ヴィルの判断。
ヴィルは深く息を吐き、目を閉じてから静かに言葉を落とす。
「……そうですか。
それは……本当に彼には、悪いことをしました」
“彼”と口にした瞬間、クリスの眉がわずかに動いた。
(彼……? “レイズ様”ではなく……?)
心に小さな違和感がよぎる。だが問うことはせず、黙って次の言葉を待った。
ヴィルは机に肘をつき、組んだ手の上に額を落とすようにして考え込む。
「……本来なら、まだ屋敷の外へ出すべきではなかったのかもしれません。
しかし、彼自身が望んだこととはいえ……これではあまりに酷だ」
クリスは真っ直ぐな瞳でヴィルを見つめ、問いかける。
「では、当主様。
……私たちは、これからどうすべきだとお考えでしょうか?」
その声には迷いがなく、ただ主の判断を仰ぐ忠誠の響きがあった。
ヴィルは顔を上げ、窓の外に目をやった。
そこには、遠い昔を思い出すような深い憂いが浮かんでいた。
ヴィルの声は、深い慈愛と同時に、当主としての厳しさを帯びていた。
「……そうですね。レイズは、これを乗り越えねばなりません。
人の上に立つ者は、ただ優しいだけでは務まらない。
時に厳しさをもって、己の弱さも他者の痛みも受け止めねばならぬ。
そして……誰よりも前へ進める強い意思。
あの子には、それがある。
今日の出来事も――レイズなら必ず乗り越えるでしょう」
静かに告げるヴィルの横顔は、誇らしげでありながら、孫を案じる祖父の影も隠せなかった。
その言葉を受けたクリスは、しばし口を閉ざす。
やがて、胸の奥に抑えきれないものを滲ませながら、声を落とした。
「……ですが、私は……」
言葉の先は掠れ、震えていた。
忠誠を誓う主の強さを信じたい。
けれど、同時にただ一人の友として、その苦しみを分けてやりたい――。
ヴィルは静かに杯を置き、深く息をついた。
「……後で、私からレイズのもとへ向かいましょう」
その声音には、祖父としての優しさと当主としての責任が混じっていた。
「だが――クリス、リアナ。お前たちも忘れてはなりません。
彼は確かに強くなろうとしている。だが、まだ若い。まだ未熟です」
ゆっくりと二人を見回し、穏やかに言葉を続ける。
「彼自身だけでは乗り越えられぬこともある。
だからこそ……お前たちがいることが、とても大切なのです」
クリスは真剣な面持ちで頷き、拳を握りしめた。
リアナもまた、涙を拭いながら胸に手を当て、決意を固めるようにうなずく。
「……はい。当主様」
「わかりました……必ず支えます」
その返事に、ヴィルはようやく小さな安堵の笑みを浮かべた




