夕暮れ
三題噺もどき―ななひゃくろくじゅうよん。
冷たい風の中に、どこか小さな温もりが潜んでいた。
夕日に染まる町には、昼間の温かさが残っているようだ。
夜になればとんと冷たくなるのに。
「……」
いつもと同じように、ベランダに出て煙草をくわえる。
火で炙った先から、じりじりと灰になり、焼けていく。
まるで自分の死にざまを見ているような気分にも……ならなくはない。
「……、」
すん、と鼻を動かすと。
煙草の匂いに混じって、遠くの方から雨の匂いが漂ってきた。
これだけ強く香るのなら、それなりの大雨が降りそうだ。
「……」
最近は雨続きで、少々気が滅入ってしまうなぁ。
散歩にも行けていない……イコール公園にも行けていないし墓場にも行けていない。
少し前に買い物には行ったが、あそこはさして頻繁に行くところでもない。
それを言うと、公園も墓場も頻繁に行くようなところでもないのだが……特に墓場。
「……」
まぁ、それはそれ。適度に行けばなにも問題はない。
あちらから面倒事が来なければ。
アレのメイン拠点的なものはここから多少離れたところだし……でも一度公園には来ているからなぁ。墓場には来ないだろうけれど。
アレはアレで変なこだわりというモノは持っているからな。
「……」
考えたくもないアレの事を思い出し、徐々に濃ゆくなる雨の匂いに、気分がさらに滅入ってくる。
雨が酷いと空気も冷えるし、最悪頭痛にまで発展する。
いいことと言えば、心地のいい雨音が聞けることくらいか。
いいのだけど。
仕事に集中してしまえば雨音だっていい作業用BGMにはなり得る。が、その集中が始まる前に頭痛を引き起こされては、元も子もない。
今日一日の事を考えだすと頭を抱えたくなり、思わずため息が漏れた。
「……ふぅ」
どこからか、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
どこからか、さようならという挨拶が聞こえてくる。
どこからか、またねという応えが聞こえてくる。
夏はまだまだ明るいこの時間だったが、さすがにもう暗くなる時間だ。
きっと、ギリギリまで遊んで、こんな時間に解散しているんだろう。
「……」
眼下に広がるアスファルトの上を歩く子供がいる。
手にはふわふわと浮かぶ風船を持っていた。
もう片手には母親らしき人間に手を握られて、何やら楽しげに話している。
少し離れたところに、さらに小さな子供を抱えた父親のような人間もいた。
疲れ切って眠っているのか、頭を父の肩に預けている。
「……」
微笑ましい風景だ。
この夕暮れにふさわしい、暖かな。
―私には知り得ないものだ。
「……」
羨ましいとは思ったことがない。
そもそも、人間と化物では違って当たり前なのだ。
同じようにはいかないのが、当然なのだ。
「……」
まぁ、それに。
「……」
キッチンで朝食の準備をしている家族が私にはいる。
少々意地が悪かったり、頑固だったり、たまに喧嘩になったりするけれど。
私の唯一の家族がここにはいる。
「……、」
最後に残った煙草を、灰皿に押し付けて、残った火を消す。
そろそろここのゴミも捨てなくては。
冷えた空気とぼやけた温かさの残る街に背を向け、ベランダの窓に手をかける。
ガシャン!
「……」
ま、当然のように開いていないのだけど。
「いつになったら閉めるのをやめるんだ」
「ご主人が煙草をやめたらです」
「……今年は無理だ」
「じゃぁ、無理ですね」
お題:挨拶・風船・雨




