一抹の不安
トントンと誰かが扉をノックするので、僕が応じると、扉が軋音を立てつつ開き、隙間から茶髪の女の子が顔を見せた。
「風呂、空いたよ。」
「ああ、了解。」
僕はベットから立ち上がり、壁に掛けてあったハンガーからタオルをとると、小さく畳む。
その作業を見ていた澪は無言のまま部屋へと入り、扉を閉めた。
バタン、と音が響く。
澪はそのまま何か言いたげに立ち尽くしているので、僕は、
「どうかした?」
「…あのさ…、…もとの世界に、帰れるのかな…?」
澪のその突然の発言に僕は驚く。
しかしそれと同時に、納得感もあった。
あの晩、彼女は躊躇する素振りは殆ど見せることなく、例のゲートに踏み込んだ。それは不安よりも兄を助けたいという気持ちが感情の大部分を占め、不安的要素が表面に出てこなかったからであろう。
だが今、兄の行方は分からず、もとの世界に戻れるかどうかすら謎である。
今日、澪は瀬古さんと共に街をあちこち歩き回ったらしいが、先述の通り無論収穫はなかった。少しずつ事の深刻さを肌身に感じているのだ。
普段は天真爛漫、今はどこか虚ろな表情をした澪はそのまま続けた。
「…ねぇ、リュウはどう思ってるの?このまま私たち…、どうなるのかな…?」
何と答えたらよいのやら迷った僕だったが、思っていることをそのまま口にすることにした。
「なんだよ、ミオらしくないじゃん。」
「…へ?」
「兄さんを助ける!ってあんな意気込んでたのに今はもうそんな自信喪失状態なの?」
「…だって…。」
はぁ、と一息ついた僕はできる限り励まそうと試みる。
「なんとかなる。いや、なんとかならなきゃ僕だって困る。絶対兄さんを見つけ出して、他の奴らとも一緒に現代に帰る。瀬古さんだって玉樹さんだってそう考えてる筈だよ。ミオがそんな不安げでどうするよ。僕を道連れにしといた人がそんなんじゃ困るなぁ。」
…言い過ぎたか、と横目で澪の様子を確認するも、澪は何か考え込んだあと、言った。
「…そうだよね。鬱々としてたって何にも始まらないよね。うん。」
自分自身に言い聞かせるかのように言った彼女は僕の方に向き直る。
「よし。明日からはまたいつも通りいくよ。ま、明日はリュウが街を歩き回る番だから、頑張ってよね。」
「ああ。」
「じゃ、私もう部屋に戻るから。おやすみ。」
「おやすみ。」
澪のいつもの明るい表情に僕はほっとしつつ、とりあえずうまく宥められた、と一息つく。
すると澪は出ていこうとドアノブに手を置くやいなや、何か思い出したかのように振りかえって、
「そうそう、この通りを出た所のウェストストリートにパン屋があるの知ってる?」
ウェストストリートとと言うのは例の大広場から西へ伸びる大通りのこと。
この街は幾つもの通りが交錯する街なので、石榑さん曰く判別するためそう呼ぶらしいが、正式名称なのかどうかは不明である。
「…パン屋?そういえばあったような…。」
「あそこのあんパン、めっちゃ美味しかったよ!リュウも食べてみなよ!私、また明日も時間が空いたらいくつもり。」
「おいおい、瀬古さんに迷惑かけないようにしろよ。」
「かけてないって!子供じゃないんだからさぁ…。」
心の中で子供だろというツッコミを入れる。
「そゆこと。じゃ、また明日~。」
そう言い残した澪は颯爽と部屋を出ていった。
あんパンの話は置いて、僕の頭の中にあったのはやはりこれからどうするか、ということである。
澪も、大学生二人組も、100パーセント考えている筈だ。
やはりこの街を出るのが妥当だろうか…。しかし…。
そんなことを勝手に考えてしまうのだが、結局僕一人で結論を出すわけにもいかない。
「そうだよな。」
独りそう呟いた僕は風呂に入るべく部屋を出た。




