今と昔の物語~When You Love Upon A Star~
昔話をしよう。
これは今から百年以上――いや、もしかしたら千年以上……もう具体的な数字が解らないぐらいの、大昔の話だ。
ある国のお姫様と、そのお姫様を守る騎士が恋に落ちました。でもお姫様には隣の国の王子という許嫁がいて、その恋がかなうことはありませんでした。
お姫様が隣の国の王子の元へ向かう日の夜、騎士はお姫様に言いました。
「私ではあなたと結ばれることはできません。もし今ここであなたと共に逃げれば、この国は隣の国の怒りを買って滅ぼされるでしょう。私には、この国を見捨てることはできません……」
お姫様は哀しげに頷きました。隣の国の王子と結婚するしか選べない運命を、お姫様も解っているのです。
そんなお姫様の前に跪き、騎士は手を取りました。
「ですが……私は必ずあなたの元に参ります。例え何度生まれ変わろうとも。あなたの姿が変わってしまおうとも……あなたが、私を忘れてしまおうとも。私は必ずあなたを見つけ出します。ですから――」
騎士はそこで顔を上げました。しかし、お姫様は騎士を見ていませんでした。
「あの星は」
お姫様が星空を見上げながら、一つの星を指さしました。
「あの星は、ずっと動かないそうです。何年も何年もずっと動かずに、同じ場所から世界を見守っているのだとか」
お姫様がなにを言いたいのか解らず、騎士はただ頷くことしかできませんでした。
そんな騎士に視線を戻し、お姫様は微笑みを浮かべました。
「ですから、私の心はあの星に置いていきます。いつかあなたが、私を見つけてくれたときのために」
お姫様はそう言って、騎士の手に口付けをしました。
それが、二人の最後の時間でした。
――そして、現代。
そう。この話は今も続いている。昔話でありながら、今でも続く現代劇でもあるのだ。
現代に至るまで、騎士は何度も生まれ変わり、何年も何年もずっとお姫様を探し続け、ようやく見付け出すことができたのです。
けれど……。
「ほら、あれが北極星。ポラリスっていう、こぐま座の星」
私の指の先を、彼女もそっと見上げた。
指の先には、天の北極に最も近い星がある。ずっと同じ場所から世界を見守る、特別な星。
そう。その星には姫の心があるはずだった。最後の夜に、姫が心を預けた星。北極星。
でも、北極星を見上げた彼女は、
「へぇ、そうなんだ。あれを中心にしてみんな回ってるんだね」
そう言っただけだった。
私は落胆せずにはいられなかった。
いったい彼女と出会うために、どれほどの時間がかかっただろうか。ずっとずっと探し続けて、ようやく見付け出した結果がこれだ。落胆もしようというものだ。
でも、後悔はなかった。あのときに自分は決めたのだ。例え姫が自分のことを忘れてしまおうが、自分だけは姫のことだけを想い続けると。
あるいは、姫が心を預けた星と、今現在の彼女が見上げるこの星は、別の星なのかもしれない。北極星は不変ではない。あまりにも長い時間が過ぎれば、その役割は別の星に受け継がれるという。
そう。結局私は、間に合わなかったのだ。
思わず泣き出しそうになってしまい、慌ててこらえる。いきなり泣いたりしたら、彼女が不審に思うだろうから。
間に合わなかった。でも、彼女と会えた。それだけでも十分じゃないか。
万感の思いに、時を超えた想いを込めて。私は彼女の横顔を見つめた。
――彼女は、泣いていた。
「えっ……どうしたの?」
「ん……あれ? 私、泣いてる?」
彼女はまるで今初めて自分が泣いていることに気づいたようだった。
「私、どうしちゃったんだろ……星を見てたら、なんだかすごく懐かしいような、切ないような不思議な気持ちになって……」
彼女の言葉に、私はまるで雷を受けたかのような衝撃を受けた。
どうやら、完全に間に合わなかったという訳でもないらしい。私は自然と笑みが浮かんでくるのを感じた。
「やだ、ちょっと笑わないでよ。別に泣きたくて泣いてる訳じゃないんだから」
私の笑みを勘違いした彼女が怒ったように声を上げる。それでも笑みは止められなかった。
そうだ。ここで諦めるくらいなら、生まれ変わってまで追いかけなどしない。私は絶対に彼女に私を思い出してもらい、彼女にこの胸の想いを届けるのだ。あのときかなわなかった想いを。彼女を探す間に溜まった、新たな想いと共に。
私は満面の笑みを浮かべて彼女に抱きついた。
「え、ちょっと、なに?」
「泣いてる顔が可愛過ぎ。抱きつきの刑に処す」
「ちょっと、もうやめてよ。女の子同士だからって恥ずかしいよ。やーめーてー」
「絶対やめなーい」
……いろいろと前途は多難だが、たぶん大丈夫。
だってこれは、昔話なのだから。昔話の結末は、『めでたしめでたし』と決まっているのだから。
抱きつく私と、逃げようとする彼女。そんな二人を、北極星はただじっと見守っていた。
星に想いを。