ニトの顕現
アルバードでは、まさに収拾がつかないほどの騒ぎになっていた。
レイズが――レアリスのもとへ一人で行くと言い出したからだ。
そしてリリィには、捕まえたらすぐに消してくれと頼んでいる。
リリィは困惑した表情で言う。
「落ち着いてください……レイズ様……」
レイズは首を振る。
「わかるだろ、リリィ。ルイスの兄は殺された。そしてその兄をアルティナが使った。聖国で起きてはいけないことが起きてしまった」
視線がジェーンとアリスへ向く。
二人の様子を見れば、状況の重さは誰にでもわかる。
するとクルシアが叫んだ。
「それならこの女も同罪よ!! ティルシーを返して!!」
レイズは落ち着いた声で答える。
「エルディナの権能は繁栄だ。子を産み、たくさんの家族を作る。それがエルディナの本当の姿だろ?」
少しだけエルディナを見る。
「決して魔女の姉妹に依代を用意する。そんな残酷なやつじゃない。エルディナはエルディナで、家族がたくさんほしいだけ。そしてそれを利用されてきただけだ」
エルディナは目を見開いた。
「ど……どうして……あなたは……私のことを……理解してるの……?」
レイズは肩をすくめる。
「ああ、理解してる」
そして続けた。
「お前が悪いやつか悪くないやつかって話だが……俺からしたらお前はただの変態でしかない」
エルディナが叫ぶ。
「変態ってなによ!!」
レイズは淡々と言う。
「男を見ればすぐ本能が抑えられなくなる。そういうやつだろ」
エルディナは言葉に詰まる。
「だ……だって……あれ……?」
レイズが首を傾げる。
「ん?」
エルディナは不思議そうに言った。
「あなたも男なのに……まったく……そそられないわ……」
レイズはあっさり言う。
「ああ、俺は魔女の本能とか権能には引っかからないかもしれないな」
「な、なんで……?」
「俺がこの世界の人じゃないからだろ」
エルディナは息を呑む。
「この世界……じゃない!?」
ガイルが怒鳴る。
「さっきから意味わかんねぇこと言いやがって!! お前はここにいるだろ!? レイズじゃねぇか!! どうしちまったんだ!?」
クリスが静かに言う。
「ガイル……この方はレイズ様です。しかし……完全に別の方になったのです」
ガイルは混乱する。
「はぁ!? 意味がわかんねぇよ!!」
そしてレイズを指さす。
「レイズ!! お前に何が起きたか知らねぇ!! でも俺からしたらお前はお前じゃねぇか!!」
少し声が弱くなる。
「レイズとか関係ねぇ。てめぇは……俺の……友達だろ……?」
レイズは少し驚いた顔をする。
「ガイル……友達か……」
そして小さく笑う。
「まさかお前からそんな言葉聞くとはな」
ガイルが睨む。
「違ぇのか!?」
レイズは頷いた。
「ああ。ありがとう、ガイル。俺にとってもガイルは友であり仲間だ」
ガイルは顔をしかめる。
「お、おおぅ……きめぇな……」
レイズは笑う。
「今さらだったな」
その時だった。
レイズの髪が――うねり始めた。
もともと一本だけあった寝癖が、何本にも分かれて動き出す。
クリスが驚く。
「レイズ様……髪が……」
レイズは自分の頭を触る。
「へ? なんだこれ……髪が勝手に……」
リリィが恐る恐る言う。
「その髪には……ずっと言えなかったのですが……ニトという方が……」
レイズが叫ぶ。
「は!? ニト!? ニトの仕業だったのか!?」
ジェーンが驚く。
「ニ、ニト!? あなた、レイズの頭に!?」
アリスが慌てて花びらを取り出す。
ふわりと浮かび、レイズの方へ引き寄せられる。
レイズは不思議そうに見る。
「その花は……?」
アリスは涙を拭きながら言う。
「この花びらも……もらったの……ニト様に……」
レイズは手を差し出す。
「少し貸してくれるか?」
花びらはただ光っているだけだった。
ガイルが言う。
「頭に乗せてみたらどうだ?」
レイズは恐る恐る頭に乗せる。
その瞬間。
花びらが一気に枯れた。
そして――
レイズの髪が激しくうごめき始めた。
ガイルが引く。
「お、おい……気持ち悪いな……」
髪は触覚のように伸び、ガイルを指す。
まるで何かを伝えている。
「な、なんだよ!? 言葉で言えよ!!」
リリィが言う。
「たぶん……ガイル様に……魔力を使ってほしいのかと……」
ガイルが驚く。
「は!? 意味がわかんねぇ!」
レイズが呟く。
「ニトは……魔力で体を作る性質があったからな……」
クリスが言う。
「なら私が」
クリスが魔力を放つ。
だが髪は左右に振れる。
リリィが言う。
「足りてない……?」
ジェーンも続く。
次々と魔力が放たれる。
しかしレイズには何も見えない。
みんなが構えを取り、レイズへ向かって魔力を放っている。
レイズは苦笑する。
「なんだよこれ……なんかの教祖様みたいだな……」
ガイルがため息をつく。
「意味わかんねぇけどな……」
そして拳を握る。
「わかったぜ。全力でいくぞ!? 覚悟しろよ!」
「おい!? ガイル!?」
次の瞬間。
ガイルの莫大な魔力が解き放たれる。
圧倒的な魔力にその場の空気が震える。
だがレイズにはわからない。
ただキョトンとしている。
魔力はレイズの髪へ集まり――
収束する。
何度も収束を繰り返し。
やがて一つの魔力体が形を作り始める。
髪のうねりが収まる。
その異様な光景に、イザベルやリアナも近づいてくる。
「な、何をしているの……?」
「何……?」
そして。
少年の姿が現れる。
そして一言。
「ふぅ……やっと元に戻れたよ。みんな、元気?」
ジェーンが涙を流す。
「ニト!!?」
アリスが震える。
「この方が……ニト様……?」
皆が驚く。
だが――
ニトの姿が見えない者が一人だけいた。
レイズだ。
「えっと……そこにいるの……?」
ニトが苦笑する。
「ああ、そうだった。レイズには見えないんだったね」
そう言うと水や土などの属性を使い、物質の体を作り出す。
「めんどくさいなぁ……」
そしてその体に同化する。
「お、おもた……」
レイズが呆れる。
「ニ、ニト……何してんだ……?」
ニトは笑う。
「君と会話するにはこうするしかないでしょ」
ガイルは息を切らしている。
「はぁ……どんだけ魔力いるんだよ……」
ニトは楽しそうに言う。
「むしろすごいことだよ。世界中の魔力を集めたってこんなことにならない」
周囲を見渡す。
「なのにここにいる人だけで足りるんだもの。本当に規格外だね、君たち」
こうして不格好ながら体を得たニト。
「それじゃあ――」
にやりと笑う。
「まずは僕の話を聞いてね?」
そうしてニトは語り始めた。




