第二部
【まえがき】
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※尚、旧かなづかいは似非です。
『心地好い日和の中で死に逝く男のうた』
こんなに気持ちが良いのは久方ぶりだ。
あれは小瑠璃か野鶲か、
それとも俺の錯覚だらうか。
ともあれなんと爽快だ。
俺が逝つちまつても、知つてゐるのは此の俺だけとは。
もう痛みさへ感じなくなつちまつた。
とほくで煙が上がつてゐる、
あれは何処の都市だらう。
叫喚を聞かずに済むのは幸いだつた。
向ふではきつと酷い有様だらう。
あゝ、こんな世にしたのは何処のどいつだ。
それでも相変わらずの体たらくにちがいない。
やれ困つたものだ。
きつと今頃は、己の失策を投げ出して、
逃げ支度に忙しからう。
あゝ、もう痛みさへ感じなくなつちまつた。
俺を焼くのは原子の灯だつたか。
◆◆◆
『はるか戦線のかなたで』──第一部
ごうごうとゆき交うは科学の勝利。
だが彼らを見よ──。
観念と理念とイデオロギーとを持たない
嘲笑する彼らの顔を!
父は無作為な希望を描き、
母は泥の子供をコネあげる。
(その母も泥だ!)
復興ののち、わずか半世紀で築き上げた体系だ。
土は土、泥は泥に帰すしかない。
笑いながら殺し合う彼らを見ても、
私は少しの涙さえ流せない。
(サテ、彼ラノ落トシ物デモ拾ッテ歩クトシヨウ──
マダ何カ、残ッテイルカモ シレナイナ……)
さても、私は泥の子を作るのか?
まあ煙草でも吹かして考えよう。
時間は無限だ──そのことに気づきさえすれば。
(シカリ──!)
◆◆◆
『はるか戦線のかなたで』──第二部
人の肌より生ぬるい風が吹いている。
誰もそれとは気づかない。
けれども風は吹いている。
まだ若い実も、ほどよい実も、
熟れすぎた実も、見境なく落としてゆく。
目ざとい者たちは、足々のあいだをかいくぐっては、
落ちた実の中からほどよい実を拾って回る。
そうら、またひとり、馬鹿な奴が やって来た
宿無しのキチガイめ!
彼らの嘲りが私の身を焼き尽くす。
それでも私は手を休めない。
今宵の月と、明日の太陽が、
傷を癒してくれるだろう。
そうして差し出される手がある限り、
配ってゆくのだ。
(風よ吹け 吹けよ吹け──
躊躇うことはない さあここだ!)
◆◆◆
『はるか戦線のかなたで』──第三部
私を養ってくれるものは
インクと、ペンと、上質紙。
だが少しでも気を許すと、
たちまち私に襲いかかるものたち……。
私を包み、目を塞ぎ、脳髄を掻き出し、
私を駄目にしてしまう。
──ちがう 媒体が私を生かすのだ!
おお、そうか……所詮私は屈するのか。
そうして、自分でもっとも厭なものへと
変質してゆくのだ!
生きるために、私は裏切り続けるのか?
差し伸べられた手を打ち、
我とわが身をつき刺してまで!
(真実なんぞ糞くらえ!
一文にもならない穀潰しめ!
こうでもしなけりゃ、
生きてゆけやしないじゃないか!)
もうどうなったって、知るものか……!
◆◆◆
『朝』
チクチクと根気強い雨音に目覚めれば、
まだ明けぬ夜に、タアルにまみれた肺と、
曇つた脳梁だけがあつた。
ストオブに火を入れてみても、狭いくせに、
かういふ時はちつとも温まつてくれない室だ。
シユン シユン
シユン シユン、と
シトオブは古ぼけた機関部を燃やしてゐる。
私は震えながら煙を喫し、
壊れたストオブよりも熱い珈琲を嚥む。
あゝ──私は今日も生きてゐる。
あゝ……本当に 今日も地球は、
廻つてゐるのだなア。
冬とも春ともつかぬ朝だまり、
さういふ感嘆符と共に今日が始まる。
◆◆◆
『わが娘に贈る言葉』
そらよ あなたの名はそらです。
それは空であり、宇宙なのです。
ですからそらよ、
大地を捨てることを、怖れてはいけません。
あなたは私の子ではない、
あなたには父も母もいないのです。
とほくはアンタレス、ときにはバアナアドが、
あなたの父であり、母となるでせう、
けれども束られてはなりませぬ。
呪われた住人の言ノ葉に、決して惑わされることのないやうに、
静謐な沈黙に耳を傾け、澄み亘つた漆黒に眼を凝らし、
七色の声を聴いて御覧なさい。
そして大海原の突ツ端にふと立ちよどんだ折にでも、
私たちのこをを思ひ出しておくれ。
私たちは常にあなたと共にゐるのですから。
だから怖れないで、
そらよ、馳せなさい。
◆◆◆
『わたしのゐる風景』
向日葵がボウボウ燃えてゐる。
けれども、お日様は限りなく優しく、
わたしの躰を、ふつふつと焼き上げる。
お日様の匂ひのするわたしの躰に、
小鳥たちは寄り添ひ、
鳥たちの歌声は風に乗り、一斉に羽ばたく。
それは向ふで遊んでゐる子供たちへと届き。
やがて子供たちは、お日様の吐息で答へる。
クスクス……
囁く声に目を開ければ、
世界を見通す、瑠璃のやうな四つのガラス球。
何を見てゐる、子供たちよ。
その瞳をしつかりと見せておくれ。
クスクス、
クス……。
甘い接吻と草いきれ。
私の首にこめられた、
紅葉のやうな白い手と、
紅葉のやうな白い手と……。
◆◆◆
『世界の中心で愛を叫んだけもの』
人々の頭脳はとり々のアンペアに繋がれて、
自らの輪郭さへ失いつつ、
なにおもひ描くこともないでせう。
がらんゆあをん……
ゆあゝをん……
電飾輝く路地に子を堕とし、
其が畢竟だなどと思つてゐる。
彼らの誓文はいよいよもつて薄弱で、
白い世代への受け渡しはますます速い。
竟には空虚な骸が全てを覆うのです。
がらんゆあをん……
ゆあゝをん……
ポトホト泪が零れます。
そぞろに想ひが溢れます。
◆◆◆
『待ち合はせ』
ちぢれた柱の向ふで、あなたと待ち合はせ。
とほりの喫茶は、まだあるかしら?
がらんだうな広場をすぎる、
ヂリドウシヤン 盲目少女。
ズチドウドウ 嬰児ひとつ。
けれども、あなたの躰は何処でせう?
ならばあたしも気がふれやう。
手頸を垂れて参りませう。
紅リボンの綺麗なこと……。
(吁……あなたはきつと来てくれる!)
だつてあたしたちは、
こんなにも愛し合つてゐるんだもの!
とほくほのほのさなかから、
たとへどんなに変はり果てやうとも、
此処に辿りつくでせう。
おゝ、なんと云ふ愛!
ヂリドウシヤン あなたにも。
ズリドウドウ あなたにも。
分けてあげませう。
【あとがき】
閲覧ありがとうございます。
今回の『第二部』は、昔に同人で書いた古い作品群です。
あと少し残っているので、近々『第三部』としてアップします。