間に合う者と間に合わない者
やがて、ガイルたちが戻ってきた。
遠くから姿が見えた瞬間、レイズはすぐに理解した。
――何かを連れて帰ってきた。
クリスが静かに言う。
「どうやら無事だったようですね」
レイズは頷く。
「ああ、無事だな。……でも、あれは誰だ?」
ガイルの背後にはホーリードラゴンに乗る女の姿。そしてもう一人、ガイルに拘束されるようにして連れてこられている女がいた。
それを見て、ジェーンが眉をひそめる。
「どういうことだい……?」
ジェーンには見覚えがあった。
拘束されている女――それは法国のパラディン、ティルシー。そしてその隣にはクルシアまでいる。
ジェーンは低く呟いた。
「あの娘は……法国のパラディン。でも意味がわからない状況になってるね」
目付きが鋭くなる。法国で何が起きたのか、まるで理解できないからだ。
ガイルはスカイドラゴンから降りると、ティルシーを担ぎながら歩いてくる。
「よぉ。待たせたな……」
レイズは軽く手を上げた。
「ああ、お帰りガイル。いろいろ聞きたいことがありすぎるが……とりあえず説明してくれるか?」
ガイルは肩を鳴らす。
「ああ。とりあえずこの女はエルディナって魔女だ」
そう言ってティルシーを乱暴に地面へ降ろす。
「それで一緒についてきてるのが、無自覚だがダルクって魔女の生まれ変わりみたいなやつだ」
レイズは眉を上げた。
「エルディナとダルク……?」
そして少し考え、
「アルティナじゃなくてか?」
ガイルは頭を掻く。
「アルティナって言うと微妙なんだがよ。あいつはレアリスに連れてかれた」
レイズが聞き返す。
「微妙?」
クリスが前へ出た。
「さて、レイズ様。この魔女達をどうしますか?消しますか?」
レイズは少し考え、首を振る。
「エルディナとダルクだろ……。聞きたいことがある」
エルディナはレイズをじっと見つめた。
「あなたがレイズ……ですか?」
レイズは肩をすくめる。
「ああ……レイズってことになってる」
エルディナが困惑する。
「へ……?」
お互いに意味のわからない出会いだった。
ガイルが腕を組んで言う。
「おい。アルティナはもういなくなったんだよな?」
エルディナは顔を曇らせた。
「アルティナお姉様は……いなくなったってのは、正直私だってもうわからないわよ……」
ガイルが舌打ちする。
「はぁ?ジークってやつと混ざって、あいつの意識は消えたんだろ」
エルディナは首を振る。
「禁忌をおかしたことなんて今までなかったから……。私だって……ウルティアならわかったかもしれないけど……」
レイズが手を上げて話を止めた。
「とりあえず何があったのか詳しく知りたい。ガイル、聖国で何かあったのか?」
ガイルはため息をつく。
「ああ……ジークって野郎が暴れてやがってな」
腕を組みながら続ける。
「それでこの女の仲間たちが応戦してるところに俺が乱入した。ひでぇ有り様だったぜ」
ジェーンが叫ぶ。
「どういうこと!?クルシア!それにティルシー!何が起きたの!?」
クルシアが答える。
「ジークっていう無差別な男が、聖国の民を無差別に殺したのよ。だから私たちは聖国を助けに行った」
そして歯を食いしばる。
「そしたら……ジークだけじゃない。ティルシーが……アルティナって女に乗っ取られて……」
声が震える。
「アルティナって魔女が出ていったと思ったら、今度はこの女に取られたのよ!!」
レイズは頭を抱えた。
「意味が……わからないな……」
ガイルが思い出したように聞く。
「おい、ルイスはここにはまだ戻ってねぇのか?」
レイズは首を傾げる。
「そういえば世界樹に行ったきり……だな」
ガイルは低く言う。
「ハルバルトってやつが殺されて、アルティナに操られてた」
レイズの顔が固まる。
「ハルバルト……って確か、ルイスの……」
ジェーンが絶叫する。
「ハルバルト!?ハルバルトが殺された!?」
アリスが泣き出す。
「ハルバルト……ハルバルトが……嘘だ!!嘘つき!!」
ガイルは淡々と言う。
「ジークってやつが殺して、その魂をアルティナが使いやがった。もうめちゃくちゃだったぜ」
ジェーンは震えながら叫ぶ。
「なら!!そのジークって男はどうなったのさ!!」
ガイルが苛立って言う。
「だからレアリスに連れてかれたって言ってんだろ!!」
レイズが静かに言う。
「整理する」
そして呟く。
「っていうか……俺はジークってやつを知ってる」
エルディナが驚く。
「なんで……知ってるのよ……?」
レイズは淡々と答える。
「アルティナが最初に世界を荒らしたのはジークの魂を使ってたからな。……ってかジークとかいたな……そういえば。この世界だとまだ生きてるのかあいつ」
エルディナが怒鳴る。
「なんでそんなに私たちのことを知ってるのよ!!」
リリィを見る。
「リリィ!?あなたね!!」
レイズが止める。
「リリィはジークも知らない。お前たちがやろうとしたことも知らない」
エルディナは震えながら言う。
「じゃあなんで……あなたが……ウルティアを消したのよ!!」
レイズは静かに答える。
「魔女を放置することなんてできないからに決まってる」
エルディナが叫ぶ。
「どうして!?私があなたたちに何かした!?」
レイズは首を振る。
「何もしてない。でも、してからじゃ手遅れだった」
静かに続ける。
「だからウルティアも消した」
エルディナが怒鳴る。
「意味がわからないわ!!ウルティアはただガイルに会いにきただけでしょ!?」
レイズは少し目を伏せる。
「ガイルに会いにきた。そうかもしれない」
そして続ける。
「でもあいつは解読だ。知れば知るほど、知られれば知られるほど、ただ会いたいは通用しなくなる」
冷たく言う。
「利用できる者を利用する。それがお前たちの在り方だろ」
エルディナが叫ぶ。
「そうよ!!それが私たちの在り方よ!!」
そして睨む。
「でもね、あなた勘違いしてる。私たち魔女は決して悪なんかじゃない!!」
レイズは淡々と答える。
「それは立場の違いでいくらでも変わる」
そして言う。
「ウルティアは可哀想だった。それも本当だ。でもウルティアに利用されるやつはもっと可哀想だと思うのも本当だ」
レイズは続ける。
「それにアルティナもウルティアも、強すぎる権能を持ちすぎている」
そして静かに言う。
「お互いの正義がぶつかるなら、勝った方が正義だ」
エルディナは唇を噛む。
「そう……」
そして吐き捨てる。
「あなた見た目だけはいい男なのに中身は最低ね!!」
レイズは苦笑する。
「ああ。俺は最低かもしれない」
そして言う。
「だからお前も消すつもりでいた」
エルディナが怒鳴る。
「なら早くやればいいでしょ!!」
レイズは首を振る。
「消すつもりでいた、だ」
「エルディナ。それにダルク。お前たちは脅威でもなんでもない」
「消さなくてもいいとさえ思ってる」
クルシアが叫ぶ。
「何を!!魔女は悪よ!!早く消しなさい!!」
ガイルが呆れる。
「おいおい……お前も無意識だけど魔女だろうがよ」
レイズは静かに言う。
「嫌だ。消したくない」
「お前達をアビスホールに還さない」
エルディナは崩れ落ちる。
「どうして……どうしてよ……」
涙が零れる。
「私は……ただジークに生きていて欲しかっただけなのに……」
レイズは言う。
「ジークがそれを望んでない」
静かに続ける。
「ジークはお前たちが作り出した最大の被害者で、そして最悪の加害者だ」
ガイルが腕を組む。
「だがよ……ジークって野郎はレアリスに連れてかれたぜ?どうすんだ?」
レイズは真っ直ぐ言う。
「レアリスが敵になったとしても、俺はジークを捕まえる」
「そしてアルティナもだ」
ガイルが呆れる。
「おいおい、らしくねぇぞ。捕まえてどうすんだよ」
レイズは迷わず答える。
「ジークは消す」
「アルティナも消す」
静かに続ける。
「もう取り返しのつかないことをしている」
ガイルは頷く。
「ああ……あいつらは絶対消さなきゃいけねぇ」
そして睨む。
「だがな!!お前忘れたわけじゃねぇだろ!?レアリスがどれだけやべぇのか!!」
レイズは平然と言う。
「ああ。レアリスには正直勝てるとは思ってない」
ガイルが呆れる。
「じゃあなおさらじゃねぇか……」
レイズは言う。
「レアリスは俺たちを敵とは見ない」
「敵も味方もないからな」
そして静かに言う。
「俺たちが一方的に敵にするだけだ」
ガイルが聞く。
「アルバードの連中はどうするんだよ?」
レイズは淡々と言った。
「それなら心配するな」
「俺はもうアルバードじゃない」
ガイルが怒鳴る。
「はぁぁ!?てめぇが一番アルバードだろうがよ!!」
レイズは静かに言う。
「俺はもうレイズじゃない」
ガイルは呆然とする。
「何言ってやがる」
レイズは言った。
「俺は俺のやり方で皆を救う」
「だから皆を巻き込むつもりはない」
ガイルが怒鳴る。
「てめぇいくら強くても限度があるだろ!!」
レイズは小さく笑った。
「限度……か」
そして言う。
「そんなもの俺にはもうない」
ガイルは頭を抱える。
「お前そのセリフ絶対アルバードの連中に言うなよ!!」
レイズは言う。
「もうみんな知ってる」
「だからあとは動き出すだけだ」
そして静かに言った。
「ガイル、お前の情報で俺の方針は決まった」
視線が鋭くなる。
「まずはレアリス」
「そしてアルティナとジーク」
「――あれは絶対に消すべき存在だ」
エルディナは静かに呟いた。
「そう……」
その会話を聞いていたニトは、白い空間でその出来事をレイズとウルティアに伝えていた。
「――そういうことで、急いであちらに戻らないといけない」
ニトはいつもの調子で言ったが、その声の奥にはわずかな焦りが混じっていた。
レイズは腕を組み、眉を寄せる。
「何考えてる……そんな行動、誰も望んでないだろ……」
ニトは肩をすくめた。
「ぁあ、完全に自我と役目の暴走とも言えるね。レアリスと敵として見てる場合じゃない。だから僕が教えなくちゃ、このまま彼に任せていたらまた取り返しがつかないことになる」
ウルティアは顔を曇らせる。
「エルディナ……それにダルクも……私はここにいるのに……」
ニトはゆっくりと彼女を見る。
「そうだね。ウルティア……ジークを作り出したのは君だね?」
その声は、今までよりも低かった。
ウルティアの肩がびくりと震える。
「ジークを作ったのは……作ったんじゃ……」
言い訳を探すような言葉は、途中で止まった。
ニトは静かに続ける。
「ジークは聖国へ手を出した。そして僕が選んだハルバルトまでも殺した。ほんとにやってくれるよね?」
白い空間が、わずかに冷えたように感じられる。
ウルティアは目を伏せる。
「ち、違……くない……。私やアルティナお姉様が……私のせいで……」
ニトはゆっくりと言った。
「人の体を乗っ取ること。そして魔女の望みを叶えること。それはこうして、敵にしなくていいものを敵にする。これはそういう結果だ」
そして視線をレイズへ向ける。
「レイズ。わかったね? 約束だ。僕をあちらへ戻してくれ。今ならまだ、間に合う」
レイズは少し黙り込んだ。
やがて、低く言う。
「……ぁあ。ニトに任せてもいいのか?」
ニトは小さく笑った。
「任せるもなにも、ここのことを説明できるのは僕しかいない」
そして指を折るように言う。
「君がまだちゃんと無の世界にいること。ウルティアがまだいること。そしてディアブロがいること。それら全部を伝えてくる」
少しだけ間を置く。
「そして、この物語の終わりを……役目を、彼に、レイズに伝えてくるから」
レイズは目を閉じた。
「……ぁあ。悪いけど、俺には何もできないからな」
ウルティアは小さな声で言う。
「私……ニト……ごめんなさい……。あなたの国を……めちゃくちゃにしたのは……」
ニトはその言葉を聞いて、少しだけ表情を和らげた。
「ウルティア。前の君なら、僕も容赦はしなかった」
そして続ける。
「でもこうしてここで君に会えた。そして君の本心もちゃんとわかっている」
優しく言った。
「だから……良かったね?」
ウルティアは戸惑う。
「良かった……って……」
ニトは肩をすくめる。
「僕は君たち魔女の敵にはならないよ」
ウルティアは驚く。
「ど、どうしてよ……」
ニトは穏やかに答えた。
「僕が今のウルティアを気に入ってるからさ」
その言葉に、ウルティアは何も言えなくなる。
レイズが声をかけた。
「ニト。じゃあ……送るからな」
ニトは軽く手を上げる。
「よろしくー」
そして短く言った。
「消えろ」
次の瞬間、ニトの姿は白い空間からふっと消えた。
静寂が戻る。
ウルティアはぽつりと呟いた。
「ニト……わたしのことを……からかってるだけじゃなくて……知ってくれたんだ……」
レイズはゆっくりと言う。
「さまざまなすれ違いや誤解が、取り返しのつかない過ちになることは、俺も知っている」
少しだけ遠くを見る。
「だから、まだ間に合うなら……良かったな」
ウルティアは戸惑う。
「な、なにを……」
レイズは静かに言った。
「俺は……間に合わなかった側だからな」
その言葉に、ウルティアは何も言えなくなる。
白い空間の中で、ただ沈黙だけが残った。




