カイルの始まり。間違えと正しさ
一方――
世界樹へと向かう一団があった。
ルイス。
システィー。
ピスティア。
そしてカイル。
視界いっぱいに広がる巨大な樹。
幹は山脈のように太く、
枝は空を割り、
葉は光を帯びて揺れている。
「……近くで見ると、本当にすごいですね」
ルイスは小さく呟いた。
帝国皇帝である彼ですら、
この圧巻の存在感の前では一人の青年に戻る。
システィーは、その光景を静かに見上げる。
「ようやく……私も、ここに立ち入ることができた」
王国と魔族の争い。
その象徴でもあったこの地は、
王国の王族である彼女にとって、長らく立ち入りを禁じられた場所だった。
兄リオネルの命により。
だが、今は違う。
アルバードが繋いだ未来。
王国と魔族は、すでに修復へと向かっている。
禁忌は、意味を失った。
「こんな場所に……お祖父様がいるんですか……」
カイルは目を輝かせる。
ピスティアは一歩前へ。
「お父様は、必ず連れて帰りましょう」
その声音は、強い。
「そしたら兄弟みんな揃って……わたくし、お食事がしたいんです」
それは小さな願い。
だが何よりも尊い未来。
ルイスはその背を見つめる。
「……そうですね」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私たちも、家族の時間を手にするべきです」
父。
元皇帝。
厳格で、冷酷で、容赦のない存在。
息子も娘も、駒として扱う男。
それを否定し、帝位に就いたのがルイス。
だが。
どれだけ決裂しても、
どれだけ憎しみがあろうとも、
切っても切れないもの。
それが、家族。
ルイスはカイルを見る。
この子に、
王族の“集い”を経験させなければならない。
帝国は独りではないと。
そして父もまた、
独りであってはならないと。
過去の怒りは消えない。
許せぬこともある。
だが。
それらすべてが、
今の自分を形作った。
帝国に覇王は要らない。
必要なのは、
温かく、笑い合える家族の姿。
ならば。
王族が示さずして、誰が示す。
バラバラだった帝国の血筋。
それで家族の尊さを国民に説くなど、
滑稽にもほどがある。
「……私が示します」
ルイスは、静かに決意する。
兄の死も、
過ちも、
決裂も、
すべて受け入れる。
それが帝国の未来へ必要な痛みならば。
そのとき。
システィーが、そっとルイスの手を握る。
「大丈夫よ、ルイス」
「……?」
「私たち王国も、たくさん間違えてきました」
彼女の瞳は、まっすぐ。
「でも、今こうしてここに立てています」
王国の過去。
悔恨の連鎖。
帝国にも引けを取らぬ血塗られた歴史。
だが、それを乗り越えた。
「だから、帝国も必ずうまくいきます」
ルイスは、その言葉を信じる。
信じるしかない。
アルバードが示した奇跡を、
この目で見たのだから。
「……ええ」
「いつまでもレイズ様の恩恵に甘えてばかりではいけません」
ルイスの目が変わる。
「私は仲間ではなく、帝国の王です」
「正しき道を、必ず示します」
システィーは微笑む。
「もう十分、王様よ」
カイルが胸を張る。
「はい!! 父上は僕の誇りです!!」
「必ず父上のように強くなります!」
「それに……師匠のようにも!」
ルイスは苦笑する。
「素直な感想でいいのだけど……どうしてレイズ様を師匠と呼ぶんだい?」
カイルは首を傾げる。
「わかりません!」
「でも……」
「僕に“始まり”を教えてくれた人だと、心が思うんです」
ルイスは、静かに目を細める。
それは、正しい。
本来の歴史。
悪役レイズ。
カイルの最初の敵。
チュートリアル。
だがそれは同時に、
戦い方を、
生き方を、
選び方を、
最初に教える存在でもあった。
間違った師匠。
だが今は違う。
今の歴史では、
正しき導き手としてレイズは在る。
「……本当に」
ルイスは空を見上げる。
「未来でも、レイズ様はカイルを導いていたのかもしれませんね」
それは、自然な確信だった。
世界樹の光が、
彼らを包む。
再生の象徴。
新たな始まり。
魂の深淵で蠢くアビスとは対極にある場所。
だが、物語は繋がっている。
それぞれが、
それぞれの“選択”をしているのだから。




