▶これは恋愛イベントではないと信じたい。
まず落ち着こう。
私は今、乙女ゲーム『マジカル♥ロマンス』の世界にいる。だが、ヒロインではない。名前すら表示されない、想定外のキャラクター。
――モブだ。
ここまではいい。受け入れた。
問題は、その先だ。
「セレナ、体調でも悪い?そういえば、いつもよりも顔が赤いみたいだけど...…」
見覚えありまくりのイケメンが、至近距離で私の顔を覗き込んでいる。優しい言葉、紳士でスマートな立ち振る舞い、細かな気遣い。全てがパーフェクトの完璧な王子様。彼の名前はノエル。攻略対象キャラの1人だ。サラサラのブロンド髪をなびかせ、大きく澄んだ青い瞳で私を見つめる。
近い。近すぎる。これは確実に好感度イベント発生距離に値している。
「いっ、いえ!全然平気です!ごめんなさいぃ!」
咄嗟に出た声は、変に裏返ってしまう。 脊髄反射レベルで瞬時に仰け反りながらそう答えると、ノエルは何故かほっとしたように優しく微笑んだ。……その美しい微笑みは、ヒロイン用じゃなかった?じわりと嫌な汗が背中を伝う。なんだろう、この違和感は。決して起きてはならない現象が起きている……そんな予感がする。
ノエルの視線から逃げるように目を逸らすと、入り口付近に人だかりが見えた。大勢の女子に囲まれいかにもなモテオーラを放っているのは、2人目の攻略対象キャラ。
「キース様!今日は私とお昼ご飯を食べてくれるんですよね?」
「ダメよ!今日は私が一緒に食べるの!昨日約束したんだから!」
「え~?キースったら今日は私たちと食べるって言ってたじゃない。」
双方から腕を引っ張られながら『困ったなぁ』と笑う彼の名前はキース。しっかりとセットされた赤い髪に少しだけ着崩した制服。女の子なら誰でもウェルカムなチャラくて所謂女好きキャラだが、群を抜いて1番人気のキャラでもある。ヒロインに対して特別な感情が芽生えてから一途に向き合う彼の姿を思い出した。
賑やかなやり取りのすぐ横でバタンと本を閉じ、キースと女子生徒へ呆れた視線を向けているのがマジロマシリーズで唯一の知的メガネキャラであるローレン。校内トップの成績をもつ頭脳派だが、恋愛には疎くヒロインへ対してもお堅い言葉や態度で隙を一切見せないキャラだ。綺麗な黒髪はしっかりと整えられている。このゲーム内に頭髪検査があるのか不明だが、引っ掛かることはまずないだろうな。そんな事を考えながらキースとローレンの方を見つめていると、なぜか2人ともこちらを凝視している。
そしてなぜかこちらへ近づいてくる。え? 何故? いきなりどうした?
「なんだよセレナ、熱でもあんのか?」
ノエルをぐいっと押しのけたかと思えば、キースの大きな手のひらが私の額へと優しく触れた。そして自分の額と交互に触れながら首を傾げている。
「や、熱はなっ――」
「おかしいですね。バカは風邪など引かないはずですが。」
明らかに嘲笑したあと、手に持っていた分厚い本で軽く頭を叩かれる。
「ちょっとローレン、セレナにそんな失礼なこと言わないでくれるかな?」
「何なら俺が看病してやろうか?もちろん俺の部屋で♡」
目の前で騒ぐ3人を『まぁまぁ3人とも落ち着いて』と呆れながらなだめるニーナ。その様子から、このようなやり取りは日常茶飯事で行われているのだと推測される。
「(いやいやいやいや、おかしいって!何なの!?この各場面スチル回収のような流れは……!)」
ぐるぐると混乱する頭の中。脳裏にうっすらとメッセージが表示された。
【警告】
【このルートは存在しません】
……矢印、全部こっちに向いてます?




