心のカタチ
人の精神とは、経験や記憶、環境や容姿といった外的要因の影響を積み重ねることで形作られていく。数学の積分を使った座標面積を求めるのと似たようなものだ。あれは関数のグラフで仕切られた区画の図形を、軸に垂直に細かく区切り(その際は近似的に長方形として扱う)、その区切った区画の面積を全て足したものが、求められる面積。人の精神も同じで、小さな小さな影響───積分でいう、細かく区切られた末に生まれた長方形───を積み上げていって出来る。そう考えると、頑張れば人の精神構造を微分積分を使って求められるかもしれない、と思えてくる。まぁ、何をどういった関数に置くのかが難題だが。
───閑話休題。
例えやなんやを使って色々と述べたように、人の精神は一枚岩じゃない。まして思春期ともなれば、バラバラで混沌としている。矛盾している、と言い換えても良いかな。
ここで想像してみよう。精神を一つの立体パズルだとすると、それを形作るのはピースだ。思春期の精神には、所々に形の合わないピースが混じっている。それでも無理矢理組み立てられたそれは、絶妙なバランスで成り立っていることになる。ここに次々とピースを追加していく。或いは追加されていく。するとどうなるか。ある臨界点を過ぎると、一気に崩れる。
それが俗に言う精神崩壊だ。矛盾(ここでいう形の合わないピース)とは、時間と共に磨り減って解消されたり、他の経験に埋もれて目立たなくなるもの。
大人になるとは、そうして矛盾を解消、或いは誤魔化すことで精神を安定させることを言うのだ。
予鈴が鳴った。俺は読んでいた原稿用紙を折れ目に沿って畳み、前を向いた。扉を開けて這入ってきた数学教師を見据えつつ、先程読んだ小論文───センター現代文の過去問の内容を思い出した。
人の精神について語った文で、現代化につれて顕れてきた精神疾患を考察したものだ。その中で、著者が精神というものをどう捉えているかが書かれている。あまり深くは考えたことがないトピックだったが、成る程。確かに、人を形作るのは経験だ。そしてそこに、納得出来ない矛盾が多い程安定しなくなることも、想像出来る。経験の多さが人を大人にする、というようなことを聞いたことがあるが、それと言ってることは似たようなものだろう。まぁ、その世間一般的な経験論はことわざ的・文系的なのに対して、この小論文は積分や図形といったものが出てきて、哲学的・理系的なものとなっているが。大学の入試問題にしては面白いものが出てきたものだなぁ。と、授業中にも関わらず微かに笑みが溢れた。
───放課後。
授業変更等の諸連絡を頭の片隅に放り込んだ俺は、鞄の整理も後回しにして、一先ず業後独特の解放感に身を浸した。
「ふぅー……」
深く息を吐くと、無意識に力んでいた肩や背中もようやく緊張を解してくれる。ほぼ一日中椅子に座って過ごすというのは、想像以上にしんどいことだ。それに頭脳労働が加わるのだから、普通科高校生の苦悩たるは、そこらのサラリーマンなんかじゃ及びがつかない。あんなの絶対楽だよ(←知らない奴だからこそ言える悪態)。
「さて」
リラックスと愚痴のセルフ対応が済んだところで、だらける身体にエールを贈りつつ立ち上がった。
ふと窓に目を向けると、植え込みの隙間から素振りをする野球部の連中が見えた。下手だなぁ……。軸がブレてて、手にバットが追いついてない。ただたまにプロ野球中継を観るだけの素人が何を言うかと自分でも思うが、実際この学校の野球部が弱いのは事実なので仕方無いよね。
窓越しとはいえ、あまりじろじろ見続けるのも失礼かと、視線を逆側に向ける。するとそこでは丁度、壁掛け時計が静かに時を刻んでいた。
「四時、か……」
時計の短針は数字の四の文字を指し示し、長針は十二の文字を貫いていた。今から帰宅するとしたら、何時ぐらいになるだろう。色々と信号やらを計算に入れても、遅くとも四十五分頃には着いてしまう。それから着替えてだから、俺が純粋に弟として過ごす時間は、今日に限ればあと一時間も無いだろう。
こんな風に皮算用をしているが、弟である時間を引き延ばそうとは思わない。どんな立場、格好であろうと、神楽は神楽。変わらない一個人なのだ。
何処までも連綿と続きそうな思考に区切りをつけ、昨日よりもやや軽い鞄を拾い上げて、教室を出た。丁度帰宅ラッシュが過ぎ去った頃なので、廊下には誰もいない。スリッパをぺたぺたと鳴らして昇降口へ向かう。下駄箱には何人か別の学年の生徒がいたが、彼らの手に鞄は無かった。何かしら用事があるのか。学校側は「これやる意味あんの?」という企画をたまに投げつけてくるので、その矢面に立たされる数人の生徒は、業後も残って溜め息を吐く羽目になる。彼らもその口だろうか。
そんな彼らを尻目に外へ出ると、途端に強めの風が頬を叩いた。前髪がはためくのを押さえて歩き出す。ふとフェンス側に目を向けると、植え込みと網目の隙間から、ランニング中の陸上部の姿が見えた。彼らの進行方向は校門と逆だが、一周してきたら出会い頭になってしまう。それは危ないし避けたいとのことで、俺はやや小走りで校門を目指した。
学校の敷地から外に出る。一年生の頃にこの瞬間訪れた解放感は、一年経った今や感じられない。慣れとは時に、一瞬一瞬の感動さえ平坦に均してしまう。人間とは損な生き物だなぁ、なんて。センチメンタルなことを思ってみたりする今日この頃。
いつの間にか立ち止まっていた足に改めて指令を送りつつ、ポケットから取り出した携帯の電源を入れて、再び歩みを再開させた。
学校を囲むフェンス沿いにしばらく進み、民家の合間にぽっかり空いた脇道に入る。個人経営の居酒屋を通り過ぎ、割りと大きな民家の犬に吠えられながら、何も考えずただぼんやりと足だけを動かす。そうしてしばらく道なりに進んだ頃。
「おぅふっ」
股間に刺激が突き抜けた。ポケットを漁って、先程電源を入れたばかりの携帯を取り出す。ぶるぶると震えるそいつと、すっかり萎縮してしまった息子を交互に見遣り、俺は思わず溜め息を吐き出した。
「誰だよ……」
バイブレーションのパターンからして、どうやら音声着信のようだ。発信先は───律渦、か……。無視は……出来ないよなぁ。
他の歩行者の邪魔にならないよう歩道脇に寄ると、俺は通話ボタンを押し、そいつを耳に軽く押し当てた。
その瞬間、無意識に自分の目付きと喉の形が変わったことに、神楽は気付かなかった。
「もしもし」
『もしもし?あっ、やっと出たよぉ。突然ごめんね?ちょっと頼みたいことがあって』
「頼み事?お遣いか何か?」
『うん。レポート用紙が切れちゃったから、買ってきてもらおうと思ってね』
律渦は一昨日、呼び出しに応じて大学へ出頭した。その時に何を話したのかは詳しく聞いてないが、今まで休んだ講義分の課題をたんまり出されたらしい。昨日からひーひー言いながら片付けている。レポート用紙が切れるぐらいだから、今日も私が学校にいる間、ずっとやっていたらしい。
「それぐらいならお安いご用よ。ところでサイズは?」
『A4でお願い。あっ、枚数言ってなかったね。うぅ~ん…………五十枚っ』
「ふふっ、頑張ってね」
『うん。じゃ、よろしく』
「はい」
通話が切れる。
喉の形と目付きが元に戻るのは、やはり無意識下の現象だった。
携帯をポケットに仕舞いながら、俺はここから一番近いコンビニの場所を頭で思い浮かべる。う~ん、ちょっと遠い。百円ショップは……あっ、県道近くにショッピングモールがあったな。あそこなら百円ショップぐらいあるだろう。
俺は背を向けていた壁を軽く蹴って弾みをつけると、その勢いに乗ったまま早足で歩き出した。
あんな口語ばりばりの論説文センターに出るわけがない?
はい。重々承知です。
私の軽い頭と拙い語彙力を駆使して出来たのがあのアホみたいな評論です。
文句のある方は是非感想等でアピールしてください。