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律渦は災禍  作者: sniper
第一部
11/27

乙女な悲鳴

全然続き書けてなかったんで一気に上げます。

どうか最後まで読んで下さい。

七限の総合は自習だった。

『………………』

自分を含め、辺りは心地好くはない静寂に包まれている。シャープペンシルがその芯を削る音、紙がかさりと擦れ合う音、息遣いや衣擦れといった気配音。それらが小規模に干渉し合い、俺の耳に届く頃にはただの小さなノイズ音になっていた。

「はぁ……」

呆れたような溜め息が漏れる。いや、実際に呆れているのだ。俺は教室前方、教卓の前に腕を組んで座る一人の男性を見る。角張った身体にスーツを着込み、仏頂面で薄目を開けている。背中をパイプ椅子に預けて堂々と鎮座するその様は、見る者にそれなりの威圧感を感じさせるだろう。今までは、自習となれば隣の三年生から苦情が来る程騒々しかったクラスメート達は、今や沈黙の妖精がふよふよ漂う様となっている。なんて人は単純なのだろう。自分が彼らと同じ空気を吸っていることが嘆かわしかった。俺は数々の文学作品を読んできたが、その度に見てきた登場人物達の心理は、複雑で理解が難しかった。しかし今、視界を埋めるクラスメート達は、解りやすい行動原理でもって読み通りの態度を示している。きっとこの授業が終われば、その途端にはしゃぎ出すだろう。日常生活もそうだ。彼らは単純だ。ただ何かに従っているだけ。自分の衝動を誰かの作ったレールに乗せて、その場しのぎを繰り返す。解りやすくて読みやすい。……やはり選んだ学校が悪かっだろうか。この学校の偏差値は大して高くない。寧ろ低い。四十七ぐらいだったか。ただ近いのと、学年順位の割に低かった内申点の理由でこの学校を選んだのだが……もう少し上の学校を目指しても良かったかもしれない。……まぁ、栓無きことだけど。俺は結論の見えなくなった思索を止めると、広げていた数学の教科書に目を遣った。そこには三角関数の公式が載っていた。加法定理とかの公式だ。

sin(x+y)=sinxcosy+cosxsiny

cos(x+y)=cosxcosy-sinxsiny

tan(x+y)=tanx+tany/1-tanxtany

覚えるべき公式はこの三つだ。これと三角関数の基本公式はさえ知っておけば、倍角だろうが半角だろうが対応出来る。他のも覚えているのに越したことはないが……ただ最初に、こうして覚えることを最小限にして問題に取り組んでいくことは、後に度忘れを起こしたりする危険を減らすことに繋がる。

例えば、今の時点で覚えてる最小限の公式を、a.b.cとする。だが設問では、aだけを用いても、勿論bだけ、cだけを用いても解くことは出来ない。しかしa.b.cの発展公式たるαを用いれば、簡単に解ける。しかし、今はαを知らない状態。よって、まずa.b.cを代入や連立を駆使して継ぎ接ぎして、αを作り出すことから始まる。この過程は、教科書程きっちりはしてないにしても、公式の証明手順をなぞってることになる。この証明こそが重要なのだ。公式の成り立ちを知ることは、応用力を養う面でも大きな一助となる。この証明を三回も繰り返せば、αも覚えてしまうだろう。それに、a.b.cが公式ではなく常識として刷り込まれる、という効果もある。理系志望の学生には、是非ともこの勉強法を理解してほしいものである。

───俺はまたも、入り込んでいた思索の海からまろび出た。

いけない……ここ一ヶ月、家では課題を消化するだけで精一杯なんだ。学校にいる間にある程度は鍛えておかないと。机に置かれた、近隣私立大学の過去問を睨み付ける。教科書の例題とを見比べつつ、難とか弄くり回して解こうとするも、中々纏まらない。何度も紙を消しゴムで擦り、またシャープペンシルを走らせること十五分。ようやく答えが出た。模範解答を見て抜けてる説明文なんかを探す。記述式の問題なので、ただ最終的な答えが合ってるだけじゃあ丸はもらえない。論理的、かつ採点者に考え方が伝わるように答案を作る。それが記述式の難しいところだ。まるで数式を活用した小論文だな……と思ってしまうのは、理系としておかしいだろうか。入試で小論文が出されるのは大抵文系大学だし。

「ま……」

理系だろうと卒論(卒業論文)は書くし、あながちおかしくはないかもな~と、適当にまた思考を切り上げて、俺は右上に設置された時計を見遣った。針は七限開始より三百度程進んでいた。

───秒針が十二を通過する。

それと同時に、長かった一日の終わりを告げる、解放の鐘が鳴り響いた。


担任の連絡事項を聞き流して終わったHRの後。鞄に教科書類を詰め込みながら、背面の黒板を振り向いた。

「明日体育か……」

日付を翌日のものに変えた時間割表。その二限目の欄に、体育の二文字が書かれている。種目は書かれてないが……確かバスケットボールだったか。俺は球技自体が苦手なので、正直やりたい授業ではない。まだ化学の授業の方が過ごしやすいだろうと思う。中学生の頃は、体育となればどんな競技でも楽しみに感じたものだが……まぁ、それは机に向かうことに対する嫌悪の裏返しだったのだろう。今も勉強は好きではないが、昔よりはそれに意義を感じている。理解出来ることを得意がったり、難解な問題を解きほぐした時の達成感は、バスケットボールでシュートを決めることと同じ程の楽しみを与えてくれた。億劫な行為というのは変わりないが、退屈と思うことは少ない。自分も丸くなったものだと、俺はカーブした机の角を見ながらそう息を吐いた。


───翌日。

二時限目の体育館に、俺は体操服を着て整列していた。四方を囲まれた四列横隊の中、俺はジャージのポケットに手を突っ込んでぽけ~っと突っ立っている。

「今日は~……まぁ早く試合やりたいだろうから、ちゃっちゃと体操やっちゃって~」

俺達の前で左右に揺れながら話をする、社会人二年目の若手男性教諭・長坂は、歳が近いという気安さもあってか、俺達に対しての指示はぞんざいだ。だが大多数はその態度に好感を持っているようで、文句はぐちぐち垂れ流しつつも、基本、逆らおうとはしない。

「体操隊形に、開けっ」

一番右端の男子生徒のかけ声で、体操隊形に展開する。そしてそれが完了すると、再び先程の男子生徒が号令をかけた。

「体操始めっ」

それを皮切りに、全員が体操を始めた。この学校では、体育の体操にラジオ体操第二を採用している。だがいちいち音源を流すのも手間ということで。

「「「いちに~さんし~ご~ろくしちはち」」」

という風に、生徒自らがカウントしている。だが彼ら男子高校生は阿呆だ。自分達でカウントする段になると、決まって音源通りの速さを維持出来ない。逸る気持ちを抑えようともせず、たったたったと数えていってしまう。これには長坂も呆れているようで、たまに速すぎだの何だのとこちらにぼやいてくる。俺もそれには同感なので、言う度に無視を決め込まれている彼には、少し同情している。とまぁ、そんなことを考えてる間に準備体操は終わり、早々に競技に入った。七人一組のチームに分かれてから、まずパス練習。俺も当然それに参加させられ、たまに回ってくるボールを適当に放る作業を繰り返す。それを五分程で切り上げると、チーム代表にポジショニングの指示を受ける。俺は自陣の真ん中でディフェンスを命じられた。そして諸々の準備が整うと、長坂のホイッスルが鳴り響き───ジャンプボールと共に、試合が始まった。


ジャンプボールは相手チームに取られた。ボールを手にした敵フォワードが、ドリブルで左サイドから突入してくる。中々に速い。

「がんばれ~……」

自陣が警戒を強める中、俺は一歩も動かずに、暢気にその様を眺めていた。味方フォワード三人が、ボールに向かって果敢に突進していく。敵はその物量に足を止め、すかさずパス。ボールは敵陣の真ん中で待機していたディフェンスに渡った。犬みたいに追いかける味方フォワード。しかしその甲斐虚しく、ボールは絶妙なタイミングで右サイドのもう一人の敵フォワードに渡った。犬達もしょんぼりである。ゴール前が手薄になったところで、敵は全軍突撃を仕掛けてきた。俺は相変わらず、ただその様を眺めている。そして、敵方は必死でボールを奪おうと追い縋るこちらを嘲笑うかのように、スリーポイントラインの外側から、華麗なシュートを放った。リバウンド要員の木偶の坊・森高が手を伸ばすも到底届かず、ボールは自陣バスケットへと呆気無く納まった。森高の真後ろをボールが転がる。

「早くボールボール!」

自陣中央のディフェンスが叫び、味方フォワードの激が飛ぶ。森高が慌ててボールを拾い、ゴール下から正面へバウンドパスを放った。そんな、まるで公園でボール相手にじゃれる犬供のような同級生達を、俺はコート脇の舞台から、胡座に頬杖をついた、いかにも偉そうな姿勢で眺めていた。バスケットボールは五対五で行う競技だ。よって一回の試合で出場出来る人数は五人。対して、チーム内の人数は七人。つまり二人余る。で、その内の一人が俺というわけだ。もう一人は俺とは三メートル弱離れたところで、ぽつんと座っている。太田という奴で、眼鏡をかけた大人しそうな男である。

「………………」

運動が苦手ということで、早々にスタメンから外されていた。尚、俺が抜けたのは志願である。今日行う試合は三回。その内、最低でも一度は試合に参加せねばならないから、次は出なければならない。まぁ、いくら苦手といっても、パスとか障害物になったりは出来るので、一試合ぐらいなら適当に流せるだろう。あっ、森高がリバウンド取った。相手が奪い取ろうと突っ込んでくる。森高はビビって咄嗟にパスを送った(とりあえずぶん投げた感が強い)。が、ボールは味方を素通りし、てんで見当違いの方向に転がっていき――相手に贈る形となってしまった。再び危機を迎えた味方チームに届かない声援を送りつつ、俺は試合終了までの残り時間を数えた。


二試合目の開始直前。俺は自陣の中央に棒立ちになっていた。ちなみに、先程の第一試合は善戦したものの、一点差で惜敗を喫した。視界の中央では、ジャンプボールのために、審判が一人、ボールを上向きに構えている。俺はそれを眺めつつも、頭の中では違う光景が浮かんでいた。

───律渦。

自分の姉たる女性が見せてきた、様々な顔。ステージ縁に腰かけながら、刻々と減っていくタイマーの秒数を見ているうちに、何故だか不意に、律渦のことが浮かんだのだ。スライドショーのように、律渦が浮かんでは切り替わる。シーンも時系列もバラバラで、記憶を手当たり次第に探られてるような感覚だ。それは第一試合の終了後も引き摺られ、第二試合が始まった今も、それは流れ続けている。そんな私を他所に、試合開始のホイッスルが鳴った。ジャンプボール。今度はこちらのフォワードが取った。即座にドリブルで突っ込んでいく。敵フォワードが雪崩れ込んでくるが、そいつはフェイントと体捌きで上手いこと抜ける。スリーポイントラインの内側に滑り込み、そのままシュート。ボールはボードに当たった末、難とかバスケットへ入った。敵に攻撃が移る。そんな忙しい外界とは裏腹に、私の中は穏やかに進んでいた。律渦を復学させるには、朱音さんの言うように、私への依存心を取り除く必要があるのか。私はそもそも、依存心とはどういうものなのか、詳しく知ってる訳ではない。だから、正直どう接するのが正解なのか、判らない。ここまで来ておかしいと思うけれど……私自身は、律渦に甘えさせてあげたい。出来るなら、私が支えとなることで復学させたい。重荷になるような……重荷であったような結末には、したくない。私が彼女にとって、最後まで良い存在でいたい。だから、律渦から私を引き剥がすのは、嫌だ。身勝手な考えだと、誰でも思うだろう。でも私は変えられない。私は、妹なのだから。……うん。やっぱり、私は律渦から離れられない。なら復学のために、私が出来ることは……。今日は帰ったら、なるべく大学の話をすることで、それとなく促そう。

「おい!」

「神楽!?」

───不意に聴こえた怒鳴り声。

鼓膜をぶっ叩いたその声に、意識が現実へと連れ込まれた。今自分が何処にいるのか一瞬理解が追いつかない。呆ける私を置いて、無慈悲に現実は進み続ける。自陣中央に突っ立つ私。そこに、物凄い勢いで飛来する物体があった。それがバスケットボールだと認識したときにはもう遅かった。顔面に迫り来る硬い球体。避けることが不可能な距離にまで接近していたそれは、誰の予想にも違わず、鈍い音を立ててぶつかった。

「ひゃっ!」

甲高い悲鳴が体育館の中に響き、ボールがテンテンと転がる。完全に髄反射で掲げた両手が、辛うじて顔面への直撃を避けていた。男にしては白い肌には、ボールが当たった痕が紅く浮かび上がっている。

「大丈夫か?」

私の悲鳴を聴きつけて、長坂が近寄ってきた。そこで、自分が今何処にいて、何をしなければいけないのかを完全に思い出した。俺は喉の力を抜いて、普段通りを意識して返した。

「はい。大丈夫です」

答えつつ、こちらがぼぉ~っとしていたせいだと謝る。長坂は患部を軽く見てから、痛いようなら保健室へ行け、と言って離れていった。

「「「……………………」」」

何故だろう。試合再開の目処が立ったにも関わらず、誰も動き出さないのは。意味が解らなかったが、いつまでもこうしているわけにもいくまい。仕方無く、俺がボールを拾って、近くの味方にパスを送った。

「ほい」

「あっ、おぅ」

そいつはボールを受け取ると、まるで我に還ったとばかりに呆けていた表情を引き締め、敵陣へと進撃した。彼に遅れて半拍。ようやく選手達が動き出し、試合が再開された。


「何だったんだ?さっきの」

「はぁ?何が」

今は昼休み。今日は珍しく、森高の方が俺を誘ってきた。

「体育ん時のあれだよ。ほら、女みたいな声出したやつ」

「あぁ、あれ?女みたいだった?」

どうやら、俺のあの悲鳴のことを話したかったらしい。俺は玉子焼きを口に運びつつ、話を聞いていた。

「あぁ。普通はキモッと思うんだけど、何でか不思議と様になっててな……」

「あれってやっぱ樋江井だったの?」

脇から西山が、箸に刺したコロッケを齧りつつ割り込んできた。

「あぁ。そっちは別で試合やってたのに、よく聴こえたな」

「あんな高い声ならな~」

そんなに響いたのか……。何か恥ずかしい。

「そういやそっち、しばらく止まってたけど」

「あぁ、多分こいつのせいだよ」

森高が俺を親指で示した。

「悲鳴もさることながら、その後の仕草がおかしかった。あの時一瞬、樋江井がマジモンの女子に見えたからな」

「何だそれ。お前の頭がおかしいんじゃねぇの?」

俺は途中から、なるべく会話が耳に入らないよう食事に没頭していた。この舞茸不味い……。

「いや、俺はおかしくない。他の奴の話を又聞きしたところによると、確かに一瞬、こいつが女に見えたそうだ」

「っていう夢を見たんだね」

「こら」

森高は眼鏡を(味噌汁で)曇らせて話しているが、西山は一向に信じようとしない。まぁ、それが一般的な対応だわな。

「そもそもこいつ、見た目とか全然女っぽくねぇし」

西山が俺を無作法にも指差してくる。折ってやろうかと手を伸ばしたが、すかさず引っ込められた。

「でも樋江井って、確か脛毛剃ってたぜ。元から少なかったけど」

俺が再び食事に没頭しかけた時、ようやく平戸が口を開いた。それもあまり言及されたくないことを言うべく。

「マジで?キモッ」

「マジで?死ねッ」

「引き千切るぞお前ら」

西山と森高の反応に、軽く苛つく俺。そんな三人を眺めながらも、平戸は言葉を続ける。

「それによく見たら、樋江井って目付きはともかく……顔立ちはまぁまぁ中性的じゃん」

「マジで?キモッ」

「マジで?死ねッ」

「ていっ」

先程と同じ返しをした二人の馬鹿には、その汚い足を踏みつけて抗議を訴えた。それなりに痛い筈だが、二人の表情筋は頑固にも苦痛を示さない。クソッ……まぁいい。

「そういや森高よ。先程貸した本は読み終わったな」

「何で疑問形じゃないのかツッコんでやりたいが……事実、読み終わってるからタチが悪いな」

森高がポケットから文庫本を取り出し、差し出してくる。どうやら話題をすげ替えるのに成功したようだ。俺は内心で軽く安堵の溜め息を吐きつつ、受け取った本に目を落とした。

「しっかし速いなぁ。まだ貸して二時間も経ってないぞ」

「そぅかぁ?俺としてはゆっくり読んだつもりだったんだが」

数多の文学作品を読み漁るこの男の読書スピードは、俺を遥かに凌駕する。十五分で六十ページも読み進めていたときは、凄いというより気色悪く感じた。

「どうやって読んでるの?」

「いや普通に……。まぁ、スピードは慣れだって。俺より断然速い人なんて幾らでもいるし」

俺にはどんだけ読んでも速くなる兆しが無いんだが……。まだ足りない?か、金が……。

読んで下さりありがとうございます。次の話はもう考えておりますのでご心配なく。

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