対策と対策は始まる。
その頃――聖国。
教会前の広場には、異様な緊張が漂っていた。
避難させられた民のざわめきは遠く、
残されたのは選ばれた者だけ。
赤と黄の混じる髪の男――エルウィン。
黒髪ショートの女――クルシア。
双子の姉妹の一人、黒髪ロングのティルシー。
ホーリードラゴンから光の槍を降らせた男――クレセント。
そして、
真紅の法衣を纏う聖騎士――グレン。
沈黙が重い。
最初に口を開いたのはエルウィンだった。
「……何をしているのだ、グレン」
静かな声だった。
だが責める色を帯びている。
「こんなに人を集めて……騒ぎにして」
グレンは答えない。
視線は遠く。
だが、握りしめた杖の柄に血が滲み始めている。
「……まだ終わってない」
短い言葉。
エルウィンが眉をひそめる。
「見張っていたのだろう?」
「ああ」
即答だった。
「身体は完全に分解した。
光の拘束も施した。
その後もしばらく観察した。
動きはなかった」
ティルシーが静かに頷く。
「確かに、気配は消えていました」
だがグレンは首を横に振る。
「あれは……バラバラになった程度では死なない」
その一言に空気が変わる。
クレセントが鼻で笑った。
「ならなおさらだ。
動かぬなら死んだ。
終わった話だ」
グレンの指先が、わずかに震えた。
「終わっていない」
低い声。
「殺せないから勝てないのではない」
全員の視線が集まる。
「あれの心を折ることができないから、終わらせられないと言っている」
沈黙。
「死にも痛みにも反応がない。
どれだけ斬ろうが、焼こうが、砕こうが、
あれは“変わらない”」
グレンの目に、あの光景が焼き付いている。
「変わらない狂気は……勝てない」
エルウィンが一歩前に出る。
「落ち着け、グレン。
お前らしくない」
静かだが、圧がある。
「ニト様がいないと、そんなに臆病になるのか?」
グレンの瞳が一瞬だけ揺れた。
「……臆してなどいない」
だが、ほんのわずか。
声に硬さがある。
クルシアがあくびをする。
「ふぁぁ……ほんっと、奇襲で終わるなんてつまらないわ」
ティルシーが即座に睨む。
「クルシア、戦いは遊びではありません」
クルシアはにっこり笑う。
「誰も遊びなんて言ってないじゃない。
私は“理解する”のよ」
彼女の瞳が、妙に輝く。
「戦っている姿を見るとね。
ああ、生きてるって思うの」
その目は、どこか遠くを見ている。
グレンだけが、その視線の異様さに気づいた。
クレセントが腕を組む。
「復活するなら何度でも殺せばいい」
「ニト様の選んだ者を殺したのだろう?」
グレンの表情が歪む。
「ハルバルドは……正しく生きていた」
声が低く沈む。
「あんな簡単に死んでいいわけがない」
沈黙。
エルウィンが息を吐く。
「ジェーンがいれば、違ったのではないか?」
グレンは首を振る。
「あなた方がいても同じだ」
全員が眉を動かす。
「あれには“勝つ”という行為が無意味だ」
クレセントが笑う。
「馬鹿な。
勝てぬ戦いなどない」
グレンが杖を取り出す。
場の空気が凍る。
全員が、それを知っている。
「だからこそ……犠牲は私一人でいい」
ティルシーの瞳が揺れる。
「それは……」
クルシアが細めた目で杖を見る。
「それ使ったら、あなた死ぬわよ?」
「死ぬ」
迷いなく答える。
「だが、あれも閉じ込められる」
エルウィンが冷たく言う。
「その杖はニト様のみが扱うものだ」
「お前に任せることはできない」
「渡せ」
グレンの指が、わずかに強く杖を握る。
「ふざけるな」
「判断は法王様だ」
その言葉に、グレンは黙る。
私情。
否定できない。
ハルバルドの死。
守れなかった後悔。
ジェーンとピスティアの顔。
恐怖。
それが混じっているのも事実だ。
エルウィンが静かに笑う。
「ならこうしよう」
視線が交わる。
「まずは我らが再びまみえる」
「もしも万が一――」
クレセントが笑う。
「万が一などない」
「負けるなら、それこそ大罪だ」
エルウィンも頷く。
「負けるつもりなどないがな。」
グレンは目を閉じる。
彼らは強い。
間違いなく。
だが――
「時間を稼ぐだけでいい」
「遠くへ……できる限り遠くへ引き離してほしい」
クレセントの口元が歪む。
「この星から弾き飛ばせばよいのではないか?」
グレンの瞳が見開かれる。
「……可能なのか?」
「やったことはない」
肩を回す。
「だが全力なら、届く範囲は優位に飛ばせるだろう」
クルシアの瞳がきらきらと輝く。
「星から追い出すなんて、素敵」
「お星様になった彼を、私だけは祈ってあげなくちゃ」
ティルシーが呆れる。
「見えませんよ、そんな遠く」
「わかってるわ」
クルシアの笑顔が、少しだけ深い。
「でもまたみんなが戦うところ見られるんだもの」
「楽しみだなぁ」
その目は、どこか違う。
グレンは一瞬、背筋が冷えた。
エルウィンが言う。
「レイズというやつに協力は求めないのか?」
「距離が遠すぎます」
「間に合わない」
「それに、交流もない」
エルウィンが笑う。
「ニト様に傷を与えた男だろう?」
「なら必ず役に立つ。いつか会ってみたいものだな」
グレンは深く頭を下げる。
「今は…あなた方が唯一の救いです」
「決して無理はなさらずに」
「あなた方も、私も、ニト様に育てられた子なのです…」
エルウィンが肩をすくめる。
「子を名乗るなど恐れ多い」
クレセントが豪快に笑う。
「我らは守るだけだ」
「それが使命」
静寂。
グレンは、杖を強く握りしめたまま。
「……頼りにしています」
ジークは素っ裸のまま、石畳の上に座っていた。
夜風が肌を撫でる。
血の匂いはもう薄れている。
面倒だ。
所詮はその程度の相手。
だが時間がかかる。
何度身体を痛めつけられるか想像するのも面倒だ。
ならば最短で終わらせる。
ジークは指先に魔力の粒子を集める。
微細な光。
それを丸く、静かに収束させる。
本当なら――すぐに救ってやりたい。
だが抵抗するなら、多少は非道も必要だ。
「……仕方がない」
粒子を放つ。
それは音もなく空へ広がり、
凄まじい速度で円形に膨れ上がった。
聖国の内側へ避難を始める人々。
ジークはその群れを静かに見つめる。
すぐには殺さない。
彼らは“人質”になる。そして救われる対象だ。
そして立ち上がる。
裸のまま、一人の男へ歩み寄る。
「おい」
「な、なんだおまえ!? 裸で――」
問答は不要。
ジークは男の口に指を突き入れる。
喉の奥へ。
魔力の粒子を流し込む。
引き抜く。
「ぐぁっ……なに……なにを……!」
ジークは真面目な顔で言う。
「早く避難しろ。できるだけ、早くだ」
次。
また一人。
次。
また一人。
粒子を植え付ける。
そして言う。
「早急に避難しろ」
意味はわからない。
だが恐怖は伝わる。
悪意は感じない。
だがやっていることは狂気だ。
囲まれる。
「おまえ!! なにをした!!」
ジークは指を鳴らす。
パチリ。
植え付けた粒子が一人の男の中で弾けた。
ドサリ。
沈黙。
その場の全員が理解する。
命はすでに握られている。
悲鳴が上がる。
避難が加速する。
ジークは死体から服を剥ぎ取る。
「救われてよかったな。」
淡々と呟く。
歩き出す。
この魔法に名をつける。
――救いの種。
今は救わない。
救うときはまとめてだ。
植えれば植えるほど、
救いを邪魔する者は何もできなくなる。
非道。
だが合理的。
「安心しろ……皆、救われる」
子を抱えて逃げる女に目を留める。
母親だけに種を植え付ける。
「おい」
「なにするの!? やめて!!」
口に指を差し入れ、流し込む。
子供が叫ぶ。
「お母さんに何したの!?」
ジークは平然と答える。
「母親が目の前で死ぬ痛みを学べる機会をやった」
「なんで!? なんで!?」
「君たちを救うためだ」
母親が膝をつく。
「子供だけは……なにも……」
ジークは興味なさそうに視線を逸らす。
「いいから行け」
救いは今ではない。
時間をかけるほど痛みは増す。
汚染は深くなる。
逃げていく背中を見送りながら、静かに考える。
母親が死ぬとき。
子は私を憎む。
だが理解する。
憎むべきは魔女だと。
魔女はすべて殺せ。
それが正しい。
私の行いは正しい。
死んでから救われて、理解すればいい。
ジークは着々と準備を進める。
あまりにも非道な、
“救い”のために。




