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律渦は災禍  作者: sniper
第一部
4/27

友の強さ

───翌日。

学校から帰り、急いで支度を整えた私は、律渦を伴って家を出た。

待ち合わせ場所は隣町のカラオケボックス。近所の駅から市バスに乗って、目的地近くで降りたら後は徒歩。

バス内が混雑することはまず無い(巡回コースに気の利いた施設が少ない為)ので、気を張らなきゃいけないのはここから。それなりに人通りのある道を歩くので、律渦がパニックを起こす危険性も増す。母から聞いた話では、肩がぶつかったらほぼアウトとのこと。

先週、警察署に行った帰りだった。


☆★


母が迎えに行くと、律渦が安心したような表情で駆け寄って来たらしい。その時点では、ただ不安だっただけだろうことが窺える。

だが、近くのコンビニに停めた車へ向かう途中のこと。

二人が並んで歩いていると、後ろから自転車が来てすぐ横を通り過ぎていった。母は思わず声を上げかけたが、乗っていたのがサラリーマン風の男性だったのを確認して寸でのところで口を閉じた。しかし、母以外の者が声を上げた。

「あっぶねぇなぁ!」

声に振り向くと、後ろを歩いていた若い男が肩を怒らせて、自転車の方に詰め寄ろうとしていた。

自転車も声に反応して一瞬止まったが、すぐに再発進する。それを反射的に追いかけようとした若い男は、途中で我に還ったのか中途半端なブレーキをかけた。

その弾みで、一連の顛末を傍観していた律渦の腕に手が当たった。

「ぇあ!?」

「あっ、すんません」

律渦が触られた箇所を握り締めてぶるぶると震え出す。男が早足で歩き去ってからも、その痙攣は続いたらしい。



律渦が発作を起こさないためには、早急かつ人を避けながら目的地へ辿り着かなければならない。難易度高すぎるでしょう……。昨夜はそれに気付いてからの絶望と苦悩で、頭を抱えながら寝たものだ。今日の昼休みまでずぅっと考えていたら、ようやく一つの案が浮かんだが。私は傍らの律渦に注意を向けつつ、きっちり被ったウィッグの調子を再度確認した。


☆★


途中、サラリーマンや学生風の若者と擦れ違う度に冷や冷やしたが、無事、目的のカラオケボックスへ到着した。もう中で待ってるとのことなので、受付でそれを伝えて部屋番号を教えてもらう。幾つかの扉を素通りして、目的の部屋番号を探し当てた。初対面への緊張を押し隠しながら、微笑みを添えて律渦を扉の前に立たせる。そしてわたしは、その細い背中の後ろに隠れるように立った。律渦が振り向く。私が頷くと、律渦は躊躇無く扉を開け放った。



「あっ、リッちゃんやっと来た!待ってたよ~っ!」

中に入った瞬間、がちゃがちゃとしたポップミュージックと共に、マイクを通して増幅された女性の声が、私の鼓膜を突き刺した。

「麻里~っ!会いたかったよぉぉぉっ!!」

軽く目眩を起こした私とは対照的に、律渦はマイクにも負けない姦しさで叫び返した。

私が気を取り直した頃には、律渦と一人の女性がきゃいきゃい言いつつ抱き合っていた。わぁ……いつの間に……。

とりあえず誰が誰だか判らないままというのは何なので、まずは律渦と縺れ合っている女性を観察する。名前は確か、律渦曰く、麻里さんといったか。

明るい茶色の髪は肩口まで伸びており、毛先をくるっと遊ばせている。背は低めだが、決して幼児体型ではない。目測ではCカップぐらいか……。垢抜けた雰囲気で、大学デビューを華麗に決めたことが窺える。

…………あ、曲終わった。

そういえばもう一人いたな。と、部屋内を見回すと、丁度律渦達の陰になるところにちょこんと座っている女性を発見。

律渦が挙げてた名前は二つ。あの茶髪さんが麻里さんだから、この人は朱音さんか。あっ、目が合った。軽く会釈すると、小さく返してくれる。どうやらこの二人、性格が逆ベクトルの友人らしい。

「あれ?リッちゃん。その娘は?」

ようやく落ち着いた麻里さんが、こちらを見て首を傾げた。一応関係者だとは思ってくれたことに安堵。

問われた律渦は、早速マイクを握りつつ答えた。

「私の妹。付き添いで来てもらったんだ。言ってなかったっけ?」

「言ってないよ?」

麻里が即答した。が、

「言ってたよ」

朱音にすぐに否定されて、顔をしかめた。そんな麻里を無視して、朱音がこちらに近づいてきた。

まだ立ちっぱなしだった私をさりげなく座らせて、隣に腰を下ろす。雰囲気に反して気遣いが丁寧だ。

「まだ自己紹介もしてなかったね。私は三島朱音。で、こっちは」

「田井中麻里で~すっ」

突然の声に振り向くと、いつの間にかもう一つの隣に麻里さんが顕現していた。柑橘系の香りが漂い、垂れた髪が腕を擽る。……ちょっと近くないですか?そう思うも、挟まれてるので離れることも出来ない。

仕方無くそれは諦め、礼を失しないようこちらも名乗ることにした。

「樋江井神楽です」

苗字は知っているだろうが、初対面の礼儀として敢えて外さなかった。

「神楽ちゃんねぇ」

麻里さんが記憶に刻みつけるように復唱する。ちゃん付けで呼ばれると何かむず痒いな。その反対側では朱音さんが苦笑いを浮かべていた。

「律渦といい、樋江井といい、何か変わった名前の家系だね」

「……まぁ、メジャーではありませんが……」

「私のそんなに変?」

そんなことを話してると、律渦がマイク越しに割り込んできた。リッちゃんそれ煩い。

「変ではないけど珍しいね」

麻里さんが考える素振りも無く答えた。思ったままを答えたのだろうが。今後、爆弾発言が繰り出されないか心配だ。

「その話はもういいでしょ?早く歌おうよぉ」

律渦がいい加減ゴネ始めたので、話もそこそこに、各々マイクとタンバリンを握り締めた。



「さてさて何歌う?」

「ラブソング以外なら何でもいいよ」

「そうなると私の持ち歌殆ど封じられちゃうんだけど」

「神楽はどうする?」

「私は付き添いですので」

「そ~んなの関係無いって。お金払ってんだし」

「逃がさない」

「バレましたか」

「もしかしてカラオケ苦手?」

「いえ、あまり来たことが無くて……」

「それはいけないな神楽ちゃん。カラオケに行かないなんて人生の三割は損してるよ」

「何か妙にリアルですね」

「それは置いといて神楽さん。どうするの?」

「う~ん……。では、無難にサクラ大戦で」

「何処が無難なのよ」

「私知らない。リッちゃん知ってる?」

「私も知らないけど」

「私は知ってるわよ」

「あ~、ちょっとチョイス間違っちゃいました?」

「いえ、別に大丈夫よ。───解ったわ。今日はアニソン祭りよ」

「アニソン!?私プリキュアぐらいしか知らないよ!」

「麻里なら大丈夫よ」

「ちっちゃいもんね~」

「くぅぅっ、あの推定Fカップが恨めしい……」

「胸、か……。よし、じゃあ私が逝くわ」

「今イントネーションがおかしかった気が……」

「よっ、朱音イッちゃってーっ!」

「さぁ聴きなさい。私のキャラは気にせず聴きなさい───『チチをもげ』!!」

「この選曲……。最初の物静かな雰囲気が、それこそ雲散霧消ですね」



「そういえば二人とも。あの後、学校行ってる?」

律渦と麻里さんが交互に何曲か歌い、喉休めの休憩を挟んでいるところ。律渦が何でも無さげに切り出した。

「……………………」

空気が一瞬、止まった。

律渦の問いは、彼女達が受けた屈辱を否応も無く思い出させるものだったから。

煌々と光を放つ画面では、知らないアーティストがべらべらと喋っている。私は口を出すべきではないな。と判断して、気配を消すように黙り込んだ。

体感時間で十分程(実際は二十秒程だろう)が経った頃。

「……私は、行ってるわ」

その騒々しい沈黙を破ったのは、タンバリンを膝に置いた朱音さんだった。

「私はあんな男達に屈してる場合じゃない。ネットで見たわ。男性経験の無い女性ほど、性犯罪に遭ってから立ち直るのは、難しいって」

彼女は、律渦の求めていた以上の言葉を返してくれる。

───求めてないことまで、話してくれる。

「知ってると思うけど、私はこういう性格だから男と付き合ったことが無い。だから正直、前よりも男は格段に怖いし、嫌い。……でもね」

そこで言葉を区切り、朱音さんは律渦と麻里さんを見た。真剣で、少なからずの非難が籠められているようにも感じた。

「それがどうしたっていうの?私達の夢は、その程度の障害で諦めれるものなの?」

二人はばつが悪そうに、話を切り出した律渦までもが、目を伏せた。

察するに───朱音さんは、事件の後も学校に通い続けた。しかし律渦と、おそらく麻里さんも、事件後の学校には通っていない。それを朱音さんは知っていたのだ。友人のことを気にかけて、調べたのだろう。

「少なくとも、私は諦めれない。だけどもし、貴女達も同じなのだとしたら───学校、来て」

「「……………………」」

何故、集合場所がカラオケボックスだったのか。私はその謎に気づいた。

律渦達が強姦未遂に遭った日も、カラオケの帰りだったと聞く。多分、今回の舞台をセットアップしたのは朱音さんだろう。彼女は大切な友人たる二人に、立ち直ってほしかったのだ。

そこまで脳内でストーリーが補完されたところで、私は組み立てるのを止めた。脳内を一つのイメージが塗り潰す。


出来かけの本を前に、佇む二人の影。

片方は女性だが、もう片方は男性。背丈は同じ。女性の方が、口に手を添えて呟いた。

『美しい友情ね。朱音さんの強さが伝わってくるわ』

上品な口振りで賛美を贈る。対して、男性の方はつまらなそうに本を捲りつつ。

『テンプレとまではいかなくても、ありきたりな友情だな。そもそもこの麻里っての。ビッチくさくて気に入らねぇ。こんなのに律渦と朱音がくっついてるのが意味不明だね』

と、個人的かつ厳しい批評を繰り出した。

相反する二つの感想。

しかし、その二つはどちらも、同じ人物の脳が導き出したもの。


「───……楽。───神楽!」

ビクンッ

勢いよく肩を揺すられて、強制的に意識が現実へと引っ張り上げられた。

「ぇっ…………なに?姉さん」

ハッとして顔を上げると、何故か心配そうな目をした、三人の女性の姿があった。

「どう……したんですか?皆さん」

状況が解らず困惑する私に、麻里がたどたどしく説明した。

「あっ、えっと……朱音に私達が説教されてて、それで気まずくなって横見たら、なんか、幽霊みたいなのがいて……というかそれが神楽ちゃんで……えっと、とにかく普通じゃなかったんだよ!」

というか最後叫んで押し切った。

「なんか怖かったよ、神楽。瞳孔がくぱぁって開いてて」

「律渦ちょっと黙ってて」

「朱音冷たいっ☆」

律渦の下ネタをさらっと一蹴して、朱音さんはこちらを覗き込んできた。

「本当に大丈夫?疲れたんなら、ちょっと外出ようか?」

瞳がふるふると震えている。どうやら相当心配される佇まいだったらしい。結果的に、私が朱音さんの説教を邪魔してしまった形になったのか……。

「いえ、大丈夫ですよ。すいません、心配かけて……。本当に、ちょっとぼぅっとしてただけですから」

そう言う私を、朱音さんは未だ心配げに見詰めていたが、変わらず平気な顔をしていると、やがて溜め息と共に目を離してくれた。

「……大丈夫みたいね。じゃ───早速だけど神楽さん。私とデュエットしない?」

「えっ?」

突然の申し出に、間抜けな声を上げてしまう。

「大丈夫、なんでしょう?」

「は、はぁ……」

私は差し出されるがままにマイクを受け取った。画面を見ると、丁度曲が始まるところだった。画面に映ったタイトルは───

「シェリル・ノーム、ランカー・リリーで───『ライオン』」

朱音さんのタイトルコールと共に、そのディスコ調のイントロが力強く流れ出した。


「はぁ~っ、歌った歌った♪」

「そうね。ちょっと喉が痛いわ」

「ホント……朱音凄かったもんね」

喉をさする朱音さんを横目に、律渦がしみじみと呟いた。予想外の爆裂アニソン祭りに腰を抜かしたのは、どうやら私だけじゃなかったらしい。

「……いつもあぁなんですか?」

私はついさっきまでの光景をプレイバックしつつ、誰ともなしに訊ねる。

「いや、今日程じゃないよ。まぁ、それなりに弾けるけど」

苦笑いで拾ってくれたのは麻里さん。弾ける、か……。確かに、歌ってる姿は火が点いたみたいだったもんな。

「あっ、そういえば最後に撮った写真。みんな欲しいって言ってたわよね」

誰しもギャップとはあるものだなぁ、と感慨に耽っていると、その話題の人たる女性こと朱音さんが、大きめの声でそう言った。あっ、ちょっと辛そう。

「あぁ、そうだね。送ってもらえる?」

律渦が自分も携帯端末を取り出した。その瞬間、ぴろりぃ~ん♪という気の抜けた受信音が流れた。

「おっ、早っ」

「ねぇねぇ~っ、当然私もぉ~っ!」

朱音さんがしゅしゅっと操作する。ごねる麻里さんのポーチからも、受信音らしきメロディが聴こえた。

「さんきゅ~っ」

朱音さんは私の方にも目を向けた。

「神楽さんはどうする?」

「今日は家に忘れてしまったので……」

手のひらを向けて見せて、ジェスチャー付きで答える。

「じゃあ律渦にもらうのね」

「そうですね」

本当は、自分のアドレスとかは暗記してるから、送ってもらうことは出来た。しかしそうなると、彼女達と連絡先を交換することになってしまう。

姉とはいえ、他人のコミュニティに割り込むような真似は気が引けた。

「さて。そろそろ帰ろっか」

律渦が人通りの減った歩道で、腕を絡めてくる。

「そうね。もう遅いし」

朱音さんが時計を確認して呟いた。麻里さんは───と見ると、丁度、私よりも背が高い男性に抱きついてるところだった。

「あっ、私彼に送ってもらうから~っ!」

「へぇ。彼氏さんですか」

言葉を返す間も無く、麻里さんとその男性は、颯爽と夜の街に消えていった。

「じゃあ、私も帰るわ」

「待って待って。駅の方までなら私達と一緒だよ」

踵を返しかけた朱音さんが振り返る。

「あぁ、電車で来たの?」

「いえ。バスで来ました」

そう、と呟いて、朱音さんが前を向いた。私達もその横に並び、静かに談笑しながら、短い道のりを歩いた。


一頻り騒いだ後には、清々しい疲労と共に、予想外の新たな繋がりが出来上がっていた。

この先はまだ書いてませんのでどうなることか。

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