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二部・一先ず出会う(3)

「はぁ〜〜〜〜〜〜」

 気だるそうな溜め息が、ズボンを穿いた私服姿の短髪女性から漏れる。

 その声に答える声があった。それは彼女の後ろ10メートル程の所からの物だ。

「不自然な行動を取るなと言っただろうが」

 パンクな格好をした若者の声だ。

「しかしですね、隊長。IとUの潜伏している可能性のある土地の面積知ってますか? 約27万平方キロメートルですよ? 日本の国土面積の3分の2以上ですよ? そんでもって私達実働部隊がその範囲を200以上に分けて捜索してますけど、それぞれの担当区域に彼女らがいる可能性って0・5%以下ですよ? それにですね、私達以外の小隊が発見したとしても、報告すら出来ないままやられちゃいますって。やっぱりこんな事不毛ですよ」

 そこでまた長い溜め息。

「確かにそうだ。しかしそのシミュレーションは奴等が一時も休まず全力疾走をし続けた場合の範囲だ。奴等の場合、肉体的にはそれは可能だが精神的にはかなり無理がある。ゆえにあそこから半径五千メートル程の15の区域にいる可能性が五割、つまり一ヶ所に着き3%以上の可能性で居る事になる。さらに我々の担当している範囲にいる可能性は5%以上。

 重要な位置を任されたからにはそれなりの緊張感を持て。それからな」

 そこまでを淡々と語り一泊の間。最後の言葉は大きな威圧感を乗せてられて放たれた。

「任務の時の隊長命令は絶対だ。どんなささい些細な事でも逆らうんじゃねぇ」

 女はその余りの威圧感に体をビクッと震わせ、歩みが一瞬乱れる。しかしすぐに立て直す。

 彼女は今、普段からそんじょそこらの若者っぽい感じで過ごしている隊長が、真面目と言うか、真剣と言うか、今にも殺気を放ちそうなほどピリピリしている事に驚き、怯えていた。

 彼女はこれが初めての、さらには最重要研究対象のIとUの捜索、可能なら捕獲という大変大事な任務であったため、とても緊張していた。

(もっとしっかりしないと!)

 と気を引き締めた時、もう一人の隊員が口を開いた。


 なお、この一連の行動は、30センチ離れた位置からさえやっと聞き取れる程度声で、さらに傍目からには全く口を動かしていないように見えるほど口を動かさずに行われた。

 まぁつまり、こいつ等はただもの只者ではないと言う事である。



 薄暗く狭苦しい通路を進む、二つの影が在った。

 アイIとユウUだ。

 黒く艶の無い髪をなびかせながらIが先行していき、その後をUが着いていく。

 Uは、微かに灰色掛かった髪と、140程の身長、そして幼い小さな手足、口、目をしていたが、瞳だけがとてもとても大人びていて、嫌にその様相と合っていなかった。

 此処は四至菜士市の裏路地。そこはまさに迷宮だ。

 行き止まり、十字路、Uターンなどが幾つも有り、一体此処が何処なのかも判らない。

 しかしそこは彼女等にとって、迷宮でも何でもない。何故なら、その迷宮からは常に空が見えているからである。

 幅70センチ程の狭い道という状況は、彼女等にとって階段と同じなのである。

 上から銃撃でもされれば危険な場所だが、見つけられる事がなければそうなる事もない。このような場所なら、遭遇したとしても相手が逃げる前に倒す事も出来る。

 その前に此処に探しに来る奴などいないだろう。此処はかなりの安全地帯なのだ。

 そんなこの場所を彼女等が今移動しているのは、隠れ家としている場所に帰るためである。

(あ、)

 Uはお腹に違和感を覚えた。恐らく、昨夜不思議な少年に会い、少量の食物を貰い食べたせいだろう。つまりこれは空腹感なのだ。

 そのわず僅かな苦痛に下手に食事しなければよかったと反省を覚えたが、しかし後悔の念は無い。あの少年はやや奇妙だったが、打算も何も無く自分達の事を案じてくれていたと思う。故に後悔の念は無いのである。

「どうかしたか?」

 先行するIが言った。物思いにふけ耽っていたせいで歩みが緩んでいたらしい。

小走りにIに追いつく。

「何でもないよ、大丈夫」

「そうか、しかし何かあったらすぐに言ってくれよ。お前が苦しむ世界なんて、私には何の意味もない。だから私が全力でお前の苦痛を取り除いてやる。」

 憂いと寂しさを乗せた声と共に手を伸ばす。その手をUがとり、微笑む。

「うん。判ってる」

 二人は進んでいく。暗く狭苦しく先の見えにくい通路を、手をつないで。

 闇に染まりかけた前方は、そこが美しくない場所である事だけを教えてくれる。

 Uはただ、Iといる事を望み、共に進む、又は止まる事を望んでいた。

 何があろうと、何もなくても、Uは幸せなのだ。Iと共に在る事が出来さえすれば。

 しかしIは立ち止まらない。

 その先に在る物を求め、行く。

 誰も気付けはしないが、その状況の全ては、神のいたずらと言得てしまうほどに、彼女等の現状と未来を正確に具現していたのだった。



(やはり、怪しい)

 凍火は、つけていた『集団』の怪しさを目撃していた。

 彼等は何度も別れた。四人バラバラになる事もあった。しかしその後、三つも角を曲がらない内にまた合流するのである。しかもそんな事が二・三度ではなく、七度も続いたのである。

(ぬぅ〜〜〜。これはさすが流石に)

 バレバレだ。と思おうとして思考が止まる。

 初めに感じた危うさ。統率された集団行動。そして変装。これらの事実より導き出される答えは、彼等が明確な目的を持った集団だと言うことだ。即ちプロの可能性が高い。そんな奴等がこんなあからさまに怪しい事をするなんて、何かがおかしい。可能性として考えられる事は、

「あの者達がわしの尾行に気付いており、警告している?」

 ぼそりと口に出した言葉は、10メートル先にいる彼等に聞こえていた。

が、何の反応も無い。

 僅かな隙も見せない。まさにプロ。しかしその事実を知るすべ術を、凍火は持たない。

(さて、どうするか)

 退くならば早いほうが良いだろうに、表情にも態度にも微小な変化さえ現れず、迷う風も無く歩みも乱さず、ただただ追う。

(まぁ良い。一度決めた事だ)

 彼は迷いや悩みを顔に出さない事が出来る様な人間ではない。本当にみじん微塵も迷っていないのだ。先ほどの彼の迷っている風な思考は、彼がわざと形だけ行っただけのものなのである。

 彼はそんな芝居がかった事をするのが好きなのだった。

 彼の標的たる四人が人の少ない道に入った。といっても一人もいない訳ではない。ゆえにいきなり暴挙を振るう事も無いだろう。

 彼等は進む。

 しかしだんだんと気配が消えていく、・・・ように見える。凍火はそんな事を鮮明に感じられるほど物事を極めた人間ではない。

(いよいよ、危うくなって来たようだな)

 四人がかす掠れて行く。そしていよいよ、消えた。

 気配が、ではない。裏路地に溶け込むように入っていったのである。

(退くなら、此処だろう。しかし、まぁ良いか。)

 大して考えもせず歩を進める。

 人によってはこいつが大馬鹿者に見えるかもしれない

 しかし彼は行く。

 不迷のままに。

 口には微小を携えて。

 歩みは速く、堂々と。

 やや熱い雰囲気をまといながら。


 

 その暫く前、と凍火がつけていた四人の集団はこんな会話をしていた。もちろん超小声で。

「尾行されています、隊長」

 と学生姿の少年風の男が言う。

「ああ、判っている」

 その言葉に私服姿をした短髪の女性が驚く。

しかしもちろん、多少敏感な人でも気付けないほど挙動の乱れはない。彼女はそういう訓練を受けているのだ。しかしそれにも、同じ隊に属する仲間は彼女の驚きから、気づいていなかったことに察する。

「お前から見て7時の方向だ」

老人風のひげの長い男が言い、私服姿の女は気を引き締めようとした矢先に注意を受け、意気を落とす。しかしもちろん、次の曲がり角で尾行者を確認する事は怠らない。

「あんな子供が、ですか?」

 多少の驚きと疑惑を乗せ、確認の言葉を紡ぐ。

「ああそうだ。それで隊長、どうしますか?」

「何か疑わしい事をした後、裏路地にでも入るぞ。遊びでこんな事をやっているなら、それで引くだろう」

 この任務は絶対に、一般市民に詳細を知られてはならないのだ。故にわざわざこんな事をしなければならない訳だ。

彼等は、『ロジック』と呼ばれる、非公認の研究機関の実働部に所属する者達だ。

特に私服姿の女性は、その並々ならぬ格闘の才能を見込まれ、一生遊んで暮らせるほどの大金と引き換えに、5年間その研究所に勤める事を契約している。

そこそこ格闘の経験を持った男が数人集まってもかな敵わないほどの格闘のセンスを持っている

その女性は、まだ15にもなっていない。しかし今は化粧と服装とそこそこの身長のおかげで、そんなに幼くは見えない。

「「「はい」」」

 三重の意気の入った声が比較的大きな声で放たれた。

しかし気付ける者はいない。

そして事態が微かにだが確実に、動き始めた。


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