは見受けられない。普段は明朗闊達に過ごしていそうな、そんなイメージの少女。
突然の声掛けに驚き、時間が止まったかのように僕を見つめていた彼女だったが、はっと我に戻る素振りを見せると、即座に目を逸らし、腕で涙を拭い始めた。
「どうぞ。」
僕は黒のハンカチを差し出した。
彼女は数秒間迷った様子だったが、軽く頭を下げるとハンカチを受け取った。僕が学生服姿であるのを見たからなのか、悪い人ではないようだと悟ったらしい。
「すみません…。」
一通り涙を拭き終えたであろう彼女の声は、先程の甲高い泣き声とはうって変わった、外観に見合った幼さを秘めた声だった。
何から話そうか迷ったものだが、とりあえず隣のブランコに腰を下ろして問い掛ける。
「どしたの?」
「……。」
学生服姿の人間であるとはいえ、突然現れた全くの赤の他人だ。そう気安くホイホイと口を開いてくれる筈もない。
それも、その経緯は不明なものの、一分前まで涙を流していた心境で。
ふぅ、と一息ついた僕は彼女を慰めようとできる限りの明るい、優しい声で話し掛けた。
「僕は霧谷リュウ。別に悪いことをするつもりは全然ないから。えっと…名前は?」
少女は数秒間をおいた後、答えた。
「…ミオです。」
知り合いにミオという名の人がいなかったからなのかもしれないが、その名には独特の神秘性を感じた。




