新たな試み。
ガイルは、ひとつ大きく息を吐いた。
空は青く、雲は低い。
海の上をゆるやかな風が撫でていく。
「……はぁ」
いかに化物じみた体力を持っていようと、疲れるものは疲れる。
魔力を使いすぎれば、体ではなく“魂”が軋む。
それを知っているからこそ、ガイルは無理をしない。
止まるときは止まる。
海に浮かぶ小さな離島。
岩肌がむき出しになっただけの、名もなき島。
スカイドラゴンがゆっくりと翼を畳み、着地する。
その巨体が岩場を揺らす。
「悪ぃな。ちっと休憩だ」
ガイルは、懐から取り出した魔力の塊を、ドラゴンへと放る。
青白く光る塊を、スカイドラゴンは一息で飲み込む。
喉の奥で低く唸る。
満足げな音。
「おまえも、魔力はちゃんと補給しとけよ」
海を見下ろす。
青は深く、底が見えない。
目的は二つ。
魔水晶と、食料。
かつてガイルは“長生きの秘訣”として魔水晶を挙げた。
それは冗談半分、本気半分。
魔水晶は滅多に見つからない。
だが、魔力の消耗を回復するには、それが最も効率が良い。
魔力石では足りない。
ガイルの疲労は、体の問題ではない。
魔力の使いすぎ。
魂の摩耗。
「……さて」
服を脱ぎ捨てるように、海へと身を投げた。
ざばぁん、と水柱が立つ。
冷たい。
だが、それが心地いい。
海の中を、ものすごい速度で泳ぐ。
魚の群れが散り、海流が渦を巻く。
普通の人間なら、圧で潰れる深度。
だが、ガイルは笑っている。
「クハハ……やっぱ海はいいなぁ」
陸にはない未知。
空とは違う、重くて濃い世界。
海底へ、さらに潜る。
魔物の気配が多い。
だが逃げる者はいない。
命知らずなど、この深海には存在しない。
深く、暗い。
そこで――巨大な“貝”を見つけた。
岩のように鎮座している。
「……へぇ」
シェルディル。
貝に擬態する魔物。
不用意に近づけば、鋭い毒針を放つ。
そしてもう一種の触覚が獲物を刺し、返しで抜けなくする。
逃げられない。
溺れるまで締め上げられる。
「こいつがいるってことは……」
魔力の濃度が高い証拠。
ガイルは無造作に近づいた。
シェルディルは即座に反応する。
殻がわずかに開き、二種類の触覚が姿を見せる。
撃つ針。
刺す針。
水流を裂き、放たれる。
ものすごい速度。
だが。
「遅ぇ」
ガイルは笑いながら、飛んできた針を掴む。
水の中で、だ。
そして逆手に投げ返す。
触覚へと突き刺さる。
殻が閉じようとするが、閉じきれない。
もう一方の刺す針が迫る。
ガイルはそれも掴み、引き抜く。
シェルディルは理解する。
相手は捕食者だ。
ならば――自壊覚悟で閉じる。
触覚ごと挟み込み、切断する勢いで。
だが。
ガイルは引き抜いた刺し針を、その隙間にねじ込む。
「ほらよ」
ぐりぐりと、えぐる。
紫色の液体が噴き出す。
血ではない。
魔力の液。
海が染まる。
ガイルは腕を突っ込み、殻をこじ開ける。
身を引き剥がし、手刀で裂く。
内側に、真珠のような玉。
大きく、丸みを帯び、銀色に紫の光を宿す。
「お、上等じゃねぇか」
それを掴み、身とともに浮上する。
水面を破る。
「ぷはぁ」
岩場へ戻ると、スカイドラゴンへ身を放る。
ぱくり。
一口で飲み込む。
喉を鳴らす。
「美味ぇか?」
満足げだ。
真珠の玉は、鞍のポケットへとしまう。
「……あれ加工すりゃ、そこそこ綺麗なもんになるだろ」
誰かへの土産。
きっと喜ぶ。
だが。
「……なんで俺はこんなことしてんだ?」
魔水晶が目的だったはず。
答えは出ない。
ただ。
無意識に浮かぶ。
帰る場所。
ルル。
当たり前のように。
「ハッ。べつに俺の帰る場所じゃねぇだろぉがよ」
そう言い捨て、再び海へ。
海は楽しい。
未知を知るには最高の環境。
そして。
さきほど流れ出た魔力の残滓に、魔物が群がる。
ガイルは、全身から水玉を作る。
鋭い水の弾丸。
そこへ雷を複合。
轟音とともに一掃する。
魔力の液が、海を染める。
ガイルは、無意識に手を向ける。
吸い込む。
魔力が体内へ流れ込む。
一瞬。
視界が、二重に揺れた。
深海が、赤く見えた。
鼓動が一拍、ズレる。
「……?」
だがすぐに元に戻る。
ガイルはそれを“魔法の応用”だと思い込む。
「クハハハ……俺にもできるじゃねぇかよ」
ディアブロほどではない。
だが、補充はできる。
新たな方法。
長生きの秘訣。
ここに、生まれる。
ガイルは気付いていない。
それが何を意味するのか。
魂が、選ばれた形をしていることを。
海の底で、わずかに波紋が広がる。
見えない何かが、彼を見ている。
ガイルは、さらに深く潜った。
知らない。
だが、確実に進んでいる。
選んでからが始まり。
それは、彼も同じだった。




