ニトとウルティアの会話
会話が多いので、台詞の横に名前のせています。
その頃――白い空間では。
白しかない。上も下も境界もない。
足音も、風も、温度も、時間も。
あるのは、歩くという行為だけ。
ウルティアは歩く。
そして――背後から“気配”がついてくる。
気配の主は、ニトだった。
ニトは、しつこいくらいに話しかけてくる。
それも、ウルティアが答えるより先に、返事をする。
質問を投げて、返事を待つ。
……ではない。
質問を投げて、ウルティアが心で思った答えを拾い、
それを“先に言う”。
会話ではない。
解読され続ける時間だ。
そのいくばくのやり取りに、ウルティアがうんざりし始めた頃――
ニト「ねぇ、ウルティア君はなんでガイルに惚れたのさ?」
ウルティア(……うざい!!)
ウルティア(人の恋に首突っ込まないでよ!!)
ウルティアは心で叫びながら、
表情だけはにこにこ取り繕う。
ウルティア「え……な、なによ急に……」
返事をしようとした、その瞬間。
ニト「へぇ、“人の恋”かぁ」
ニト「でも知りたいな」
ニト「ガイルのどこが?」
ウルティア「うるっさいわね!!あなた!!」
ウルティア「ていうか、勝手に“人の恋”って決めないでよ!」
ニト「えー? 違うの?」
ニト「だって今、心の中で“人の恋”って言ったじゃん」
ウルティア「い、言ってない!!」
ニト「言ってたよ?」
ニト「ほら、今も“言ってないけど言った”って思ってる」
ウルティア「っ……!!」
ウルティア(ほんと腹立つ……!!)
ニト「へぇ、ガイルの旅が好きなとこと」
ニト「長く一緒にいられるってところが、君に刺さったんだねぇ」
ウルティア「……あ、あ……あなた……」
ウルティア(勝手にまとめないでよ……!)
ウルティア(当たってるけど!!)
ニト「うんうん」
ニト「魔王なのに優しいよね、ガイルは」
ウルティア「ちょっとほんとにうざい!!」
ウルティア「なんでそんな軽いのよ!?」
ニト「軽くないよ?」
ニト「君が重いんだよ」
ウルティア「……っ」
ニト「へぇ……でも降られちゃったんだ」
ニト「かわいそー」
ウルティアの胸が、きゅっと潰れる。
魂が涙ぐむという表現があるなら、まさにそれだった。
ウルティア「……うるさい……」
ニト「でもさ」
ニト「たしかにお似合いだと思うけどなぁ」
ウルティア(……でしょ!?)
心が弾む。
弾んでしまうのが悔しい。
ウルティア「……そ、そう思う……かしら……」
口に出した瞬間、急に恥ずかしくなる。
頬が熱い。
ニト「わはははは!」
ニト「自信満々なくせに、言葉にすると恥ずかしいんだ?」
ウルティア「あなたねぇええええええ!!」
ウルティア「っっ、もう!!」
ついに怒ったウルティアは、ニトに掴みかかろうとする。
だが――
ニトが指先を軽く動かす。
トン。
ウルティアの額が弾かれた。
ウルティア「……あう……」
身体が浮くほどではない。
だが、魂がズンと沈むほどには屈辱だった。
ウルティア「……ほんとに……あたし……」
言い返したい。
でも、言葉が追いつかない。
ニト「うんうん。弱いよ」
ニト「すっごく弱いね?」
ウルティアは、なす術もなく、
質問されまくり、心を読まれまくり、
逃げ場のない拷問を受け続けていた。
ウルティア「……あなた、なんの恨みがあるのよ!!」
ウルティア「わたしたち……お姉さまも……」
ウルティア「レアリスにだって、あなたにだって……」
ウルティア「なにもしてないじゃない!!」
ニト「恨み?」
ニト「ないない」
ニトは笑いながら言う。
ニト「レアリスも僕も、別に魔女なんて眼中にはないよ?」
ニト「むしろ、あの世界には残ってもらわないと困るって思ってたしさ」
ウルティア「……でも……レアリスは、私をここに……」
ニト「レアリスじゃないでしょ?」
ニト「リリィって子が」
ニト「それに、指示はレイズだよねー」
ウルティア「なんで……よ」
ウルティア「なんで……私……」
ニトの声が、少しだけ真面目になる。
ニト「自分の体じゃなかったからじゃない?」
ニト「だって君ら、人の体をどんどん奪うじゃない」
ウルティア「そ、それは!!」
ウルティア「それしかわたしたちが、あの世界に生きる方法がないからよ!?」
ニト「生きてなくても魂としては在れるわけじゃない」
ニト「なんで、それ以上を望むのさ」
ウルティア「そ、それは……」
ニト「ふぅーん……」
ニト「自分達で人々を、魔族達を、全部管理したかったんだねぇ」
ウルティア「そ、そんなことは!!」
ニト「でも無理だよ?それ」
ウルティア「……わかってるわよ……」
ニト「だってあの世界には」
ニト「僕でもレアリスでも、予想外なことが起きすぎてるんだ」
ウルティア「それはどういう意味よ……」
ニト「そんなの、君だって同じでしょ?」
ウルティアは、心当たりがありすぎる。
多すぎて、逆に何も浮かばない。
ニト「わぁ、すごい出てくるね」
ニト「うんうん、グレサスね。あれは強いよー」
ウルティア(やめて……)
ニト「あはははは!」
ニト「君グリフォンに乗って王国に行ったの?」
ニト「あはははははは!!」
ニト「アハハハハハアハハハハハ!!」
ウルティアは顔を真っ赤にして、
もはや何も言えず、その場に丸くなり座り込む。
ウルティア「もう……話しかけないでよ……」
ニト「うんうん」
ニト「でも、正解もあるよ?」
ウルティア「……正解……?」
ニト「うん」
ニト「君が会ったレイズ」
ニト「それは、もはや僕やレアリスでも予測できない」
ニト「だって……」
ニト「僕が消えたのも」
ニト「レアリスがディアと混じって生まれたのも」
ニト「彼のおかげでもあり」
ニト「彼のせいでもあるからさ」
ウルティア「意味がわかんないわよ……」
ウルティア「あなたも……レイズも……レアリスだって……」
ニト「そう。そこなんだ」
ニト「レアリスと僕は同等で、対等」
ニト「仲間ってわけじゃないけど」
ニト「長く長く……君たちよりずーっと長く」
ニト「あの世界を見てきた」
ニト「だからさ」
ニト「長い付き合いも長くなりすぎると……」
ニト「ウルティアでいえば、恋に近い関係にもなるのかもね?」
ニト「アハハハハ」
ウルティア「一緒にしないでよね!?」
ウルティア「それに、あたしの恋を馬鹿にしないで!!」
ニト「ごめんごめん」
ニト「で、レイズなんだけど。見ただろう?」
ウルティア「えぇ……見たわよ」
ニト「どうやら、あれが“本当のレイズ”なんだよねぇ」
ウルティア「本当の……?」
ウルティア「なによそれ……」
ニト「分かりやすく言うなら」
ニト「本当のレイズの体に入り込んだ、別の何かさ」
ウルティア「それがそうなら……」
ウルティア「わたしたちと変わらないじゃない」
ニト「違う」
ニト「ウルティアは魔女でしょ?」
ニト「でも彼は違うから」
ウルティア「わたしたちと……違う……?」
ニト「うんうん」
ニト「彼は魔女でも神でもなんでもない」
ニト「そうだねぇ……」
ニト「完全な異世界から来た存在って言ったほうが分かりやすいかな」
ウルティア「異世界……?」
ウルティア「じゃあ、ここやアビスのこと……?」
ウルティア「ディアブロもそうだったし……」
ニト「違う違う」
ニト「ここは異世界じゃないからね?」
ニト「異世界ってのは、まったく別の」
ニト「もっと果てしなくて」
ニト「誰も知ることが出来ないところ」
ニト「今のレイズには、それほどの奇跡がある」
ニト「下手したら」
ニト「そういう意味では、僕やレアリスよりよっぽど珍しいかもね?」
ウルティア「な……なにそれ……」
ウルティア「神様でも入ってるって言うの!?」
ニト「神様?」
ニト「神様なんているわけないじゃない」
ウルティア「いやいや!!」
ウルティア「あなたやレアリスがいるのに!?」
ウルティア「それにアビスの神話クラスの化物だって……!」
ニト「アハハハハハ……」
ニト「話が長くなっちゃうなぁ」
ウルティア「あなたが始めたことでしょ!?もう!!」
ニト「だからさ」
ニト「それを知るために、レイズの首を見つけなくちゃ」
ニト「ね!?」
ニト「すごく気になるでしょ、元解読のなんたらさん」
ウルティア「ウルティアよ!!」
ウルティア「しかももう、その呼び方やめてくれる!?」
ニト「自分でそう名乗ってたくせにぃ」
ウルティアは、恥ずかしそうに目を逸らす。
ウルティア「だって……」
ウルティア「そう言ったほうが……みんな……」
ウルティア「私たちを特別だって思うじゃない……」
ニト「アハハハハハ!!」
ニト「確かに特別だったよ!!」
ニト「忌みの方でさ!」
ウルティア「そんなに……私たち嫌われてたの……」
ニト「少なくとも僕の国では」
ニト「魔女は容赦なく殺せって命じてるくらいにはね」
ウルティア「どうして、そんなひどいこと言うのよ!」
ニト「だって君たち」
ニト「僕の子たちに、ちょっかい出してくるじゃない」
ウルティア「そ、そんなの!」
ウルティア「あなたが出てきたら、出来るはずないじゃない!」
ニト「それがねぇ」
ニト「すでにいたんだよねぇ」
ウルティア「えええ!?誰よ!」
ウルティア「アルティナお姉さまだって……」
ウルティア「エルディナだって、そんなこと……!」
ニトは涼しい顔で言う。
ニト「ダルクさぁ」
ウルティア「……あぁ……ダルクね」
ウルティア「そう……」
どこか、どうでもよさそうに言ってしまう。
ニト「冷たいねぇ」
ニト「でもそうなんだ」
ニト「ダルクは無意識だからねぇ」
ニト「ちょっと戦いが好きなだけだよ」
ニト「だから許してあげてたんだ」
ウルティア「ちょっと……どころじゃないわよ……」
ウルティア「あの子……」
ウルティア「自分が何者かまで忘れるくらいなのよ……」
ニト「だからそれでいいんだよ」
ニト「魔女だってことを忘れるくらい」
ニト「君たちも突き進むことを選べばよかった」
ウルティア「魔女だって……忘れるくらいに……?」
ニト「だって、もう魔女じゃないって言ってたでしょ?」
ウルティア「た、たしかに……」
ニト「普通の恋する乙女をやってたら」
ニト「誰にも迷惑かからないしね」
ニト「その命はそこで終わるかもしれない」
ニト「でも、君の献納は次の子へ順番に回る」
ニト「もちろんウルティアの意思はなくなって」
ニト「権能だけが移り移っていく」
ニト「ってだけだけどね?」
ウルティア「わたしたちは……」
ウルティア「意思も権能も……欲張ってたってこと……?」
ニト「うんうん」
ニト「その証拠が、魂でいつまでも彷徨い続けてたことでしょ?」
ニト「ほんと未練がほーんと魔女らしい」
ニト「良くも悪くもね」
ウルティア「しょうがないじゃない……」
ウルティア「だって……知らなかったんだから……」
ニトはにこにこしながら聞く。
ニト「何を?」
ウルティアは答えない。
無視して歩き出す。
ニト「ふぅーん……」
ニト「それが“人の恋”ってやつだよね」
ウルティア「読むな!ばか!!」
そうして会話は終わる――
……はずだった。
白い空間には、終わりがない。
そしてニトの声もまた、
終わりを許してくれないのだった。




