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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三ヶ月分でいいから、君が欲しい

作者: 緑の海藻

なんでこんな自分しか得しない話になったのか


 わたしには幼馴染みがいる。


 それはもうわたしと正反対のような。


 何かにつけて要領が悪いわたし。


 何事にも見事に対応する幼馴染み。


 ごわごわの剛毛で墨をぶちまけたみたいに重い色の目。


 醜いわたし。


 ふわふわの猫毛に茶色できらきらしている煌めく瞳。


 綺麗な幼馴染み。


 わたしは醜くて残念で、幼馴染みは綺麗で素晴らしい。


 そんなわたしと対極にある幼馴染みは、生き物と料理が好きだった。


 学生時代では飼育委員をやっていて、家ではよくわたしに美味しいご飯やお菓子を作ってくれた。そして面倒なことに、作った物は全部食べないと死にそうな程落ち込む。


 そのせいか、昔からわたしはぽっちゃり体型でそれがコンプレックスに拍車をかけてた。その餌付けが趣味のような幼馴染みは、わたしとは対極でほっそりしていて、しかも綺麗なのだから全くもって嫌になるというもの。幼心にも結構うらやましかった。


 ……ううん、もの凄く羨ましかった。


 思春期には少しみんなと違う体型だとすぐ槍玉に上げられて、痩せたいのにダイエットはどんなに頑張っても成功しなくて。毎回ダイエットメニューを考えてくれて、応援してくれる幼馴染みには感謝すべきなんだろうけど……彼が悪くなくても、わたしが苦しむ横でわたしの欲しいモノ全部もってにこにこしているのが堪らなく嫌だった。


 だから、見目の良い幼馴染みを紹介してくれと頼む女の子には積極的に協力していった。もちろん、わたしから見て性格がよくて幼馴染みと相性が良さそうな子だけだけど。それでも幼馴染みへの架け橋として定着してくると悪口を言われることが減って嬉しかった。


 そんな幼馴染みと一緒なのは中学校前から嫌でしょうがなかった。高校は幼馴染みが試験当日にインフルエンザに罹ったせいで第三期を受けたために一緒になっちゃったとしても、せめて大学はと遠くを受験した。幼馴染みは人見知りで心細いからと言って同じ大学にしようとしていたので本命は隠して受験することにした。


 こうしてようやくわたしと幼馴染みの道は分かれたのだけれど……大学入学を機に連絡先を変えて連絡を取れないようにしたのは流石にやり過ぎだったのか、実家から連絡が来て却って大事になってしまった。


 これには失敗してしまったと嘆いたけど時既に遅し。


 昔から顔も要領もいい幼馴染みに惚れ込んでる家族に説得されてしまい、連絡先を教えることになるばかりか、また交流を持つことになってしまった。


 しかも、これ以降の幼馴染みは過度な接触と餌付けは止めてくれるようになったものの、会っても会話なんてないのにやたら会いたがるようになってしまったから困った。それも社会人になったら終わりだと思っていたのに、社会人になったらなったで少ない時間を全部持って行かれてしまうようになった。


 会社に入ってもぱっとしないわたしに対して幼馴染みはあっという間にキャリアの道を驀進していき、会えない時間が増えるのはよかった。それは良かったんだけど、益々格差が広がり周囲の向ける怪訝な目は耐えがたいものになっていく。


 この頃にはもう疲れ切ってしまっていて、この幼馴染みと顔を合わせずに済むのならなんでもいいと思うようになっていた。だから、この際太っていてあんまり顔がよくなくても若ければいいという男性を狙って、幼馴染みに気がある人や世話好きのお局さまにお見合いをセットしてもらったりした。この作戦もえり好みはしていないのに成功しなくて、何度か上手くいったと思っても気が付けば破綻してしまう。破談するのは毎回つらいけど、特に上手くいったと思っていた40歳の男性とも破談したときは落ち込んだ。17歳も上の人にさえ振られてしまうなら、若ささえ武器にはならないということじゃないか。


 25歳になる頃にはコンプレックスと脂肪の塊のようになってしまっていて、ここ三ヶ月程度は会社に行くことすらままならなくなってきてしまっていた。


「最近元気ないよね……美野里どうかしたの?」


 元気がないってどころじゃないのに、こちらを心配そうに見てくる幼馴染みに余計に落ち込んでしまう。見慣れた整った顔が近すぎてつらい。


「なんでもない。ただ少し……疲れて」


 本当はアンタのせいだって八つ当たりしたかったけど、怒鳴って当たり散らせるほど幼馴染みに非がないことはわかっているから何も言えなかった。


「……ねえ、美野里も疲れたなら、一緒に会社辞めないかな?」


 わたしが何に疲れてるのかも知らないのに。そう思ったけど、会社を辞めるというのは疲弊しきったわたしにはもの凄く魅力的に聞こえる。


「辞めてどうするっていうの」


 幼馴染みは提案したくせに食いつかれるとは思ってもみなかったのか、急に顔を輝かせて話し始めた。なんでも罰当たりなことに恵まれた人間関係に疲れてしまった彼は、隠遁生活をしたくなったそうだ。どこぞの観光地にそこそこ近い山奥にでも飲食店を構えて気ままに暮らしたいらしい。


 そもそも集客率の悪そうな場所に店を構えてどう気ままに暮らすのかと訊いたら、あっけらかんと「そんなの気にしなくていいよ。悠々自適に暮らせるだけの資金が貯まったから思いついただけだし」と宣った。わたしは全く与り知らぬところだが、わたしが彼を避け始めた頃には一族の経営する会社の仕事を手伝い、デイトレードを嗜んでいたそうだ。


 一体、この幼馴染みはわたしと同じ生活を送っていながら何をしていたのだ。というかむしろ、なんでこの幼馴染みはわたしと生活圏を同じくしていられたのだろうか。


「恥ずかしい話、店舗は押さえてたんだけど……まだ必要な資格を取ってないんだよ。だから、美野里にはこれから専門校で僕が資格を取るまでの間の店舗の維持と開店後の店員を頼みたいんだ」


 それから条件を聞いたけどそれは驚くほど好待遇で、彼のクレジットカードと外国籍の銀行の残高を見るまでは到底信用できないくらいだった。


 わたしは悩んだ末に了承した。


 幼馴染みは好きじゃないけど、この幼馴染みを囲む人々はもっと嫌いだ。どうせ、人に囲まれすぎたせいで人間不信になったとか贅沢なことを嘯いているコイツは、どこに行ってもわたしを避難所扱いする。


 この幼馴染みをかばって周りを威圧していたのなんて、他の子どもより体格がよかった小学校低学年くらいまでなのに。


 幼馴染みは「これでずっと昔からの夢が叶う!」と大げさなくらい叫んでいた。彼はいつも微笑んでいるような人だけど、こんな見事な笑顔を見たのは随分と久しぶりで、こちらが呆気にとられてしまう。頭が足りないとしか思えない痴態を見せるまではしゃいでいても見苦しくないなんて理不尽だ。改めて美形は得だと呆れてしまった。


 さて、幼馴染みは有言実行かつ迅速な行動をモットーにしているだけあって、三日も経ったら山奥の別荘みたいな店舗に住み込みさせられていた。欠勤が多くなっていたわたしは半ば諦められていたようで、本来なら三ヶ月前には出しておくべき退職届は異例の早さで受理されたらしい。


 幼馴染みはどうやら長年の夢である自分のしろを離れたくないらしく、片道一時間もかけて専門校に通うとのこと。


 苦手な人間と完璧に縁を切れた幼馴染みほどではないけど、周囲の目さえなれば実害の少なく気の遣える彼と過ごすのは思いの外楽だった。相変わらず痩せたいというわたしの話は完璧に無視して試食と称して大量の食事をとらせてくるのはイラつく。


 同じ量食べても一人で理想体型を維持してやがるのはもっと癪に障るけど、不特定多数からの不快な視線よりはストレスレベルが低いのは明らかだ。


 予想外に広い店舗と住居の清掃には日がな一日かかり、外には殆どでる暇がない。


 そういう生活を送っていて初めて気が付いたのだけど、わたしは太るっていることが嫌いだったんじゃなくて人に悪く言われるのが嫌いだったんだと思うようになった。やっぱり細くて綺麗な幼馴染みは好きじゃないけど、毎日家族や知人、見知らぬ人に体型を見られたり食事量に干渉される生活と比べたらなんてことはない。


 幼馴染みは何より面倒で苛立たしいけどいつも温厚で、容姿や能力といった事でわたしを貶めず怒らず、何より尊重してくれる。このあたりがなんとなく離れられない理由かもしれない。


 そう思って当初より楽しく暮らしてたんだけど、半年ほど過ぎたある日幼馴染みの様子がおかしくなり始めた。どうにも落ち着かない様子で出口やわたしの方をちらちらと見る。すぐに視線は泳いで一つの所を見ていられない日もあった。どうしたのか訊きたいと魔が差すこともあったけど、ハイスペックな幼馴染みにできないことはわたしに出来まいと放置した。


 ……そうだ。幼少期のあの時くらいしかわたしが人より、ううん……この幼馴染みより何か出来るなんてことは一度もなかったんだから。


 幼馴染みが不安定になるほど食卓が賑やかになる。体重計や大きな鏡がここにはないからなんとも言えないのだけど、さらにふくよかになってしまったと思う。それでも会社や学校とか家と比べたらずっと居心地のいいこの場所を手放す気はなかったから、耐えた。この幼馴染みを耐える方がマシと判断した時に覚悟は決めてある。


 ……覚悟は決めてあるとは言ったけど、やっぱり身体が動かなくなるのは怖い。掃除さえ出来なくなったらこの職場さえ失うから。


 だから、仕事にかかる時間も短くなってきたことだし、幼馴染みが帰ってくるまで外で運動してみることにした。運動不足のわたしでも、散歩くらいはできる。車も通れるだけあって山道もしっかりしてるし、これだけ景色がいいところなんだから外に出なくちゃ損だ。


 ということで外に出たけど、開始15分でギブアップした。


 思ったよりも運動不足は深刻だったようで、少し歩いただけで息が切れて汗がにじむ……散々だ。登りはキツいだろうからしばらく休んでから帰ろうと山道で息を整えていると、車の音が聞こえてきた。


 もうめんどくさいから幼馴染みの車に帰りは乗ろうかと待っていると、猛スピ-ドで走っていた彼の車がブレーキ音もけたたましく急停止する。何事かと固まっていると、なぜか恐ろしい形相をした幼馴染みが現れる。


 身体から血の気が引いていくのがわかった。


 この幼馴染みは嫌味なほどにいつも笑っている男なはずなのに、今は表情がそげ落ちて、全くの無表情。何の色も顔にはない癖に、異様なまでの怒りを発散させながらわたしを見ている。


 普通に「時間ができたから散歩しようとしたら、これだけで疲れちゃった」と笑って声をかけようと思っていたのに。


 息が止まる。


 時が止まる。


 汗をかいていて風が少し冷たくなっていたことも、木々のざわめきが部屋の中で聞いていたよりずっと大きいと思っていたことも、全部、頭から抜け落ちる。


 ただ、目の前の幼馴染みだったはずの、見知らぬ男に対する恐怖に思考領域の全てが支配されていた。


「やっぱり、あのオヤジと逃げる気だったんだね」


 いつもは高めで透明感あるテノールで話すのに。初めて見た彼の怒りと同じく、初めて聞く彼の怒声は静かなのにどこでも底冷えするような低音だった。


 言葉ですらいつもの穏やかなものではない。


 わたしは何のことか分からずに訊き返そうとするけど、鋭く射貫くような目に縫い止められたように口が動かない。


「もういい。仕方ない」


 何も映っていないとしか思えないほど暗く濁った瞳で幼馴染みだった男は呟く。


「仕方ないから、いいよね」


 急に口元が裂けるような空虚な笑みを浮かべて手を伸ばしてきたのを見ながら、わたしは意識が遠くなるのを感じた。


 そして、どうやら息を止めっぱなしだったことに気が付いた。


 半年分の運動不足による疲労が取れぬうちに呼吸を止めてしまったせいだと朧気ながらに思ったのはまさにブラックアウトする瞬間だった。





みのりちゃん、みのりちゃん


どうしたの、ゆうちゃん


どうしていつもいっしょにいてくれるの


わかんない


わかんないはやだよ


なんで


わからいとこわいもん


そうなの?


そうだよ、みのりちゃんとずっといたの。だからね、おねがい


うーん、よくわかんないなあ


なんで、なんでもいいから


じゃあ、ゆうくんちおいしいごはんだから


ごはん?


ままがごはんはだいじっていってたから


どうして


それはね……





 なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。


 目が覚めてぼんやりして天井を見上げると、いくつかある照明の内の一つが切れていた。そう言えば、昨日気付いてから交換をするのを忘れていた……。


 しばらくそんなことを考えてボウッとしていると、おいしそうな料理の匂いが鼻孔をくすぐられてことに気が付いた。


 身を起こして辺りを見回すと、いつもの寝室に大きなテーブルとそれ一杯の料理が並べられていた。冷めかけているのから熱々のものまであって、準備するのにかなり時間を掛けたんだとわかる。


「ああ、丁度よかった。ご飯の時間だから起こそうかと思ってたんだよ」


 いつも通りの明るい声に気絶する前の事を忘れそうになるけど、何かが欠けた歪な笑顔に走る悪寒が、現実だと訴えていた。


「ねえ、ゆう……ンンぐ?!」


 どうしてかはわからないけど危険を感じて散歩のことを説明しようとする。けど、口を開けた途端に料理を無理矢理突っ込まれてしまった。


 その後も続けざまに味わう暇も無くひたすら咀嚼という作業を続けさられる。幼馴染みの放つ異様な空気な圧倒されて満腹になるまで無言で食べさせられ続けたけど、一度噎せたところで水を飲む時間が与えられた。


「けは、こふ……悠木、どうしたの」


 正体不明の恐怖を堪えながら尋ねると、整った顔に先程と全く同じ歪な笑顔を貼り付けて黙ったまま料理が差し出された。


 どうやら、わたしの話を聞くつもりはないらしい。


 再び同じ作業が始まったけど、前の時点で殆ど満腹になっていたせいで思うように食べられない。苦しくなって思わず嘔吐く素振りを見せると、表情を変えないまま力尽くで口を押さえられて、強引に嚥下させられた。


「……ぇほっ、っなんで、なんでこんな事するのよ?!」


 満腹の状態から強制的に食べさせられるなんて、正式に拷問として成立する行為だ。こような無体を働かれれば流石に黙っていられなくなる。


 この幼馴染みにそんな暴力をふるわれる筋合いはない。


 そう意気込んで恐怖も忘れて怒りのままに幼馴染みを睨みつけてから、後悔した。


 笑顔さえもすっかりはぎ取られた端正な顔には先程までの空虚ではなく、狂気が満ちていた。


「足りないから、に、決まってるでしょ」


 もうやめて、一体何が足りないっていうの。


 もう取り繕うのは止めたとばかりに、顔を背けるわたしの口をこじ開けて食事……いや、餌を詰め込もうとする。


 その顔には何も浮かんでないのに、勝手に狂気を独白し始めた声は熱に浮かされたようだった。


 いつも色素が薄くて茶色っぽいと思っていた瞳が電球が一つ減った部屋で黒く翳る。


「僕はね、何度も美野里に好きだとは言ったけど……君が僕を好きになるなんて期待したことなんてないんだよ。美野里は昔から僕が嫌いだもんね?」


 嚥下の準備も整えていないのにいっぱいに物を詰め込まれたせいで、つっかえる時の吐き気を催す苦しさと食道が拡張される痛みに涙が浮かぶ。


「ただ、傍にいてくれれば、まあ、美野里に手を出すのは、我慢できたんだ」


 吐かせないとばかりに水を流し込んで口に手で蓋をする。細くて折れそうだと思って見ていた幼馴染みの指は万力のような力を持っていて、どれだけ抵抗しても外れることはなかった。


「なのに、僕を捨てるなんてずるいよね。ちゃんと美野里が僕を好きになれない分、美野里が好きなおいしいごはん・・・・・・・作ってあげてたでしょう?」


 暴れたせいか、鼻ごと押さえられる形になって苦しさが増す。生理的な涙かも判然としない温かな水が頬を滑る度に冷えていく。


「僕はなんで美野里がつらいのか一生懸命考えて考えて考えて考えたんだよ。それで時間かかっちゃったけど、他の人間がくだらないことするからだってしっかり気付けたでしょう?美野里の嫌いな仕事も辞めさせてあげたし、誰も近寄れない美野里の為のお家も用意したのに……どうして逃げようとしちゃうのかな。僕はね、大学に入った時に美野里が僕を捨てようとした時に決めてたんだ。次逃げたら全部諦めて、もう二度と許さないって」


 なんとか飲み込むと、また新しいのを詰め込まれる。彼の独ちぐはぐな白を聞いている余裕はもうなかった。


「美野里はどうしても僕を嫌うから、逃げるから、もう全部諦めちゃった。美野里は何しても意味ないもんね?でも、美野里が僕から離れるのは許せないんだ。僕を助けてくれたのは美野里なのに、僕を生かしたのは美野里なのに、僕を好きにさせたのは美野里なのに、僕を勝手に嫌うのは美野里なのに、僕を殺せるのは美野里なのに、僕を捨てるのは美野里なのに、僕の全部は美野里で出来てるのに……美野里が僕からいなくなるなんて許せない許さない許したくもない。しかも、僕がこんなに欲しくてやまない美野里を20歳近くも離れたオヤジが奪うなんて有り得ないから有り得ないし起こりえないようにするまでもなく叩き潰しておいたのに連絡が入らなくてもそいつに会いに行きたかったなんてそれこそおかしいし起こりえないよね」


 矛盾点に意識を巡らせる暇もなく、なんとか飲み込むのを先延ばしにしようとして気管に何かが入り込む。咳をしようにも口が思うように動かせないせいで、舌を思い切り噛んでしまった。


「もう美野里が実力行使で逃げるなら僕も遠慮しないよ。ずっと夢にみてたけど美野里が傍にいるなら待ってようかと思ってたけどもう駄目。美野里が逃げられないように、ずっと僕と一緒にいられるようにするには僕と美野里が一緒になるしかないよ僕が美野里で美野里が僕になれば同じになれば美野里は逃げないでしょ」


 鉄くさい味が口腔内に広がり、勝手に口に突っ込まれてもうなんだかわらからない食物と混じる。


「昔、美野里言ったでしょ?「ごはんでからだはつくられるんだよ」って。あれって本当だよね、鶏の世話をしてて餌の色で黄味の色が変わるって知った時はゾクゾクしたし、フラミンゴもドッグフードだと白くなるって聞いた時も震えたよ。あ、もちろん一番は美野里に食べさせると体重とか体型が変わっていく時だからね。美野里微妙に細くなったり太くなったりするのを見るのも、僕にそのことで文句を言う美野里の顔にも最高に興奮するもん。いつだって僕の作ったご飯で美野里が出来てる、僕が美野里を作ってると思うと気がどうにかなりそうだった」


 語るのに熱中しているのか、手が止まった。けど、こんな意味の分からない狂気の言葉を理解する余裕なんて要らなかった。


「でもそれじゃ足りないから。美野里が逃げないように僕と一緒になるようにしなきゃいけない。ね、美野里、人間の60兆の細胞はね、大体三ヶ月で作り変わるんだって。そして、当然だけどその細胞は摂取した『ご飯』で出来ているわけだ」


 楽しそうに目を細めた顔が覆い被さるようにわたしをゆっくりのぞき込めば、逆光で陰が落ちて真っ黒になる。一時期より大分落ち着いた口調になっているのが余計に恐怖を煽った。


「わかるよね、美野里。三ヶ月分には今の美野里じゃ足りないんだよ。足りない、ちっとも足りない。三ヶ月持つようにしないと。三ヶ月分でいいから、君が欲しいんだ……だから、ほら、可愛いお口を開けて?」


 恐怖で強張りちっとも動かない唇に男はそっと手を伸ばして優しく触れながらも、唇をやわやわと開け、わたしのガチガチと噛み合わない歯を見てにっこり笑う。


「安心して。髪の一本だって絶対に残さない。三ヶ月経ったらちゃんと僕の心も美野里の所に持っていく。ずっと一緒にいるから」


 見慣れない整った顔が陰と乗せたまま更に迫り、歯茎に濡れた粘膜が触れたのを最後にわたしは……


細胞の入れ替わる周期に関しては部位により違いがあり、二~三ヶ月では完全に入れ替わらない部位もあるとは思います。でも敢えて三ヶ月にしたのは「給料三ヶ月分の指輪」の甘い雰囲気を取り込んで誤魔化そうとしただけです。

※無意味







以下、完全に蛇足となる設定


悠木君が美野里の意中の相手だと思い込んでいる40歳男性ですが、彼は美野里と相思相愛なんかでは当然ありません。美野里と結婚したがっているのは、一代成金な彼は末期ガンで両親が死んだ時は親族として名乗りをあげなかった癖に、金持ちになって死にかけた途端に押しかけてきた屑い身内に財産を渡したくないからです。見知らぬ人に募金は性分に合わないので、この人になら遺産をあげてもいいかもと思える一時的な結婚相手を探していただけです。


それを勘違いした悠木が排除にかかったけど、一代成金な彼にはすこぶる優秀な裏の配下が多くて上手くいかないかったのが後半に悠木が荒れた理由です。恋は盲目……でも「(財産分与のために結婚したいから)彼女が必要なんだ」と叫んだ男もいけない。もしこの段階で美野里が悩んでる悠木に声を掛けて「もうここしか居場所ないし……」と零したりしていたら、悠木に若干の余裕が生まれてただの監禁というハッピ-エンドになったかもしれない。その時の犠牲者は男と悠木の共謀によって闇へと消えた屑い親族のみなさん。

※結局被害が出る


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