ずっと一緒だった。
ニトは、ゆっくりと周囲を見渡してから、小さく息を吐いた。そこには、戦いを潜り抜けてきた者たちの顔が並んでいる。誰もが疲れを抱えながら、それでもニトの言葉を待っていた。
だがニトは、そんな空気などまるで気にしていない様子で、くるりと背を向けた。そして、まるで散歩にでも出かけるような軽い足取りで歩き出す。
「さあレイズ」
振り返りもせずに言う。
「レアリスのところへ行こうか」
あまりにも自然で、あまりにも軽い言い方だった。まるで、これから世界の命運を左右する話をするとは思えない。
ニトはそのまま肩を回し、少しだけ伸びをした。
「はぁ……」
長い息を吐く。
「レアリスとも、たくさん話したいことがあるんだぁ」
その声音には、ほんの少しだけ楽しそうな響きが混ざっていた。
レイズは怪訝そうに眉をひそめる。
「話したいこと……?」
ニトは振り返り、にやりと笑う。
「そうそう。ねぇ知ってる?」
指を一本立てる。
「一方的に話しかける数年って、結構つらいんだよ?」
レイズは思わず目を細めた。
「……レアリスと話はできなかったのか?」
少し考えて言う。
「意思的な……なんかで」
ニトは頭を掻きながら苦笑した。
「あー、できてそうでまったくできなかったんだぁ。ほんと、いろんなことがあってね」
だが、すぐにいつもの調子に戻る。
「そうそう。他には聞きたいことってあるかい?」
レイズはしばらく黙り込んだ。聞きたいことなら山ほどある。だが、その中でもずっと胸の奥に引っかかっている疑問があった。
「なぁ……」
ゆっくり口を開く。
「もう一人のレイズって、一体なんなんだ?」
ニトの足がわずかに止まる。
レイズは続ける。
「俺と……あいつが二人しかいないんじゃないのか?」
ニトはゆっくり振り返ると、どこか面白そうな顔をした。
「よーく考えてごらんよ」
ゆっくり歩きながら言う。
「君は確かに別の世界から来たよね?」
「あぁ……そうだな」
「じゃあさ」
ニトは首を傾げる。
「少年だったレイズに転生したレイズは、なんであんなにおっさんだったの?」
レイズは言葉を失った。
夢で出会ったレイズ。
あれは子供ではなかった。
間違いなく、大人だった。
「……確かに」
レイズは思い出しながら言う。
「あいつと夢で会ったときも……そういえばおかしい。あいつは……でも、子供の記憶が鮮明に俺にも流れてきた。あいつの……その後の記憶なんて……」
そこで言葉を止める。
「でも、あいつは俺の知る未来のレイズそのものだった」
ニトは静かに頷いた。
「彼は言ってなかった?」
「なにも進めていなかったってさ」
レイズは思い出す。
確かにそう言っていた。
ニトは続ける。
「つまり彼は彼で、時が止まっていたんだよ。彼の心に残っていたのは滅びていなかったアルバードの世界。そして、みんなのこと」
レイズは小さく呟く。
「だから……願ったんだもんな……」
「そうそう。その願いの形が、その頃だったんでしょ?」
ニトは軽く笑ったあと、ふっと真顔になった。
「じゃあさ」
「もう一度聞く」
レイズをまっすぐ見る。
「その今を生きていた彼は……どこ行ったのさ?」
レイズの思考が止まる。
胸の奥で、何かが引っかかった。
「た……確かに」
「未来のレイズと違う世界から来た俺……」
額に手を当てる。
「なんで……気づかなかったんだ……?」
ニトは肩をすくめる。
「そりゃ普通は気づかないさ。僕やレアリスでも、君が二人までしか混ざっていないって思ってたくらいだしね」
レイズは息を吐いた。
「そうなのか……」
そして少し迷いながら言う。
「なぁニト。おれはレイズの記憶を過去も今も経験として知っている。でも、それが自分のものではないことも理解している。じゃあ……おれはレイズじゃないよな……?」
ニトは少し考えた。
「んー……」
そして、あっさり言う。
「レイズでしょ」
レイズは眉をひそめる。
「なぜそう言えるんだ?」
ニトは笑った。
「だってさ。レイズって周りが認めてるんだよ?」
レイズは言葉を失う。
ニトは続ける。
「それを否定する意味があるの?」
「自分を否定してるのは君だけ」
「自分のことを自分で否定してたら、君は何者でもなくなる」
少し間を置く。
「自分を見失うことが、すべてを失う結果になる」
レイズは黙って聞いていた。
ニトはゆっくり言う。
「だから、自分のことは自分で決めるんじゃない」
「周りが決めること」
「周りが受け入れたことを、自分だと評価しなくてどうするのさ」
レイズは苦笑した。
「でも……おれは元の世界の記憶がある。その人生では、おれはレイズじゃない」
ニトは楽しそうに言う。
「人生一回なのに二回経験できるなんて、すっごいお得だね」
「おい!?そんな簡単な話じゃないだろ!」
レイズが思わず声を上げると、ニトは肩をすくめた。
「簡単なことさ」
そして少し真面目になる。
「魔女だって何人もの体を奪ってきた。そして自分を忘れたものだっている」
そして静かに言う。
「でも君は違う。君は奪ったんじゃない」
「渡された」
レイズは目を見開く。
ニトは続けた。
「望んでレイズになった。そして望まれてレイズになった」
「それだけのことじゃないか」
レイズは小さく呟く。
「完全なレイズってなんだよ……」
ニトは静かに笑う。
「そのまんまの意味さ」
「君はレイズとして認められた。レイズ本人にも、そして彼の周りにいた人たちにも」
そして空を見上げる。
「それにね、レイズ」
「ここは非現実なんかじゃない」
「現実そのものさ」
「でもまだ」
少し間を置く。
「想像と創造の枠からは出ていない」
レイズは頭を抱える。
「難しすぎるだろ……」
ニトは笑った。
「簡単なことさ」
「僕たちはまだ、誰かの物語の上を歩いてるだけなんだよ」
そして少し前を見た。
遠くの空間の奥。
そこには、レアリスがいる。
ニトは小さく呟く。
「だから」
「この物語を終わらせに行こう」
その声は、いつもの軽さとは少し違っていた。
レイズは黙って歩き出す。
ニトの隣へ並ぶ。
そして小さく言う。
「……レアリスは」
「怒ってると思うか?」
ニトは少しだけ笑った。
「怒ってるかもね」
「でもさ」
そして前を見たまま言う。
「それでもきっと」
「話は聞いてくれるよ」
しばらく沈黙が流れる。
そのときだった。
ニトが、ぽつりと呟いた。
「だって」
「僕たちは」
「ずっと一緒だったからね」




