シーン2.邂逅
パタパタと渇いた音が響く。狭い路地を三体の影が通り過ぎる。
「このままじゃ警察に追い付かれるぞ!」
走り続けて体力を消耗したこの状況に焦りを感じたのだろう、不良の一人が息を切らして言った。その一言が残り二人の足をその場に留めた。
先頭を走っていたリーダー格らしき大柄の坊主頭が口を開く。
「落ち着け、人混みの中に隠れちまえば問題ねぇ。奴らは目立つ場所には行けねぇはずだ」
捜査の隠密性。それは時に警察の足枷にもなる。捜査をスムーズに行うためには、一般人に事件を気付かれずに行動しなければならない。少しでも異変に気付かれようものなら辺り一帯はパニックに陥るだろう。犯人捜しどころではなくなってしまう。なるべく穏便に、かつ確実に犯人逮捕へと事件を導くのが警察に課された使命なのだ。
逆の立場から考えてみれば話は早い。
捜査を困難にするにはどうするか?
人通りの多い場所へ行けば良い。
「よ、よし、分かった。とりあえずこの場所から離れ
その直後のことである。
逃げようとした男の前方、空中に青い光が尾を引くのが見えた。
流れ星を思い浮かべれば分かりやすい。地面に向かって突き進んでいる。
光が地に着いたと同時に。
甲高い破裂音。宙に舞うコンクリートの破片。
気が付けば目の前に帽子をかぶったスーツ姿の男が立っているではないか。履いている靴は絶えず青く光り、その足元を煌々と照らしている。よく見れば地面が蜘蛛の巣状にひびが入っていた。コンクリートにひびが入るなど、一体どれだけの威力で着地したのだろうか。
「嘘だろ……機動隊は撒いたはずだ」
一番近くにいた男は腰が砕けて動けなくなっていた。気を取り直したのか、隣にいたサングラスの男が腰から拳銃を出し、何の躊躇もなく南雲に向かって引き金を引いた。
肉眼では捉えられない速さで進む弾丸。南雲の眉間に吸い込まれそうになる。にも関わらず南雲はニヤリと笑っていた。
「そんなもん、意味ないぞ」
ギン! と金属同士がぶつかる音。
南雲の体には傷一つ付いていない。それどころか弾が当たらない。
なぜならば、彼がその手で銃弾を払ったからだ。
サングラスは信じられないような目で彼を見た。そんなはずがないと自分に言い聞かせ、再び指をかけて発砲する。
しかし。
南雲の両脇のビル壁に次々と弾丸が当たっていく。
決してサングラスの男の狙いが悪いわけではない。
銃弾がすべて腕で弾かれる。弾きながら男に迫ろうとしている。
「一応警告。抵抗するな、銃を使っても無駄だ」
「なっ……」
通常、拳銃から放たれる銃弾の初速は350m/s以上。これは音速とほぼ同じ速さである。10mも離れていない至近距離から銃弾を発射すれば、標的に着弾するまでの時間差は無いに等しい。
銃口から放たれた弾を一瞬で見極め、そして自身の腕に一つ残らず当てていく。これを行うとすれば文字通り腕が見えないはずなのだ。見えたとしてもそれは残像でしかない。この動作に人体が耐えることはまず不可能。もし本当に実現してしまう者がいたなら、そいつはまさに"人外"である。
「クソ、この化け物がぁっ!!」
「抵抗するなって言ったはずだけど」
南雲は流れるような動作で銃弾を躱しながら迫り、サングラスのみぞおちに拳を放つ。一体目制圧。ついでにそばにいる唖然とした表情の金髪にも一発入れてやる。二体目制圧。
男たち二人はなすすべも無くその場に倒れた。
残ったのはガタイの良い坊主頭のみ。
「やっぱりこうなったか」
彼だけは始めから逃げ切れるとは思っていなかったらしい。クソ、と呟きながらポケットに手を突っ込んで、手にすっぽりと覆うほどの小さな何か何かを取り出した。
彼の手に握られていたのは黄色いラベルの瓶。側面に赤い文字で警告が書かれていた。中身を確認しながら、
「機動隊じゃねぇな・・・帽子で顔を隠してるってことは組織犯罪の奴か。お前には残念だがこっちには切り札があってな。ちょうどいい、今ここで試してやるよ」
「素直に体を鍛えれば良いものを。麻薬に手を出すとは感心しないね」
その感想は相手をイラつかせるに十分だったらしい。そのいかつい顔にはっきりと怒りの表情が浮かんだ。
「機械で身体をガッチガチに固めてるお前らに言われたかねぇがな。まずはその目障りな腕を捻り潰すとするか」
先ほどの挑発とも取れる南雲の言葉に対して相手は宣言をし、小瓶から錠剤を出してグイと飲み込んだ。
「黄色の粒、黄色の粒。確か肉体強化だったかな。あ、そだ、今この時点でアンタは麻薬及び向精神薬取締法を違反したことになるんだけど……って聞いてないし」
辺りの雰囲気が変わった。嫌な緊張感が走る。
歯は尖り、
目が血走り、
筋肉が肥大し、
皮膚は濃く染まり、
血管は強く浮き上がり、
そして。
「俺この手の奴見ると毎回思うんだけどさ、強化って言うよりモンスター化じゃないの?」
異形な存在。自然界には生まれるはずのない者。
人類が手にした最低の技術にして最悪の精神。
南雲の前には高さ3mを超す、もはや人間とは呼べないほどの生物が君臨していた。
「さぁ、ウォーミングアップといこうか」
「まぁ、"人外"と戦うんだったらアンタも"人外に"なるのが当たり前か」