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律渦は災禍  作者: sniper
第一部
15/27

まずは様子見

……待ちました?

会談の次の日。俺は平常通りに学校へ来ていた。

―――昨日のこと。

「私は反対よ」

朱音さんは、私の同意した案をバッサリと否定した。

「何故です?」

問うと、朱音さんは怒ったような鋭い目線を私に向けた。

「貴女には勉学というものがあるでしょう?たった一日とはいえ、ふいにしていいわけがないわ」

「律渦は私の実の姉ですよ?」

つい反射的に切り返すと、彼女は一瞬、息を詰まらせた。

「―――とにかく、まだそれを試す必要は無いわ」

はぁ……。私は心中で溜息を吐いた。何故かは解りかねるが、どうやら私の発言の中に、地雷を踏むようなことがあったらしい。

だが、こちらからすればそんなことは知ったことではない。よって、ちょっときつめの言葉を放つことにした。

「朱音さん。私は、ただ自分の思うことを言っただけです。焦るのはいいですが、頭はちゃんと働かせてください」 

「っ……」

ちょっと刺激が強かったのか、押し黙る朱音さん。私は幾度目になる溜息を押し殺して、確認の言葉を述べた。

「とにかく、今はまだ何かをするということはないのですね?」

押し黙ったからには、肯定が返ってくるだろうと思った。しかし朱音さんは、その程度の女ではなかった。

「―――いえ。私たちも、なるべく出来ることはしておきたいわ」

年下の少女(偽)に痛い返しをされても、そこで指摘の内容を聞いて頭を働かせるところは、流石だと思う。

「具体的には?」

「私たちが毎朝迎えに行くわ」

紙に書いてあった中にもあったな。

「まぁ、それが“まず”だよね」

麻里さんも賛同するようだ。

「私も、特に問題があるとは思いません」

「そう。じゃあ、決定ね」

朱音さんはそう言うと、財布片手に伝票を拾い上げた。


……おっと。昨日のことを回想していたら、いつの間にかそろそろ一限が始まる時間だ。

俺は鞄から教科書類を取り出し、机に置く。そのまま静かにたたずんでいようと思ったが、無理だった。我慢が出来ず、ふすっ、と空気だけの笑みが漏れた。

―――不登校児に毎朝お迎えとか、ドラマだけじゃなかったんだな。



―――昼休み。

お腹の調子が悪かったので、今日はゼリー飲料での昼食となった。

「随分と質素な昼食だな」

俺がウィダーをぎゅうぎゅう握りながら机に落書きしていると、不意に肩口から声がかかった。振り向くと、森高がそのひょろ長い身体を屈めて、こちらの手元を覗き込んでいた。

「珍しいな。お前がこっちまで来るなんて」

俺の席と森高の席は、間に三列挟んでいて、前後にも二つずれている。わざわざこちらに近づいてくるには、少し面倒な距離感だ。

たまに一緒に昼食を囲むことはあるが、基本はただの暇潰し相手である俺達だ。だから、こうして話しかけたり話しかけられたりというのは、意外と少なかったりする。

「何か用か?」

「いや、ただの気紛れ」

訊ねたが、そう返されてしまっては、話は続かない。そもそも両者とも続ける気が無いのだが。

「何描いてんだ」

机の上の落書きに気付いたのか、森高が訊ねてくる。俺は飲み干したウィダーを片し(片付け)てから、その問いに答えるべく改めて自分の手元を見下ろした。さっきまで自分が落書きをしていることは理解していたが、何を描いているかは意識していなかったのだ。

「見たところ女の子みたいだけど。というか地味に上手いな」

そう。森高の言う通り、俺の机の上に描かれていたのは、肩にかかる程度に伸びた髪が柔かく揺れている、女性の横顔だった。目の細さも眉毛の太さも、漫画風のものではなく現実に近いものだ。線が多く、所々に綻びがあるが、上手いことまとまっている。

……本当にこれ、俺が描いたのか?

自分に疑いを持ちながら、森高の問いに答える。

「これは…………姉だな」

呟くと、はぁ?という声が返された。

「姉?誰の」

一瞬、二次元の?と思ったのがありありと想像出来た。しかし画風からして違うことから、考え直したらしいことも。

「俺の。名前は律渦」

「……へぇ~」

姉がいるとは話していた筈だが、驚いてらっしゃる。何故?

そう思った俺の疑問はすぐに解消された。

「なんか、お前って家族のことどうでもいいって感じだったからな。そんな風に絵に描く程考えてるのが、意外だった」

「あぁ……」

確かに、言われてみればそうかもな。無意識下で描いていたとはいえ、律渦のことを考えてないと出来ない行為だ。

「……そうだな。ちょっと面倒なことが起きててな」

「ふぅ~ん」

気にはなっていそうだが、詮索しようとはしてこない。弁えているのだ。

森高は踵を返すと、自分の席の方へ歩き出した。が、すぐに止まって、こちらを振り向いた。そして一言。

「それ、消しとけよ」

俺の机を、正確にはその上の落書きを指さしながらの言葉に、俺は苦笑を浮かべて、

「解ってる」

そう素っ気無く返した。



事故に遭うことも、事件に巻き込まれることも、気になっていたアノ娘の御宅に御招待されることもなく(というか気になるアノ娘なんていないのだが……)、本当につまらないことこの上ないが……今日も無事、普っ通に帰宅を果たした。

玄関から直接自室に向かい、ルーティンワークと化した女装を済ませると、これまたいつものように居間へと向かった。

「ただいま」

帰宅の挨拶と共に居間に入る。今日は風が強かったから、ちょっと疲れたなぁ。幸い急ぎの課題があるわけでもないし、最近はあまり見てなかったから、ゆっくりニュース番組でも見ようかなぁ、と、ソファーの元へと足を踏み出したとき。

私はようやく、違和感に気付いた。

何だろう…………あっ。

そしてその正体に、すぐたどり着いた。

「姉、さん……?」

私は視線をソファーから食卓に移す。するとそこには、探していたその人―――律渦が、黙って座っていた。そう、黙ったままなのだ。毎日私に「ただいま~っ」と愛情たっぷりの挨拶を返してくれたあの姉が、私の登場にも視線さえくれずにただ座っているのだ。

「って……」

いや、ただ座っていただけじゃなかった。律渦は、手に持ったアルミ缶にちびちびと口をつけていた。よく見ると、脇にも同じ様な缶が五~六本並んでいる。

「……姉さん。それ、チューハイだよね……」

声をかけても反応が無さそうなので、軽く肩に手を置いてみる。すると期待通りに、律渦はこちらを振り向いてくれた。

「あぁ、神楽……帰ってたの」

「うん。ついさっきだけどね」

少なくとも、気づいてて無視していたわけではないことが判って、やや安心。さて。ところで―――

「どうしたの?姉さん」

何故、彼女は一人チューハイを飲んでいるのだろう。……ヤケ酒?私は隣の椅子に座り、律渦の手のひらを包み込むように掴んだ。こうすると酒飲みは安心すると、最終兵器ラスト紳士ジェントルマン平戸が言っていたのを思い出したのだ。

どうやら効果はあったらしく、律渦はぽつぽつと話し始めた。

「今日、朱音と麻里が来たの」

「…………へぇ~」

実行早いな、朱音さん。

「一緒に大学行こう、って言ってきて……」

「それで?」

「『不登校児にお迎えって、ドラマだけじゃなかったんだね』って言ったら、朱音が何にも言わないでそのまま帰っちゃって……」

………………………………。

姉弟って、似るんだね。

「なんか苛ッときたから、冷蔵庫にあったジュースを自棄みたいに飲んだら……」

「飲んだら?」

「酒だった。ってわけ」

意外と美味しいよ~、と言って缶を揺らす律渦。これは……酔ってるのか?それにしては静かだが……。

「ねぇ姉さん。酔ってる?」

「んぅ?あぁ、そうかもね。何だか気分が妙に落ち窪んでてねぇ」

そうか。酔ってるのか。……それにしても、珍しい酔い方だなぁ。

「んっ……んっ…………はぁっ」

「って、まだ飲むの?姉さんっ」

そんなに軽くお酒なんて飲んじゃだめだよっ。一応まだ未成年だよっ?

「ほら姉さん。そろそろ止めましょう。ねっ?」

「いやぁ、まだ酔い足りないなぁ」

それだけキャラ変わっててまだ酔い足りないと?

「もうっ、いい加減にしなさい!」

私は律渦の持っていた缶を引っ手繰ると、そのまま一気に自分の喉に流し込んで空にした。

「あぁ……」

アルコールと果実の匂いが混ざった息の、嘆きの溜息を聞き流して、私は律渦を居間から引き摺りだした。

俺達の戦いはこれからだ!


とはならないのでご安心を。

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