私と英語と剣道と
引っ張ってすいません。って、この前書き読まれてるんかな。そもそもこの小説読まれてるんかな。
まぁいいや。とりあえず感想くれるとうれしいです。酷評でもかまいません。
律渦曰く、俺は複雑な人間らしい。自分勝手かと思えば、他人を気遣う。細かいことが苦手で、でも大雑把だと気に入らない。散々悪く言っていた嫌いな人にも、最低限の礼儀は保つ。飽き性で凝り性。矛盾してそうなのに崩れず成り立っているその有り様は、理解出来ない、と。高二になってすぐの頃、律渦が寝転びだらける俺に向かって言ったことだ。何で急にそんな話になったのかは解らない。だが俺はそれを受けて、ただ相槌を打つことしか出来なかった。言い返そうと思えば出来たかもしれない。しかし出ていただろう言葉は、「解ったようなこと言うな」とか、「言い表せる程度には単純なんじゃないか」とかいう、拒絶したり煙に巻くような台詞だっただろう。実際に俺は何も意味のある言葉は返さず、「ふ~ん……ん~……」とか適当に流していた。どっちにしろ、もしあの時言い返していたとしても、意見を交わし合う議論、という形にはならなかっただろう。何より、自分のことだし。まぁとにかく。そんな俺が、未だに続けているものがある。それこそが、先日話題に出た剣道だ。剣道を始めたきっかけは、意外にも姉である律渦だった。中学に進級すると同時に、一年生は部活動へ参加が義務付けられる。うちの学校は、文化部が吹奏楽と管弦楽、あとは家庭科部しかなかった。前者の二つは運動部並みの気合いの入りようで、後者の家庭科部は女所帯で、男子の入り込める空間ではなかった。つまり、部活とかかったり~という男子中学生にとっては、逃げ場が無いというか四面楚歌というか。そんな状況だった。聞いたところによると、中には所属だけして道具さえ購入せずにサボり徹そうとする輩もいたようだが、そういう“無気力な生徒”は生徒指導の担当教諭に呼び出され、顧問や担任による穏やかな強迫がなされたそうだ。まぁ、彼らは全体のうちのほんの一部だ。大多数の人間はちゃんと部活動に参加したし、無気力な生徒も、義務期間である半年間を闘い抜いた。さて、ここで律渦の話に戻るが。先程から述べているように、中学新入生にとっての部活選択とはそう安々と決められるものではない。しかし律渦に至っては、入学当初───それも説明会や体験期間が訪れる前から、既に腹が決まっていたようなのだ。
「中学って部活たくさんあるよね。何処入るの?」
俺にとっては、小学四年と五年の狭間の春休みの時期か。真新しいセーラー服の試着をする姉を見上げながら、俺はそう訊ねた。
「剣道部にしよっかな、って……」
そう言ってはにかむ律渦は、冗談や出任せを言ってるようには到底見えなかったのを憶えている。今振り返ってみても、どうして律渦が剣道を選んだのか解らない。ただ事実として、あの時の選択があったからこそ、六年も経った今。再び律渦と剣を交えることが出来る。律渦と最後に稽古をしたのは、確か中学二年の時(律渦が高校一年生)。試合前の肩慣らしとか言って、俺が部活でへとへとなのにも構わず至誠館(隣の市の道場で、中々に強い)に引っ張っていき、徹底的にボコボコにされたのだったか。ただひたすら気合いだけ出していた気がする。あれから三年も経っている。律渦は大学では剣道をやっていない。かくいう俺も、月に一度やるかやらないか。ここ最近は色々とゴタゴタしていたせいで、最後にやってから二ヶ月も経っている。身体動くだろうか……。いや、その不安は俺だけじゃなく、律渦も抱いてるはずだ。更に言うなら、今度行く市剣連の合同稽古に参加している先生方だって。彼らは皆、中年以上に年をとっていて、現役バリバリとは程遠い状況下だ。そんな彼らが頑張っているのだから、まだまだ若盛りの俺達がひーこら言ってる訳にはいかない。俺は手の形を、想像の竹刀の握りに合わせる。───せめて二~三本は入れたいな。想像の竹刀を前の席の女子の首に突きつけながら、俺はそう頭の中で呟いた。
一つ、失念していたことがある。
放課後を迎えて、俺はいつもと変わらず、職務質問されたり自転車に轢かれたりといった災難には遭わずに無事、自宅への帰還を果たした。自室で着替えを済まし、防具の用意などを整えて居間に行くと、丁度律渦も防具袋を床に置いているところだった。
「あっ、帰ってたんだ」
「えぇ。竹刀はまだ大丈夫?」
「うん。ささくれとかは昨日削ったし」
ささくれは手のひらに刺さったりとか以外にも、大きな割れの原因にもなる。大きな割れは使用者だけでなく、稽古相手にとっても危ない。面の隙間は思いの外広いので、そこから割れた破片やらが入ったら失明や顔の怪我に繋がるおそれがある。
「何本使えそう?」
「う~ん。ギリギリ三本かな」
「それだけあれば充分じゃない」
竹刀は消耗品だ。ちゃんと整備しても、稽古が百回出来るかどうか。初期調整も整備もしなければ、十回も使わずに駄目になることもある。まぁその使用限界も、使い手の腕次第ではあるのだが。高校生時代に使用していたものが、今も三本も使用可能というのは、律渦の竹刀の扱いが上手いことを表している。
「さてと。じゃあ、私は時間まで部屋にいるから」
「レポート?」
「うん。少しでも進めておきたくて」
寸暇を惜しんで片づける。まるで割の悪いアルバイトみたいだ。
「そう、頑張って。母さんは帰るの七時ぐらいみたいだから、それまでには出られるようにしててね」
「うん、解った」
律渦は踵を返すと、早足気味に居間を出ていった。さて、私も暫くは時間を潰さなきゃいけないし───って、今の成績で潰せる時間なんて無いか。居間の出入り口を見る。その奥にレポート用紙と格闘する律渦を幻視して、自分も勉強しなきゃなぁ~、と気持ちを引き締めた。
机に向かい、鞄から授業で使っている教科書を取り出す。表紙には『Take up English』と題されている。過去の入試問題から比較的簡単な問題を厳選したもので、二年生のこの時期でも太刀打ち出来るよう、一応の配慮はされている。
「さて。私もやりますか」
ページを捲る。今日やった範囲を一通り流し読み、引っかかった箇所をノートの書き込みで確認したり、辞書で調べる。
be supposed to…(することになっている、する義務がある)
bring into…(ある状態にもっていく、…をもたらす、導く)
それが終わると、今度は次回やる予定の長文を読んでいく。やはり意味の判らない単語が所々に出てくる。それでも何とか文意は掴もうと、拾える単語や表現を繋げて、少しずつ一つの物語として形を整えてゆく。どうして判らない表現は辞書を引いて。
differ among…(…の間で異なる)
tend to do=be apt to do(…する傾向がある)
become aware of(…に気づく)
そうして最後の一文まで読み切り、一つ溜め息を吐いた。英語が───というか暗記が苦手な私は、長文を読むときは決まって頭が痛くなる。想像力を酷使するからだ。眉間を揉み、額に手を当てると、微かに熱が引いていく感覚。
「疲れちゃうなぁ……」
開始から一時間も経たずにこの体たらく。暗記していれば万事解決なのだろう。事実、大事なところが知らない文法で書かれていることがままある。先程並べた慣用句などがそれだ。長文読解の問題に於いて、慣用句というのは重要なファクターとなってくる。正直、単語もろくに覚えられてないのに慣用句まで覚えなきゃいけないとかどういうこと?という心境なのだが。いくら嘆いても、英語が消え去るわけではないのでやるしかない。目線を教科書に戻し、本文の隣のページに印刷された設問へと目を通す。
Ⅰ,本文中で、次の傍線部1)と同じ意味を表すものを記号で答えよ。
Ⅱ,次の傍線部2)を和訳せよ。
Ⅲ,次の傍線部3)の具体的な内容を述べよ。
Ⅳ,次の傍線部4)の語句を並び替えて、本文に沿った英文を作れ。
Ⅴ,本文中で筆者が述べたいことをことを、次の選択肢から選べ。
この設問パターンはよくあるものだ。言い替え、和訳、意訳、並び替え、読解。この五段階で構成されていて、面白味も欠片もない。そもそも私の進路に英語が立ちはだかっている時点で面白味なんて無い。何で国公立は全教科必須なの……私立も大抵英語が入ってくるし。何か段々と苛々してきたので、長文からは目を離して単語帳を手に取る。結局、今は英語からは離れられない。ぱらぱらと捲り、適当に真ん中辺りを開いて目を通す。単語がでかでかと書いてあり、その横に説明が半分にも満たない大きさの書かれている。
beyond『(場所)…のかなたに、(時間)…よりも遅れて, …を過ぎて、(程度・数量・範囲・限界)…に余る;…より以上の、…よりすぐれた、(主に否定文・疑問文で)…よりほかは』
そして見開きの右側に、その単語を使った例文が出ていた。
You have been almost beyond recognition by that time.(あの時と見違えたねぇ)
長ったらしい英文も、日本語にするとたったの十文字。直訳するともっと長めになるのだろうが。この程度の意思を伝えるために九単語も用いることが、自分が日本語を母国語とするからなのか。徒労のように思えてしまう。というか実際、本場の英語圏の人達はこんな台詞を使うのだろうか。もっと短くてフランクリーな台詞があるのではないか。もし私が実際に、この例文の通りに「見違えたね」なんて言われても、「Yeah!」とか「Pardon?」とかしか返せる自信が無い。
「そういえば───」
見違えたといえば、律渦も高校時代とはかなり変わったし、果たしてあの先生も判るかどうか……。
「………………ん?」
ちょっと待て。心配するのは、果たしてそれだけか?いや、違う。私は今朝洗面所で見た自分の姿と、今の自分の姿を脳内で並べる。……うん。見違えたってレベルじゃない。確かに律渦も変わったが、一番(あくまで見た目として)変わったのはやはり、私だ。知り合いの先生が見ても、判別出来ないだろうは寧ろ私の方であろう。
「そもそも女装だし……」
“神楽”が女装癖のある人間だと思われるのは、出来れば避けたい。ならばどうするか。女装は律渦を伴うのだからどうしようもない。道場に行くことを辞めることも出来ない。そもそも自分が提案したのだ。今更自分の都合で止めるなんて、そんなことは義に反する。じゃあどうするか……。
「といっても、一つしかないんだけどねぇ」
“神楽ではない誰か”と認識させる。これしかない。先生方に嘘を吐くことになるのは心苦しいが、事情が事情なのだから、仕方無いだろう。
「剣筋でバレるかもしれないけど……」
その時はその時だ。さて、じゃあ設定を考えないと。これは律渦にも話しておかなきゃならないことだ。早めに教えるに越したことはない。
「───というわけで、私は母方の従妹という扱いでお願いします」
十分程黙考した末に決定した方針を伝えるべく、再び律渦の部屋にお邪魔した。なるべく手短に事情を話した上で、考えた設定を打ち明けた。
「うん。まぁ……しょうがないよね」
律渦も気乗りはしない様子だったが、自分も原因の一つということで引け目があるのか、そう言って了解の意を示した。
「“神楽”についても何かしら訊かれるかもしれないけど、それは私が対処するわ」
「忘れられてるかもしれないよ?」
影薄いし、と言外に茶化してくる。確かに、足音が無いとか気配が希薄とか母には散々言われたが、それは『弟の方』であって私じゃない。
「それなら好都合ってだけです」
「何か他人事みたい」
他人事だもの、とは口には出さなかったが、自然とその言葉は胸に浮かんだ。
「そういやさ。名前どうすんの?」
「名前?」
「うん、その従妹の名前。私達に従妹なんて、可愛らしいカテゴリの親戚はいないよ?」
「その言い回しはちょっと……」
まるで他の親戚が可愛くないみたいだ。いや確かに、祖父や祖母、叔母叔父に従兄は全く可愛くないけどさ。いや、別に不細工ではないけど……。ね?
「とにかく名前よ。どうすんの?」
「う~ん……。りつか、かぐら、と来たから『ら』から始まる三文字で……えっと……」
「らすく?」
「そんな美味しそうな名前日本人じゃない」
言っといて何だが、外人ならあるのだろうか。
「じゃあ───らいす」
「却下」
「らうら!」
「何かハーレムものに出てくる邪気眼さんみたいでやだ」
「あっ、それ知ってる!確かあい───」
「(じろっ)」
「すいませんでした」
本気の殺気を籠めて睨みつけると、ようやく口を閉ざしてくれた。
「もう少しありがちな名前がいいのだけど……」
「そんなこといったってっ。『ら』から始まる名前自体が珍しいのに」
「まぁそうだけど」
そもそも使い捨ての名前に、そこまでこだわる必要は無いのだが。真剣に考え始めた姉に向かって、今更水をさすようなことは言えなかった。
「あっ」
「ん?何か浮かんだ?」
律渦が顎に手を当て十数秒。ピクリと顔を跳ね上げた。
「らんかちゃん、なんてどう?」
「………………」
いや、そんな天啓を得たみたいな顔で言われても……正直反応に困る。でも漢字にすればあまり違和感無さそうだし……。
「まぁ……少し引っ掛かるけど、大丈夫……かな」
「決定ねっ!他に思いつかないし」
律渦のその台詞が締めとなった。
これが、後に新時代を貫く架空従妹『燗火ちゃん』の、誕生の瞬間であった。←半分嘘です。
どうでもいいことですが、「朝霧紅音」で検索したらAV女優の方や紹介ページがたくさん出てきます。気をつけてください。
わ、私はAVなんて興味ありませんよ!?