春を告げる、白くて小さい可憐なお花
「……小さく可憐で可愛らしい、本当にそういうのが好きなだけだ」
セレネの耳が、外で話し込む夫の声を拾う。追いかけ外へ出ようとした足が止まり、しかしそれ以上内容を聞き取る事はできなかった。彼の楽しそうな明るい話しぶりとは裏腹に、こちらはまるで冬が戻って来たかのように寂しい心地である。
彼が好きだと挙げたのは自分とはかけ離れた要素ばかりだったためだ。
セレネは幼少期より背丈の成長が著しい体質だった。同級生が集まると皆のつむじを見ながらの生活である。しかし最初はそれほど気にしていなかった。
小柄な母親ではなく騎士団に所属している父の影響らしく、顔立ちも似通っている。仕事と家庭の両方へ真摯に参加し可愛がってくれるので、むしろ好意的に捉えていたためだ。
父は王都騎士団の一員で、備品や兵糧を管理する職務に就いていた。各地を数年おきに異動し、一家はその動きに帯同する生活だった。本人曰く、貴族出身ではない中で毎日必死に頑張って、少しずつ認められるようになって来たらしい。セレネは父を誇りに思っていた。
成長するにつれ、セレネは常に誰かの物珍しそうな視線を感じるようになった。森の中に一本飛び出した木があれば、皆そこに注目せざるを得ない。周囲より頭一つ分高いおかげか、実年齢より上に見られる機会も多かった。
「……今、セレネちゃんは何歳だったかな? たまにしか顔を会わせないと、すぐ大きくなってしまったような気がするね」
姪っ子に限った話ではないけれど、と叔父の冗談交じりの発言は決して気のせいではない。量を食べなければいいのでは、と思いついたものの数日と続かず、セレネは両親に散々心配させてしまった。そもそも友人を中心に聞き回ったが、それほど多く食べているわけではない。
そういうわけで、セレネは目立つ容姿の余所者である。周囲の嫉妬や幼稚な振る舞いに辟易する日も増えたが、体格の良さを生かして大人に咎められない程度に反撃してやり過ごした。そのうち父が、軍でそれなりの地位に付いている話が広まって遠巻きにされるのがいつもの流れである。
そもそも居住地が変わって友人関係が定期的にやり直しとなるので、慣れて気にならなくなってしまった。
セレネは同世代の子供から距離を取って、代わりに教会に入り浸って趣味の裁縫を社会に役立てるのに熱心になった。静かな場所に座ってちまちまと針と糸を進め、成果物は人に喜んでもらえて嬉しい気持ちになる。
「きっと発育が早いだけで、そのうち皆に追いつかれて結局平均程度に落ち着くものよ」
母や叔母はよくそう言ってセレネを慰めた。けれどその場しのぎは段々と言われなくなって、結局同世代の平均よりはるかに高い背丈に落ち着いた。
その頃になって父が王都へ栄転し、家族も揃って移り住んだ。おそらくこれ以上の転居はないだろうという方針も示される。それはそれは、とセレネはやはり家の近くにある教会へ熱心に通っていると、年齢を問わず仲良く接してくれる知り合いができた。
「……セレネさんもそろそろお年頃でしょう? 私の知り合いの息子さんで、三男だけど軍の出世株なの、どうかしら? お茶だけでもおしゃれなお店で一緒にご馳走してもらいましょうよ」
ある時声を掛けて来た相手は世話焼きの女性である。知り合いの奥手な男女を上手に引き合わせるのが趣味であるらしい、というのはセレネもそれとなく把握していた。
その場に居合わせた人達は賛同したり、余計なお世話だとか、時期尚早と諫めたり、セレネの父を知っているらしく場を宥めるなど反応は様々である。
「……」
セレネは考え込んだ。自分は弟がいる家の長女で、将来ずっと家に残る子供ではない。たまたま居合わせた教会の司祭も特に口を出さないところを見ると、提案者は周囲から人望と信頼がそれなりにあるようだ。
あらゆる分野において、平均から逸脱する者は相手が敬遠する要因に、というのはセレネにもよくわかっていた。
自分は早めに結婚の筋道を立てておいた方がよさそう、というのも理解している。幼稚なからかいに散々晒された身としては、後になって慌てて決めなくてならない状況に追い込まれるのは避けておきたい。
余裕のあるうちから助言を求め始めておくべきではないか、という結論に達した。
「セレネさん、背が高くて綺麗だもの。きっとお似合いよ!」
熱心に勧められたセレネは相手の名前を教えてもらい、両親に相談してみる事にした。
「そういうわけでお父さん、その方をご存じ? 騎士に所属しているそうよ」
おかえりなさい、と帰宅した父を出迎え雑談に応じつつ、セレネは折を見て名前を挙げてみた。
そのニキアスという騎士は配属直後、王都を騒がせていた連続窃盗事件解決に大いに活躍したのだという。王都の地理を詳細に把握し、有用な目撃証言を集めて拠点を突き止め、捕縛に貢献したのだとか。
どうしてまた、と父は不思議そうな顔をしている。セレネは教会で仲良くなった人からの情報である旨を説明した。
「そうか、セレネはもうそのような年頃か……」
父は目頭を熱くしている。そこへちょいちょいと袖を引きながら声を掛けて来たのは母である。セレネと違って小柄なためあまり似ていない。弟妹達は体格も顔立ちも母寄りで、血縁とは不思議なものだと常々感じていた。
「あのね、言いにくいのだけれど……」
どうしたの、とセレネはとりあえずしんみりした表情で食事を進める父の横に腰かける。母が向かいに座りながら花嫁衣裳の話、と切り出した。
教会での結婚式に着用するのは、母方親族内で大事に保管され受け継がれて来た特別な一揃いである。
ところが、どう考えてもセレネには着丈が合わない。大がかりな修正は後に控える妹や従妹達が困ってしまう。今すぐ必要になるとは限らないが、母も娘を気遣って早めに指摘してくれたようだ。
「ほら、セレネも将来着るって大喜びしていたじゃない?」
「……全然覚えていない」
全く記憶にないが、当時の幼いセレネは出席した叔母の式で随分気に入って、いつか自分に回って来るのだとにこにこしていたらしい。
「ああ……。そうね、自分で用意するしかないでしょうね」
「ええ、本家のおじいちゃんとおばあちゃんに掛け合ってみましょう」
「もちろん、可愛いセレネのためだ、私も資金面での協力を惜しむつもりはないよ。すぐに入用になるわけじゃないとしても」
食事を終えた父も話を聞いていたようで、セレネの決意を後押した。まだ結婚すると決まったわけではないが、早めに取り掛かる事にした。このような時に備え熱心に裁縫趣味を極めていたのも大きい。
採寸と生地、全体の意匠選定から始まって、教会の紹介で詳しい人を頼って型紙を作り始めた。この一大事業に母はもちろん妹に叔母、従妹をはじめとした女性親族が総出で協力してくれた。更に友人達も参加して、繊細な布地が少しずつ形となって行った。
年に一度会うかどうかの親戚も様子を見に来て、早めのお祝いを包んでくれた人もいる。
そうこうしているうちに、予告通り王都にある繁盛しているカフェの一画で引き合わされた。相手を一目見て、何故セレネが選ばれたのか納得した。
相手もかなりの長身である。今まで見て来た男性の中でも三本の指には入るだろう。セレネが隣に並んでも上背があって全く見劣りしないという男性は珍しい。
本日は軍装ではないものの、鍛えられ引き締まった身体付きは周囲の視線を独占している。
「……はじめまして、ニキアスと申します」
「セレネです。お噂はかねがね」
彼は同じ平民出身で頭角を現した父を尊敬している話や、生まれ育った王都の話題に初回は終始した。体格の良さはさておいて穏やかな雰囲気の青年で、異性と距離を置きがちだったセレネも警戒心を抱く事はなかった。
「先日はとても素敵な雰囲気だったから、あちらもぜひ、ですってセレネさん!」
後日そのような報告を受け、お世辞だとしても悪い気はしなかった。続いておしゃれなお店、美術館や音楽鑑賞。王都出身だが長く離れていたセレネが知らない場所を親切に案内してくれるので非常に助かった。
彼はどこへ出かけても視線を一心に集めたが、さほど気にした様子はない。職業上、背が高い事で有利な場面が多いせいもあるだろう。
彼と並んでいて、セレネは自分の背がそれほど高くないのではという錯覚に陥るほどである。
もちろん父が保証する通り、身元がしっかりしている。今まで浮いた話はなかったのだろうかと仲人に確認してみたものの、やはり財産の関係で次男三男は苦戦するものであるらしい。
そういうわけで、特に障害もないため話がとんとん拍子で進んでしまった。
「男兄弟で大雑把に育ってしまって……。セレネさんも困ったことがあれば、遠慮なく言ってやってくださいね!」
彼の母君はそのような説明である。いえいえそのような事は決して、とセレネは彼を大きく優しく育ててくれた彼女に大いに感謝した。彼の二人の兄君はニキアスによく似ていて、彼が風邪を引いた時は看病が大変なので遠慮なく頼って欲しいと明るく笑っている。
互いの家族に紹介し、正式な両家の顔合わせや、もちろん花嫁衣裳も無事完成した。親族友人の手を借りて、我ながら申し分ない出来栄えである。
「それでは、病める時も健やかなる時も……」
秋の終わりごろ、式は滞りなく執り行われた。
セレネの側は親族が、ニキアスの方は仕事の同僚が中心として教会へ集まった。
「……失礼」
宣誓の後、ニキアスは長身のセレネを苦も無く抱えあげ、どよめきが上がった。それをかき消すような歓声と拍手の中、セレネはうっかりときめいてしまい、それはニキアスにも伝わってしまったらしい。恥ずかしくて返事はできなかったが、彼の声は優しかった。
「いつでも、好きなだけおっしゃってくださいね」
「……」
セレネは実家を、ニキアスは独身用宿舎から軍関係者が集まる区画へ移った。それ以降も大きな問題もなく、仲の良い夫婦として過ごせていると、セレネはそう思っていた。
「……小さく可憐で可愛らしい、本当にそういうのが好きなだけだ」
「何をおっしゃるのやら、お坊ちゃん。大体あのように……」
夫、ニキアスの声が裏庭から聞こえる。セレネは思わず、彼を追って外へ行こうとしていた足を止めた。応じるもう一つの声はからかいまじりで、おそらく昨晩話していた知り合いの庭師に違いない。
その庭師とは昔から付き合いがあって、新居の庭づくりの相談に朝方ここを訪ねて来ると昨晩言っていた。土質や日当たりなどの専門的な見地から、庭造りに助言してくれるらしい。
やがて二人の声は聞こえなくなって、どうやらそのまま仕事へ向かったようだ。今日は早上がりだが新人の指導や自身の自主鍛錬のため、帰宅はいつもとおなじ夕刻になるだろう。
セレネは夫が仕事の合間に家の掃除、食事の支度に洗濯まで滞りなく進めつつも、先ほどの夫の発言は頭から離れなかった。実家経由で手伝いに来ている使用人に心配されたが、適当に誤魔化しておいた。
「……」
話の前後がわからないため色々と推測してみたものの、やはり女性の好みを率直に述べたとしか思えなかった。好き好みがあるのは当たり前だと言い聞かせてみたものの、やはり恋しい相手の発言とし嬉しいものではない。
しかしよくよく考えれば、こちらも彼の背の高さや逞しさにときめいてしまっている。それなのに傷つくのは矛盾以外の何者でもない。よく考えてみればニキアスにとって、立場的にセレネとの婚姻を断るのは難しかったはずだ。
二人での生活が始まった後も、彼は寝台まで軽々と優しく抱えてくれる。まるでセレネは羽のように軽い身体だと誤認してしまいそうなほどだ。これまでの人生、努めて冷静に振舞ってきたセレネもいよいよときめきを隠せなくなってきたところへ来ての、この発言である。
「……ただいま帰りました!」
暗い気分のまま洗濯物を片付けていると、玄関口からニキアスの声が聞こえた。慌てて階下を窺うと、帰宅した夫がにこにこと手を振っている。
咄嗟に壁際にある置時計を窺ったものの、いつもの帰宅より随分と早い。
「すみません、まだ湯の準備が……」
訓練や街の見回りなど、忙しく動き回るニキアスには帰宅次第食事より先に汗を流してもらうのがいつもの習慣である。
しかし今日は埃っぽい様子がない。仕事場に備え付けの浴室を使用したという申告である。着替え一式を用意してあったようで、さっぱりとしていた。
「セレネ、時間がありましたら、少し歩きませんか。綺麗な景色が見られますよ。羽織り物を一枚、念のためあった方がいいかもしれませんが」
「……構いませんが、外へ行くのであればもう少し」
セレネはよく乾いたタオルをニキアスの頭によいしょと掛けた。風邪を召されます、とまだ少し濡れた髪を指摘しておく。家の中で過ごすのであれば問題ない程度ではあるけれど、季節の変わり目は用心に越した事はない。相手の髪を撫でるようにすると、彼も照れくさそうに受け取ってぐいぐいと水分を拭い取ろうとしている。
「おかえりなさいませ。無事に帰って来てくれて何よりです」
セレネは朝の発言を努めて考えないようにしつつ、心からの言葉を口にした。彼が帰ると、それだけで周囲が温かいような気さえしてしまう。鍛えているため体温が高いという話ではなく、それまで静かだったセレネは間違いなく日常を明るく賑やかな日々に変化している。
本人はそれを聞いて、夏になったら暑苦しくて憎たらしいとさえ感じるだろうから今のうちに、と笑う人だった。
内心で彼が何を考えていようとも、やはりヘレネはニキアスを愛おしいという気持ちは変わらない。
「……いかがでしょう?」
セレネが上着を取って来る間、ニキアスは真面目に髪を拭いていたようだ。連れ立って外へ出ると、春らしい少し霞がかった夕暮れである。
通りをいくつか過ぎて、すれ違う近所の住人に挨拶しながら通り過ぎた。小さな子供はニキアスの長身に目を丸くしている。散歩中の見慣れない犬が彼を見ると激しく吠えたてたが、ニキアスは気にした様子はない。むしろ目を細めて申し訳なさそうな飼い主に軽く手を振っている。
「こちらですよ」
セレネは近くにある大きな公園、その奥へ案内された。子供向けの遊具や花壇、木々の下を歩けるような小道も整備された規模の大きな場所である。決まった曜日と時間に集まって身体を動かす集団を横目に、二人は敷地内を横切った。
「ああ、ユキヤナギ。もう咲き始めたのですね」
ここです、とニキアスに案内されたのは寒いうちは殺風景な眺めだった場所で、今は淡い緑と白い小さな花が目に付いた。色は違うけれどまるで小麦の穂のように見える。それが公園の一角に並ぶ様子は、いかにも春らしい。
「……ええ」
ニキアスは何やら三回ほど咳払いした。本当に風邪でも引いたのかとセレネが見上げた先で、照れくさそうに笑う口元と真剣な眼差しがこちらを見下ろしている。
「白く小さな可愛いお花……まるであなたのように可憐ですね」
全く予想していなかった言葉であったために、セレネは反応に困ってまばたきを繰り返した。その様子にニキアスの方もおや、と首を傾げている。
「やはり言動が軟派な男はお嫌いでしょうか? 仕事先で男は硬派であるべき、いや態度や言葉を尽くさなければという派閥が競り合っていまして。難しいですね」
「すみません、あまり言われたことがないもので。小さいとか可憐などという誉め言葉は特に」
セレネは当たり前の認識として回答したにも拘わらず、相手はあまりぴんと来ていないらしい。首を傾げたままだった。どうやら彼のように背丈が大きいと、視界や認識にずれが生じてしまうらしい。
「あなたが可憐なお花でないのなら、俺は庭師に仕事の邪魔だと悪態をつかれる大きい石でしかありませんから。あなたは可愛いお花という事にしていただけませんか」
「……そうおっしゃられても」
その理屈であれば、セレネは夏の向日葵が妥当ではないだろうか。横にいるのがニキアスであるばかりに、実態とはかけ離れてしまっている。
「可愛いと小さい、は近い言葉だと私は捉えているのですが」
「ええ、俺も昔から小さくて可愛いものは好きです」
「……あなたにかかれば、大抵のものは小さくて可愛いという判定が下るでしょうね」
「ええ、たしかに俺にかかれば女性はもちろん、男の九割九分まで小さい範疇に押し込めます。しかし、自分なりによく見ているつもりですよ」
実は、と彼は白い花を眺めて話を切り出した。
「昔、ユキヤナギとスズカケを同じ花だと勘違いしていましてね。公園に咲いているのを見掛けて、この花は春先に二回も咲いて嬉しいという話を母にしたら、違う花だと。白くて小さな花の集合体として見分けがつかなかったのを、未だに母と庭師のじいさんに当てこすられているのです。今朝も庭に植えたいと提案したら、違いが分かるのかと今朝もからかわれました」
「まあ……たしかに知らなければ、ユキヤナギとスズカケは違いが分かりにくいかもしれませんね」
二人の兄に加えて士官学校という男所帯に育つと大抵のものは気にならなくなってしまう、とニキアスは苦笑している。子供の頃は食事の分け前などで揉めていたらしい。
喧嘩にならないよう肉の数を揃える協定を結んだものの、今度は次兄が大きい肉を自分の皿に意図的に取り分けているのを指摘し、大喧嘩に発展したらしい。
「……どうかしましたか?」
「いえ、こちらの話でして」
そしてセレネは、朝方に聞いた彼の台詞の真意を理解した。勘違いを悟って恥ずかしくなってしまう。どうか相手に伝わりませんように、と祈るほかない。
顔合わせの時はニキアスとよく似て紳士然としていた二人の兄君を思い出しつつ、話の先を窺った。
「俺に優しさを教えてくれたのは、父が知り合いから託された引退した軍用犬達です。走り込み、綱引きや取っ組み合いという鍛錬にいくらでも付き合ってくれた。友達の家の小さい犬を触ってから家に帰ると、大きい犬がショックを受けた様子は申し訳ないが可愛かったですよ。机の下から出て来なくなって、機嫌をとるのに苦労しました」
「……可愛いですね」
そうでしょう、と彼の思い出話には熱がこもる。身体の大きな犬を散歩させるには長い距離が必要で、真面目に取り組んでいるうちに王都中の地理に詳しくなった上、知り合いも多くなって非常に助かっているのだと彼は続ける。
「犬が年老いた後は抱きかかえて、荷車に毛布を敷いて近所を歩いた日もありました。小遣いをはたいて買った良いお肉を焼くとこちらの気遣いに犬も喜んでくれて。思い出すと、とにかくこのあたりが温かくなるものです」
彼は心臓のあたりを指で示した。良い話で、セレネもついつい聞き入ってしまう。彼の口調が優しく、懐かしむような様子であるのも新鮮だった。彼の優しさ、穏やかさの根幹にあるものだとも感じた。
きっとこの場所も、かつて犬達と走り回るうちに見つけたのだろう。
「そういうわけですから、暖かくなったらぜひあなたにも見て欲しくてずっと画策していたのです。式の日に見せて下さった衣装があまりに素敵で、まるでこの花のように可憐だと」
セレネとニキアスは改めて、暖かくなると目に付く、白と緑の春を告げる花を見つめた。自分とはかけ離れた存在であるはずが、隣に立つ相手にとってはそうとは限らないらしい。
「衣装を自分の手で用意されたとか。当日実際に目にして、あまり美しくて素敵で。一目惚れでした」
独身だった頃のニキアスが生家に顔を出すと、知らない間に自分の見合い話が浮上していた。母親の友人からで、よくよく聞いてみると騎士団の上役の娘であるらしい。
対するこちらは平民である上に父は役人、兄二人もそちらの方面へ就職している。一人別の道を選び、どうにか実績を積み上げて出世の機会を狙う立場にとっては非常に恵まれた話であった。
ニキアスは身構えたものの、顔を会わせてみると思いのほか楽しく、王都のあちこちを紹介しながら親しくなった。背が高いのを若干気にしているようなのであまり触れないでやって欲しい、と彼女の父君からこっそり耳打ちされた以外には大きな衝突もなかった。三男はとにかく機会を逸しないように、と周囲から散々言い聞かせられていたのもある。
仕事で評価されていたのが功を奏したのか、思っていたより上手く話がまとまった。これを逃すと次の春でまた日取りを抑えるのが難しくなる、と秋の内に式までこぎつけた。
新婦側が用意した衣装は、セレネが周囲に協力を得ながら製作したのだという。普通は親族間で共有するのだとニキアスは認識していたので、よほど腕に自信があるのだと素直に感心しながら当日を、そして現在に至る。
素敵な誉め言葉を贈る春の始まりを、ニキアスは指折り数えて待ち望んでいた。妻となったセレネはニキアスの上背にも全く遠慮せず、丁寧に世話を焼かれる日々である。それは男兄弟に揉まれて大雑把に育ったニキアスにとっては新鮮で幸せな日々だった。
「私、今日一日……お花に嫉妬して、ああ恥ずかしい」
今しかない、とニキアスは早速張り切って気持ちを伝えたものの、彼女の反応は困惑が大きかった。自分の恥ずかしい失敗談とかつての愛犬達の話題まで引っ張り出し追加の説明を重ね、ようやくこちらの真摯な気持ちが少し伝わったらしい。
セレネはいつもとは違い、少し恥ずかしそうに微笑んでいる。ニキアスの視線から逃れるように横や後ろへこそこそ移動した。こちらの視線が追いかけ追いつくと、彼女はまた照れたように笑って、またこちらの背中側へ隠れようとするのだった。
その様子は本当に、春を告げる可憐な花のようだとニキアスは改めて思うのだった。




