帰還。そして還す。
レイズは重い足取りで、レアのもとへ向かった。
レアがいる部屋の前にはリアノが立っており、深くお辞儀をする。
「リアノ……いま、どうなって……?」
リアノは小さく息を吸い、落ち着いた声で答えた。
「いまはイザベル様と、お話をされています」
「そうか……」
レイズは短くうなずき、扉に手を添える。
軽くノックをした。
「レイズ。俺だ」
すぐにレアの声が響く。
「ちょうどイザベルとも話が終わったところだ。大丈夫だぞ」
凛とした声だった。
あまりにも落ち着いている。
その声の硬さに、レイズは思わず顔をうつむく。
そして扉を開け、部屋へ入った。
レアは一言だけ言った。
「そうか。俺に会いに来てくれるのは、これで全員か」
納得している様子だった。
最初から、そうなることを知っていたかのように。
レイズは言葉を探しながら口を開く。
「レイズ……みんな、それぞれの思いで……
ちゃんと、おまえのことを考えた上で……
その、遠慮して……」
レアは遮るように首を振る。
「大丈夫だ。こうなることはわかっていた」
それから、話題を切り替える。
「それで、俺を消す方法についてだが」
淡々と説明が始まる。
方法。手順。必要な協力者。
レイズも、イザベルも、リアノも、暗い表情でそれを聞いていた。
本物が目の前にいるのに。
その本物は、アルバードに帰還したことを喜ぶこともなく、あまりにも淡々としていた。
レアは言う。
「つまりだ。リリィという人物に協力してもらいたい。頼んでもいいか?」
レイズは希望を託すように言う。
「リリィが断れば?
なあ、レイズ。急ぐ必要はないだろ。
レアリスが……
レアリスがなにもしないうちは、レアとしてここにいたらいいんじゃないのか?」
レアは、わずかに目を細める。
「そうもいかない。レアリスはもう気づいている。
それに、ここの光景は……
俺にとって、あまりにも場違いすぎる」
「そんなことないだろ……」
レイズの声が震える。
「ここは……おまえの居場所だ。
アルバードは、おまえの場所だ!
おまえが立つべき場所だ!
俺じゃない!
おまえこそが……!!」
レアは強く言った。
「そんな言葉を吐くな。イザベルとリアノの顔を見ろ」
イザベルは涙を浮かべながら首を振る。
「そんなこと言わないで……」
リアノは必死に言う。
「私はどちらも……ここにいるべきです……」
「ぁぁ……すまない」
レイズは息を吐く。
「でも……
そうじゃなくてさ……」
レアは静かに言った。
「もう言うことはない。
そうだな。ここではない場所で話さないか?」
「どこだ……?」
「ついてくればわかる」
レアはリアノへ視線を向ける。
「リアノ。絵を持ってくれ。頼む」
リアノは震えながら、絵を抱えた。
そうして、レアの案内のもと、三人は屋敷の外へ向かう。
夜気が肌を撫でる。
外は静かで、音がやけに遠い。
レア以外の足取りは重かった。
だが、レアの足取りだけが軽い。
まるで、すでに覚悟が終わっている者の歩き方だった。
レアは立ち止まる。
「着いた。ここだ」
レイズは視線の先を見て、息を飲む。
「ああ……そっか。そうだよな」
イザベルも小さく呟く。
「ねぇ……やっぱり……」
リアノも震える声で言う。
「そうです……。やっぱり、みんなの前で……」
レアは静かに言った。
「ここで話せれば、それで充分だ」
辿り着いた場所。
メルェ。
ヴィル。
セバス。
リリアナが眠る場所。
四人の墓だった。
レアはじっと墓を見つめる。
「魂として、そこにいる気がしないか?」
その問いに、レイズは頷く。
「ああ……きっと、いるはずだ」
イザベルは堪えきれずに言う。
「ねぇ……明日でも……」
リアノも声を上げる。
「そうですよ!!
今じゃなくてもいいじゃないですか!」
だがレアは、冷静にお願いをする。
「リリィを呼んできてくれるか? リアノ」
リアノは震えながら、首を振った。
「嫌……
たとえレイズ様の命令でも、それは……嫌……」
イザベルも堪えた声で言う。
「ねぇ……
そんな残酷なことを私たちに頼まないでよ!!」
レイズは一歩前に出る。
「俺が呼んでくる。
リリィを呼んでくるから」
そして、二人に視線を向ける。
「だから、三人で話しててくれ」
レアは短く言った。
「ありがとう。レイズ」
レイズは小さく唇を震わせる。
「レイズは……おまえだよ……」
そう言い残し、レイズはリリィのもとへ向かった。
残されたのは、レアと、イザベルと、リアノ。
レアは墓前に立ち、静かに口を開く。
「さてと……イザベル、リアノ。
さっきも話をした通りだ。
俺は、すでに死んだ身だ。
ならば、死んだ者がこうして墓となり、眠るのも……筋だろう」
イザベルは震える声で問う。
「あなたは……レイズも……ここで眠るの……?」
リアノも必死に言う。
「ちゃんとここで、見ていてくれるのですか……?」
だがレアは首を振る。
「違う。俺の場合は、ここじゃない。
どこかは言えないが……はっきりわかることがある」
イザベルとリアノは息を飲んだ。
レアは淡々と告げる。
「俺は本来あるべき場所へ。
そして、残りの魂があるべき場所へ行くことになる」
イザベルは唇を噛む。
「結局どこかわからないわよ……」
「ああ。俺の魂の殆どは、レアリスがすでに送ってくれている。
だから、そこに行くことになるだろう」
イザベルは、ふと口にする。
「リリィの……魔法は……
アビスホールって言ってたわよ……?」
「なら、そこが行き着く先かもしれないな」
イザベルは声を荒げる。
「ろくなとこじゃないわよ!!
魔女を送る場所よ!?
絶対まともじゃない!!
レイズ……あなたが……
あまりにも危険よ!!」
レアは首を振る。
「アビスホールがなんなのか、俺にはわからない。
だが、たとえそこが地獄のような場所だったとしても」
その声は落ち着いている。
「それが本来、俺が背負う罪だ」
レアは続ける。
「俺はあまりにも失敗をした。
それは、アルバードが滅びたとかの話ではない。
俺は、たくさんの人も……魔族も……殺している」
言葉が、墓石の前で重く落ちる。
「この世界では違くてもだ。
俺のいた世界では、それだけのことをしている」
レアは息を吐く。
「そんな俺の魂が行き着く先など、ろくなものであっていいわけがない」
イザベルは首を振った。
「それでもよ……
そんなとこ……
自ら行く必要ないわ……」
リアノも叫ぶ。
「だめです!!
だれも……
それにレイズくんも望んでなんかいません!!」
レアは静かに答える。
「誰が望む望まない、という話ではない」
そして淡々と告げる。
「魂に刻まれた罪は、それ相応の場所へ向かう。
それはレアリスも同じだ。
ゆえにレアリスも同じところへ、俺を送る」
イザベルは言葉を失う。
「そんなの……」
レアは、ふと何かを思い出したように言う。
「ひとつ言い忘れたことがある」
「なに……?」
「なんですか……?」
レアは明るい声で言った。
「ただいま」
その言葉を聞いた瞬間、イザベルもリアノも泣き崩れる。
「そんな……
ただいまって言うなら……!
ちゃんとお家にいるべきよ……
ずるいよ……あんた……」
リアノも涙を流しながら言う。
「そうです……
帰ってきたなら!!
ずっといてください!! レイズ様!!」
レアは少しだけ口角を上げる。
「おかえりはないか……」
イザベルは涙を拭きながら、意地を張る。
「絶対言ってやるもんですか……」
リアノは必死に叫ぶ。
「おかえりって言ってほしいなら!!
ここに……!!」
レアはリアノを見る。
「リアノ。その絵を、そこに置いてくれ」
リアノは震えながら首を振った。
「嫌……やっぱり……嫌です」
レアの声が低くなる。
「リアノ。置け」
それは命令だった。
主人の命令。
リアノは震えながら絵を置く。
逆らうことなどできない。
アルバードに仕えた者なら、逆らえるはずがなかった。
そこへ足音が近づく。
レイズとリリィが現れる。
リリィは困惑しながら口を開いた。
「その……レイズ様。
ここで一体、何を……?」
レイズはまっすぐに言う。
「リリィ。辛いことを頼むことになる。
あそこにいるレアを……
レアに……還す魔法を頼む」
リリィは戸惑う。
「あの……魔法ですか……?
何故です?」
その質問に、レアが答える。
「俺の帰る場所が、そこにあるからだ」
リリィは息を呑む。
「あ……あなたは……しゃべっ……え?」
レアの魂の形を見て、リリィの顔色が変わる。
その形は、あまりにもおかしかった。
魂の五体が大きく欠損している。
まるで頭だけしかないような、削られすぎた魂。
「貴方は……何者なんですか……?」
レアは笑う。
「ハハハ。
何者でもない。
ただ、在るべきところを間違えた……
そんな魂だと思ってくれ」
リリィは震える声で言う。
「あなたは魔女……じゃないなら、
魂の回廊に……行くべきでは?」
レイズは眉をひそめる。
「リリィ……その魂の回廊ってのは?」
リリィは説明する。
「みんな死んだら、空より上にある、
大きな魂の流れの中に溶けて、混ざるように集まります。
その道を、魂の回廊と呼んでいます」
そして噛み砕くように続けた。
「簡単に言うと……
そこは魂が浄化され、ひとつの河となる場所です」
レアは静かに言う。
「ああ。それなら、その場所はこの世界に在るべき者の場所だろう。
だが、俺はこの世界には在るべきではない魂だ」
墓前の空気が、さらに冷える。
「だから、アビスホールという場所に送ってくれ」
リリィは首を振った。
「だめです」
リリィは、言い切ってから続けた。
「貴方は……人、ですよね?
アビスホールは、人が向かう場所ではありません」
呼吸が浅くなる。
それでも言葉は途切れない。
「アビスホールが実際にどんなところか……
それは私にもわかりません。
あそこは、魔女たちの……『母』と呼ばれる方がいる場所です」
リリィは目を伏せる。
「母の元へ還る。
そういう意味で、魔女を……
アビスホールに還す場所」
そして、震える声で言う。
「ましてや人が……
人を還す……そんな場所じゃありません」
レイズは、胸の奥が冷たくなるのを感じながら問う。
「リリィ……ディアブロは、そこに還していたよな……?」
「はい」
リリィは即答した。
「あの方は……魂を見て理解しました。
あの方は……魔女と同じ……
根元から生まれた魂だと……すぐにわかりました」
レイズは呟く。
「ディアブロは……何者なんだ……」
「私にもわかりません……。
でも、あの方はアルティナ様とも混ざっていました。
なので、アビスホールに還すという選択肢しかありませんでした……」
レアは落ち着いて言う。
「レアリスに、すでに大半は送られている。
なら、レアリスが送る場所に心当たりはあるか?」
レイズは首を振る。
「そんなの、わかんない……。
レアリスはそもそも、魂を還すとか……そういうやつじゃ……」
だが、言葉の途中で何かに気づいたように黙る。
そして、ゆっくりと呟いた。
「……還すなら、レアリスじゃない。
ディアだ……」
視線が遠くなる。
「なら……無の神がいた場所……
無の世界……?」
レアは小さくうなずく。
「ならば、そこだ。
リリィ。頼んでもいいか?」
リリィは、ためらいを隠せず首を振りかける。
「そんな……私は、そんな場所……」
レイズは、低い声で言う。
「リリィ。
ディアは死属性と関係している。
なら、難しく考えなくていい。
ただ『消す』だけをイメージして送る」
レイズは息を吐く。
「たぶん、それが……無の世界へ送るってことだ。
実際、いままで俺も……消すだけを考えて、魔力とかを消してきたから」
リリィは唇を噛み、最後にうなずいた。
「……わかりました。
では、やってみます……」
レイズは、レアに視線を向ける。
「なぁ、レイズ……
いや。もう決めているんだもんな」
レアは答える。
「そうだ。決めている」
そして、レイズにだけ聞こえる声で言った。
「レイズ。最期だ。
本当にありがとう。
そして……さよならだ」
イザベルは涙を流しながら、もはや何も言えない。
リアノはレアを抱き締める。
レアは、困ったように言う。
「リアノ。気安く触るなど……
……まあ、いい」
レアは、短く言った。
「それでは、リリィ。頼んだ」
リリィは不安げに視線を彷徨わせる。
「レイズ……?
レイズ様が二人……どういうこと……?」
レアは淡々と返す。
「気にするな。
別の世界から来たレイズ。
そう思えばいい」
「別の世界……
ですか……」
リリィは、深く息を吸った。
「わかりました……
それでは……
始めます」
ゆっくりとレアに手を当てる。
そして魔法を唱えようとした、その瞬間。
別の方向から声が飛び込んだ。
「レイズ様!!!」
リアナだった。
「レイズ様!!!!
おかえりなさいませ!!」
レアは、笑う。
「……ああ。よかった。
ありがとう」
その声は、ひどく穏やかだった。
あたりを見回せば、何人かの使用人たちが集まっていた。
そして、その中にクリスの姿もある。
誰も言葉を発しない。
ただ見送るために、集まっていた。
レアは小さく呟く。
「なんだ。結局……来たのか……」
そして、ゆっくりと言った。
「みんな……ただいま。
そして……さよならだ」
リリィの声が震える。
「ホワイト……リヴァー……ジョン……」
魔法が発動する。
レアの体が、ぽてりと力を失って崩れた。
意思が、抜け落ちる。
しばらくして、レアは起き上がる。
だが、そこにあるのは――人の目ではなかった。
何事もなかったかのように、走り去ってしまう。
その姿は、ただの白い獣。
レアリスの器として、ただその場を離れていく。
そしてレイズは、レアが言っていた方法を実行する。
それは、絵を焼くことだった。
ずっと、ずっと大切にしていた絵。
それをレアは説明していた。
その絵の持ち主の指示通り、レイズは火をつける。
絵が燃える。
リアノは大泣きした。
その絵は、レイズだけではない。
リアノにとっても、メルェにとっても大切なもの。
だが、理解もしている。
その絵もきっと、
レイズの元へ必ず向かったのだと。
絵が燃え尽きる。
そしてレイズは、リリィに言う。
「リリィ。
この絵にも……同じ魔法を頼む。
燃えて灰になっても、構わない。
最後まで……ちゃんと送ってやりたい」
リリィは小さくうなずく。
「はい……わかりました」
もはや燃えて灰になっていた。
それでもリリィは、その灰に向けて手をかざす。
「ホワイト……リヴァー……ジョン……」
まるで、その絵に宿る、
時という名の魂さえも。
無の世界へ還されるように――。




