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イイーキルスの聖句とその手記の抜粋

作者: 時計村正

古典期的なクトゥルフを目指しました

未知なるカダスは目指してません

次元を超え宇宙を渡る英知の頂へ上り詰めた魔術師達でさえも避けようのなかった現実は、彼らの手を離れてなお紡がれ続る運命という忘却の中で溶けていった。

氷に消えたハイパーボリア。水にきえた美しい南国の氷ついた花々。記録にも残らずに記憶から消え去った有史以前の文明人類。

そのすべての終末に起因するものであり、魂を肉体よりも強固なものに閉じ込めるものであり、かのアトランティスでおきた惨劇と比較してもなお悲惨な終焉を時間という舞台に告げたかの者、わが主の御名をやがて来る時のために讃える。



──かの者は奈落に落ちた御使いのように怒り狂い、奈落の底の王のごとく体を浸からせながらも、奈落の中へ招き入れる毒蛇ほどには悠長ではない。

その名は呼ばれることも久しいだろう。そもそものところその名を知る者も久遠の時を経た今では少ないだろう。



その光り輝く面貌には、事実神聖さを覚えることだろう。研ぎ澄まされた感覚の持ち主であればある種の宿世を予感し、かの者にひれ伏し、救いを乞うこともあるのではないだろうか。

否、許されるはずがないのだ。

そのものの性質は人類の限られた感性でも判別することができるほど明確であり、恐怖的な心性をもって開示される神性に他ならない。

説明づけるには陳腐な言葉の羅列で十分ではあるものの、されどその文脈からはかの者の深き怒りを感じさせるには不十分である。


かの者の心に潜む──あくまでも人間的な感情に例えた場合の話だが──怒号をやむことを許さぬと叫び続けんばかりの声なき輝きは、黙したままであってもわれら人類に対して明瞭に、美しき夏鈴水の川が無残な時間の移ろいにより凍冬を迎え、絶える動植物の残酷な絶景を、決して目を離すことができぬ名画のように心象風景として刻み付けられる。

それは燃え上がる炎のように苛烈に、心を底から凍結させるような目が眩まんばかりの負の快感で躍らせる。

心というものが感動によって鼓動を増すことは説明するまでもないことだろう。だがあえて書き加えるのならば、より深い恐怖によっては誉れ高き英雄譚や嘆きの果ての愛憎劇を超えるはたらきを示すことを、かの神性はその怒気をはらむ輝きによりわれらに薫陶を授け、真に心を動かす機微などというものは論ずるまでもなく心得ていたではなかったかという原始の時点で得ていたはずの真理に気づかされるのだ。


傍目には心を喪失したか、気の触れたように見えるだろう。

かの者の輝きに照らされた者は自らに遠からず訪れる避けようのない悲劇をその極光を持って知り、自らが考えるだけの知能を有してしまったことを呪いながら深い恐怖の寒々しい音を心に響かせながら絶えていくのだ。

あの美しくも忌まわしき灰色の輝きを見よ!あの燃え盛る猛き凍土の感覚に触れよ!

そしてどのような賢者でも知ることのできなかった知識を得るのだ。

かの神性からの唯一にして絶対の賜りである──死を!

誉れある死を!授けたまえ!








以上は、私が個人的に付き合いのある私掠船の航海士より譲り受けた異教の古術書──私はそれをイイーキルスの聖句と名づけた──を、正常な状態で保管されてる数少ない考古学的な資料を友とし、幾年の歳月を得て必死の思いで訳したものだ。

私にはこの文面が破滅的願望により作られた絵空事であると断言できるだけの根拠を持っていない。

勿論、事実的な論証を用意することは不可能だろう。万が一にも、この聖句に記されるような存在が実在するとすれば、私が世論に疎い人物であったとしても、用をなさぬ耳にする機会もあっただろうし、そもそも学術的な観点から考えてもその存在を示唆する伝文程度はなにがしかの形で現在まで残っていると考えるのがしかるべきだろう。


自作した翻訳文を、さらに噛み砕いた幼稚な表現で意訳すれば明らかであるが、かの存在と呼ばれる神性はその輝く面貌の光を浴びたものは燃えながら凍結するというのだ。

あまりにも自然的な節理に反する現象であり、一笑に伏すべき内容であると私自身理解はできている。

だが、このことについて考えるたびにありえない、愚かしい原始宗教の妄想だとつげる理性の影で、心の奥底の夢想だにできない深淵の隙間から疼くような引っ掛かりを感じてしまう。

そのことが、私の拙い空想力を限界まで使いきり、この陳腐な聖句がさも深遠なる宇宙から顕現した偉大なる神託ではないかと囁き嘯き私を惑わしている。


私はこの無知の体現であるかのような妄想にけりをつけるため、くだんの航海士の力を借り古術書を得た海域へ渡り、その海にて支配力を持つ土地の土着宗教について詳しく調べ見るつもりだ。

すでに私掠船の船長にも挨拶を行い、同行の許可を得ている。

普段馴染まぬ海洋への冒険旅行とくれば、お洒落な若者であれば旅行鞄を用意して生き生きと準備でもするところだろうが、私のような文学とともに生きてきた学者肌の人間には、長旅の準備などただただ億劫なことである。

私は着古した部屋着の胸元から覗く、生まれつき胸の中心部だけ肌が灰がかった色に変色している部分を姿見越しにみて、この度赴く海洋が決して温かいとはお世辞にも言えない地域であることを思い出し、防寒具も出発日前日までには揃えておこうと決心した。




────全土の異常大寒波前日に凍結が観測された地域にて難破していたとされる亡国私掠船から発見された走り書きおよび著者と思しき違法学士の手記より抜粋


文字でしかできない表現になってるといいですよね

いいですよね、アフーム・ザー

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