アルティナもガイルも動き出す。
その頃――
アルティナは、理解できない光景を眺めていた。
魔女の国に流れ込む、夥しい魂。
砂に横たわる肉体。
首を絞められた少女。
無惨に壊れた依代たち。
「……どうして、こんなに……」
本来、ここは選ばれた魂だけが還る場所。
それが今は、溢れている。
異常だ。
アルティナは駆ける。
魔女しか立ち入れない中枢へ。
そして、止まる。
「……いない」
ジークがいない。
支配し、使役するはずの男が。
その代わりに、横たわる一つの肉体。
エルディナの依代。
息はない。
理解する。
エルディナがジークを解放した。
そして、最初に殺された。
「……まだ諦めていなかったのね」
呆れ。
けれど、その奥に。
ほんの僅かな、痛み。
ただでさえウルティアを失ったばかりだというのに。
ウルティア。
あの子は、最後まで愚かだった。
恋をして。
人に憧れて。
魔女であることを忘れかけて。
それでも――
最後まで、あの子は“優しかった”。
「……本当に、馬鹿」
小さく呟く。
怒りではない。
諦めでもない。
それは、長女としての感情。
魔女の魂が削れ、
均衡は崩れ、
依代候補はほぼ壊滅。
砂漠の向こうから流れ込む魂の奔流。
ジークは動いている。
「ジーク……あなたは解放してはいけなかった」
あの男を殺せるのは、自分だけ。
乾いた笑みを浮かべる。
「でも、少しだけ……」
視線が空へ向く。
舞い散る魂。
その中に、ウルティアはいない。
もういない。
あの子は戻らなかった。
戻れば魔女として彷徨えたはずなのに。
人の魂を選んだ。
それがどれほど不利かも理解したうえで
ふっと、微笑む。
あの子らしいといったら変かしら。
恋に破れ、
それでも誰かを気遣う。
「本当に、愚かで……優しい子」
胸が、わずかに軋む。
だがすぐに消す。
支配の魔女が立ち止まることはない。
「国なんて、なくてもいいわ」
ウルティアがいない魔女の国など、空虚だ。
支配も使役も、どうでもいい。
今はただ。
終わらせる。
ジークを。
そして、この歪みを。
「殺せば殺すほど、あなたは孤立する」
アルティナは空へ舞い上がる。
「そして最後に、あなたは必ず壁にぶつかる」
あの異常な男たちがいる地。
そこへ辿り着けば、ジークは消される。
それは予測できる未来。
「おとなしく私に使われていれば良かったのに」
砂漠を裂きながら進む。
そして、誰にも聞こえない声で。
「ウルティア」
一瞬だけ、止まる。
「あなたが選んだ“人としての生”……無駄にはさせないから…」
それが姉としてできる、最後の支配。
アルティナは笑う。
涙はない。
ただ、決意だけがあった。
アルティナが聖国へ向かう、その頃。
行き違いで――
ガイルはついに砂漠の地へ辿り着いた。
スカイドラゴンの背から、広大な砂漠を見下ろす。
そして。
膨大な魔力を放出する。
「さぁ……出てこい」
空気が震える。
「反応しろ」
魔王の威圧が砂を揺らす。
「捕まえにきたぜ!?……アルティナぁぁあ!!」
大声をあげ、スカイの首を叩く。
だが。
返ってくる反応は、ない。
「……あ?」
静かすぎる。
砂漠に、生者の気配がない。
「なんだ……これ」
スカイドラゴンが低く唸る。
ガイルは地上へ降り立つ。
死体。
死体。
死体。
砂に横たわる人々。
無数。
「……まさか」
眉間に皺が寄る。
「アルティナ……てめぇ……見境なくなったのか?」
怒りが込み上げる。
「なら話は早ぇ」
「もう動き出してやがるな」
「やっぱり消すしかねぇ」
だが。
足を止める。
死体をじっと見る。
「……?」
違和感。
傷が、ない。
損傷が、ほぼない。
即死。
苦しんだ形跡も薄い。
「あいつが殺した……にしちゃあ、よぉ」
アルティナは支配する。
魂を使役する。
もっと歪むはずだ。
もっと乱れるはずだ。
これは――
「あまりにも綺麗すぎる」
死が、美化されている。
整いすぎている。
「魂を暴れさせて殺したなら……こんな静かに死ぬか?」
ガイルの目が細くなる。
「……違うか?」
可能性がよぎる。
だが、どのみち。
「意味のねぇ殺しだ」
拳を握る。
「俺も人のことは言えねぇ」
「俺も殺してきた」
「だがな――」
空気が熱を帯びる。
「てめぇらの思い通りには、絶対にならねぇ」
「全部ぶっ壊してやる」
ふと。
死体の“流れ”を見る。
向き。
倒れ方。
逃げた方向。
「……あっちか」
魂ではない。
肉体の死を辿る。
目的地が見える。
「……おい」
遠くに、建造物の影。
「あそこ……ニトのやろうの……」
目を見開く。
「聖国か!?」
スカイを見上げる。
「スカイ!! 急げ!!」
ドラゴンが咆哮し、一気に空へ舞い上がる。
砂嵐が巻き上がる。
ガイルは歯を剥き出しに笑う。
「クハハハハ!!」
「容赦なく、ぶっ壊す」
怒りの炎が燃え上がる。
だがその奥に。
ほんの僅かな疑念。
(アルティナ……てめぇじゃねぇなら、誰だ?)
それでも構わない。
犯人が誰であろうと。
叩き潰すだけだ。
ガイルは炎をまとい、聖国へ向かった。




