悪役レイズの体
ウルティアはニトについていく。
白の中を進むと、やがて――そこだけ輪郭のある“何か”が見えてきた。
白いのに、そこだけは白ではない。
そこだけは、妙に“重い”。
「ねぇねぇ、ウルティア」
「君は、あれが何かわかる?」
ウルティアは目を凝らし――息を呑んだ。
首から下しかない、魂の体。
輪郭はぼやけているのに、存在感が異様に強い。
どっしりとした胴体。
丸みを帯びた腹。
腕はあるのに、手の先が曖昧で、指の数すら定かではない。
「……なんていうか……太ってるわね……」
思わず出た言葉に、ニトが吹き出す。
「うんうん。男の体は正解かな」
「それくらいわかるわよ……!」
「で、だれなのよ!? これ!」
ニトは、嬉しそうに目を細めた。
「聞いたら驚くよー?」
「あなたのせいで散々驚いたわよ……」
「もうやめて……ほんとに……」
ニトは、さらっと言った。
「レイズ」
ウルティアの思考が、一瞬、止まる。
「……は?」
「レイズなんだよ、これ」
「はぁぁぁ!?!?」
声が裏返った。
白に吸われて、音だけがやけに虚しく響く。
「なに言ってるの!?」
「レイズは私だって見たわ! 生きてた! 喋ってた!」
「でも!! こんな体じゃない!!」
ニトは、当たり前の顔で返す。
「ここに肉体なんてないでしょ?」
――そうだ。
ここは魂の場所だ。
肉体はない。
なのに“太っている”という情報が残っている。
それが、逆に気持ち悪いほどリアルで――怖い。
「じゃあ……なんでこんな……」
「首から上もないじゃない……!」
ニトは、ふわりと笑う。
「だから探してるんだよ」
「僕だって首から上を探してるんだー」
軽い口調のまま、残酷なことを言う。
「でもここにはないみたい」
ウルティアは、首のない胴体を見つめた。
首がない。
頭がない。
つまり――思考がない。
自我がない。
言葉がない。
それは、まるで――“役割だけが残った殻”。
ウルティアの胸が、どくりと鳴る。
レイズ。
悪役。
本来のレイズ。
自我を失った魂。
(……これが……)
ディアブロが言っていた。
『魂は砕かれる。記憶は溶ける。意志は剥がれる。最後に残る執着だけが形を与えられ――』
執着。
役割。
器。
ウルティアの背筋が冷えた。
「……なんで、ここにあるのよ……」
「……なんで、あなたがそれを……見せるの……」
ニトは、少しだけ真面目な目をした。
幼い顔の奥に、年齢の概念がない“何か”が覗く。
「さぁ?」
「でもね」
ニトは、首のない魂の隣に、しゃがみ込む。
その仕草だけで、この場が“彼の庭”だと分かってしまう。
「君が探してたのって、これじゃない?」
ウルティアは、言い返せなかった。
だって――宝を探していた。
可能性を探していた。
そして見つけたのは、世界の核心に繋がりそうな“レイズの欠片”。
でも、恐い。
この魂が何を意味するのか。
なぜ首がないのか。
首はどこへ行ったのか。
そして――なぜ、ニトがそれを探しているのか。
ニトは笑う。
「面白いでしょ?」
「解読の魔女が、解読できないものに出会うなんてさ」
ウルティアは歯を食いしばる。
「……私、解読の魔女じゃない……もん」
そう言った瞬間、ニトの笑みが少しだけ柔らかくなった。
「うん。だから許してあげたんだよ」
「“人”を選んだウルティアだからね」
ウルティアは、首のない魂を見つめ直す。
――レイズ。
首がないのは、偶然じゃない。
ここには“首”がない。
つまり、首は別の場所にある。
別の空間にある。
別の“誰か”の側にある。
ニトは、まるでウルティアの思考を待っていたかのように、明るく言った。
「ねぇねぇ。ウルティア」
「ここからが本番だよ?」
ウルティアは、息を呑む。
息の感覚はないのに、“呑む”という反応だけが起きる。
「……な、なによ……」
ニトは、にこにこしたまま告げた。
「首を探しに行こう」
「見つけたら――君、また驚くよ」
「……もう驚きたくない……」
ぼやくウルティアの言葉に、ニトはまた、あの台詞を繰り返す。
「やだなぁ。怖がらないで?」
――余計に怖い。
ウルティアは心の中で叫び、そして、首のないレイズの魂を最後にもう一度見つめた。
そこには、自我がない。
言葉がない。
でも確かに、“レイズ”の輪郭だけが残っている。
それはまるで、世界が“何かを取り落とした”証拠だった。
ウルティアは、白い空間で初めて――目的を持って歩き出した。
寂しさよりも、恐怖よりも、強い衝動。




