無駄のない構え
こうして三名はアルバードの敷地を抜け、外の世界へと足を踏み出した。
レイズは何を思ったか、地面に手をつき――クラウチングスタートの構えをとる。
「な……なんて綺麗な構えなの!」
リアナが感激したように声を上げる。
クリスもまた真剣な眼差しで頷いた。
「……レイズ様の構えには、必ず意味がある」
(……いや、ただ一回やってみたかっただけなんだけどな)
レイズは心の中で苦笑しながら、息を整え――地を蹴った。
ザッ、と音を立てて走り出す。
最初は軽いつもりだった。だが数歩で気付く。
(……なんだこれ、走れる! この体で、ここまで……!)
汗はどんどん滲み出るのに、不思議と苦しくない。
風を切り裂く感覚が心地よく、まるで自分自身が風と溶け合うような錯覚すら覚える。
「……っ、悪くねぇ!」
自然と笑みがこぼれ、胸が高鳴った。
やがて道沿いに、いくつかの小さな村が見えてくる。
その景色さえも、走る喜びを後押ししていた。
だが――後ろを振り返った瞬間、レイズの気分はぶち壊される。
リアナは、汗ひとつかいていないどころか目をキラキラと輝かせながらレイズを追いかけ、
クリスは周囲を警戒しながら、同じ速度で静かに走っていた。
(……どんな体力してんだよ、こいつら……!)
思わず奥歯を噛みしめる。
「絶対に……突き放してやる!」
そう心に誓い、レイズは呼吸を整え直すと、ペースを落とすのではなく、逆に少しだけゆったりとしたフォームへ切り替えた。
長く、遠く走るために――。
そうしてしばらく走ると曲がり角をみつける。
「……今だ!」
全身の力を解放し、全速力で駆け抜ける。
「レイズ様!?」「レイズくん!?」
後ろからリアナとクリスの慌てた声が飛んできたが、もう聞こえない。
(よし! 突き放した!)
風を裂き、一人きりで走る。
胸の奥に広がる感覚は――そう、まるで本当の自由を手に入れたかのようだった。
だが、歓喜も束の間。
しばらく走るうちに、胸が苦しくなり、喉がカラカラに乾いてくる。
「……っ、はぁ……水……」
ふらつく足取りで辺りを見回すと、通り沿いに小さな店を見つけた。
(ふふふ……準備は万端だ。ちゃっかり金も持ってきてるからな)
懐から袋を取り出し、そっと中を覗き込む。
――金貨、銀貨、そして銅貨。
ゲームで培った知識が脳裏によみがえる。
金貨はおよそ十万、銀貨は一万、銅貨は百円。
(これだけあれば、足りないわけがねぇ)
そう確信すると、レイズは勢いよく戸を押し開け、店の中へと足を踏み入れた。




