第一部
【まえがき】
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昔に同人で書いたもの、ちょっと前に自分のサイトに載せたもの、そして最近になってしたためたもの。
そんな詩の数々です。
※尚、旧かなづかいは似非です。
『お宿』
狂った月夜の狂った丘に、
狂ったお宿がありました。
お客はみィんなキチガイで、
犬や猫らもキチガイだ。
子供が泣き出しゃ 女は叫ぶ。
男が蹴飛ばしゃ メイドも殴る。
それ見て時計が正午を打てば、
中の鳩奴ぁ ひとつきり。
人も家畜も罵声に罵倒、
上へ下への大騒ぎ。
ついには亭主も気がふれて、
ひとり残らずぶった斬る。
しまいにゃ亭主が首くくり、
あとには狂ったお宿がのぉこった。
◆◆◆
『なみだ』
たとえばふと、涙がとまらない夜がある。
悲しいことなんて、なにひとつないのに。
半月前、あたしをあっさりと振ったアイツに、
まだ未練があるのだろうか?
それとも数年前に他界してしまった祖父が、
たまには私を思い出しておくれ、と、言っているのかもしれない。
いや──
あたしは思う。
もしかするとこの涙は、
そう遠くはない「未来の悲劇」のために、
流しているのかもしれないではないか。と。
そのときにはきっと、
涙さえ流せないかもしれないから。
◆◆◆
『遠大なたくらみ』
ある日、占い師に手相を見てもらった。
占い師いわく、
「大変珍しい強運の線です」
と、のたまった。
さらには言うにことかいて、
「過去の偉人、賢人たちにも共通する線です」
ですって。
あたしは心の中で、
どうせ適当に言ってるくせに! と毒づいた。
なぜって、
あたしほど薄幸な女もそういないからだ。
みな自分がいちばん不幸だと思っているものだ、ですって?
もちろんそうなのかもしれないけれど……、
それにしたって、
あたしが幸福でないことだけは、
確かだと思うのね。
じゃあこの手相というヤツは、
いったい何なのかしら?
あとになって手相の本を片っ端から調べてみると、
どの本にもやはり、
あたしの手相は「希少な幸運相」と紹介されていた。
これは、なに?
決して幸福とはいえない日々を抱え、
未来に希望と言えるものさえ見つからず、
そのうえ手相にまでバカにされて、
あたしにどう「前向きになれ」っていうの?
このままではどうにもしゃくだから、
あたしは考えをあらためることにした。
もしこの先あたしが死んで、
仮に地獄にでも行くようなハメになったら、
あたしはきっとこの手相を地獄の鬼か、
閻魔様にでも突きつけて、
こう言ってやるのだ。
このうそつき! 詐欺師!
事実は事実なのだから、
相手はぐうの音も出ないはずだ。
それを盾にして、
あたしはめでたく天国行きの切符を手に入れる、
というわけ。
ふふん。いい考えでしょ?
◆◆◆
『人形師』
トンテン トンカン トッテンカン。
人里離れた山奥に、不思議な音が鳴り響く。
トンテン トンカン トッテンカン。
それは男のノミの音。
恋も世も捨てひたすらに、
彼が作るは美の人形。
その出来栄えは極上で、
今にもささやき 躍りそう。
トンテン トンカン トッテンカン。
男は今日もノミふるう。
自身が作った人形に、
うるわし乙女に囲まれて。
彼が目指すは本物の、
心を持った知の人形。
トンテン トンカン トッテンカン。
トンテン トンカン トッテンカン。
それから長いときを経て、
山を越えるは行商人。
噂に聞きし人形師、訪ねてみたはいいけれど、
「あいにく師匠は不在にて」
出迎えたのはひとりの乙女。
するといぶかる行商人。
彼はやもめと聞きしがと。
それでも乙女にうながされ、
家の戸口をくぐったら、
戸を閉め微笑む乙女の顔に、
にわかに恐怖がわきあがる。
トンテン トンカン トッテンカン。
かつて響いた音もなく、
今では朽ちたるその家に、
あまたのうごめく乙女たち。
けれども誘いに乗ったれば、
その先ゃ 誰にもわかりゃせぬ。
◆◆◆
『だから』
一緒にいることが 愛であるとは言えない。
距離を置くことが 別れというわけでもない。
ひとりでいることが 孤独であるとは限らない。
同じ顔をすることが 仲間であるとも言いがたい。
つまり──表に見えていることだけが、
答えではないということ。
ひとりぼっちだと思っていても、
実は そうじゃないことだってある。
自分はきっと嫌われているのだ と、感じていても、
愛してくれるひとはいる。かならず。
ただ あなたが それに気づいていないだけ。
だから ねえ。
生きてみるのも そう悪くはないと思うよ。
うそだと思ってる?
でも、もし今 すべてを終わりにしちゃったら、
それが本当なのか、確かめられないでしょ?
◆◆◆
『弱み』
女は怖い。気持ちの切りかえが早い。
とは良く聞く話。
でもね、そんなもの。
結局は人それぞれ。
だって、あたしがいい例。
彼が置き去りにした 様々な彼の荷物を、
いつまでも捨てられないんだもの。
でも、それではいけないのだと
どうにか自分の心をごまかして なだめて、
踏ん切りをつけて、
ようやく彼の思い出ごと ぜーんぶ捨てた。
それなのに。
なによ。
今頃になって、
彼からのメール。
──もう、知らない!
思っても、ついつい押してしまうのよね。
返信ボタン。
いつまで経っても、ダメ女。
◆◆◆
『壮年と少女』
白髪まじりの男は 全てに嫌気がさしていた。
──ぐうたらな女房にも
──まともな日本語すら話せない娘にも
──怠惰な政府にも
そして、
無責任なこの国の連中と、
無気力な自分に対しても。
男はふらりと入ったバーの片隅で
その一杯を飲み干したら、
己の人生にケリをつけるつもりだった。
そんな彼に 声をかけたのは、
ひとりの少女。
少女のみだらな誘いに つい、
男は埃まみれの、
さびついた良心を引っ張り出した。
『もっと自分を大切にすることだ』男は諭した。
『おじさんはそうしてるの?』少女は言った。
『男のことしか頭にないのか?』と彼。
『だって、世界には男と女しかいないもの』と彼女。
『きみはもっと陽の当たる世界を知るべきだ』男が言うと、
『人生の半分は夜よ』少女は答えた。
男はほとほと困り果て、ため息をもらす。
すると少女は唐突に、言った。
──ねえ、おじさん……。
──死ぬつもりでしょ?
少女はさらに言った。
──わかるの……あたしも以前、そうだったから。
長い静寂がふたりを包み、やがて、
男は苦笑し、少女は微笑した。
『きみは天使か、それとも死に神か』男は尋ねた。
あら、そんなこと。
と、少女は笑顔で答えた。
『おじさんが決めればいいのよ』
人生にくたびれた男と 人生を知らない少女は、
バーをあとにすると 二度とは戻らなかった。
◆◆◆
『恋愛の数式』
世界の仕組みや事象の全ては
数学で表すことが可能である。
そう言った人がいる。
けれども、
色恋の数学は 難解だ。
男と女の関係に
方程式は当てはまらないから。
三角関係にでもなった日には
出口なんて、
永遠に見つからないような気さえする。
私的に言うならば、
恋愛という問題を解くのに必要なのは、
本能的な五感である。
ということになる。
それらに裏打ちされた、
直感と瞬発力が モノをいう。
そう考えると、
人も動物なんだなあ、って、
今さらのように納得する。
ただし 私の場合はその辺の本能が、
ちょっと鈍いんだけどね。
なんとなく、
ちぇ。
【あとがき】
閲覧感謝です。
今後ものんびりと(不定期更新で)追加の予定。