ぴんっとした髪
「それじゃ、お義父さん。また」
軽く手を振るレイズ。
ガルシアは腕を組み、少しだけ眉を寄せた。
「ずいぶんと……あっけないな」
その言葉に、イザベルが笑う。
「こういうときのレイズはすごく調子がいいのよ。たくさん寝て、いろいろ吹っ飛んだの」
「そ、そうなのか……」
ガルシアは頷きながらも、視線が一点に固定される。
「だが……あの髪型のままでいいのか?」
レイズの頭頂部。
中央だけが、ぴんっと天を指している。
イザベルは腹を抱えて笑う。
「だって、なにしても直らないんだからいいじゃない」
レイズは真剣だった。
水で濡らす。
乾かす。
押さえる。
戻らない。
「クリス! 氷で固められないか!?」
「ハッ! レイズ様!」
氷属性で一瞬固定。
解ける。
元通り。
「……重りだ!」
小さな金具をそっとつける。
ぴん。
重りが外れて床に落ちる。
「……」
何度やっても、ぴん。
レイズはしばらくそれを見つめたあと、ぽつりと呟く。
「まぁ……触覚みたいで悪くない」
その一言で、すべての試みが終了した。
イザベルは声を出して笑い、
クリスは神妙に言う。
「無理に力を封じなくとも……」
「こりゃぁ……ただの寝癖ってわけじゃなさそうだね」
ジェーンが目を細める。
リリィが小さく手を上げる。
「あの……みなさん……あれは……寝癖ではなくて……」
「まぁよく似合ってはいるよね?」
ジェーンが畳みかける。
「リリィもそう思うかい?」
「は、はい! とても似合って……って、そういうことじゃなくて!」
レイズは満足げに頷く。
「よし。みんな出発だ!!」
「ハッ!! レイズ様!」
「わーい! かえれる!」
「クリアナが寂しがってるよね!」
「うん! 帰ったらたくさん遊ばないと!」
庭に響く、賑やかな声。
その少し離れた場所。
馬車の中で、ガイルが小さく呟く。
「さっさとしろよ……あほどもがよ……」
だがその声は、どこか安心した響きを含んでいた。
やがてそれぞれの馬車に乗り込む。
「ガイル、またしたな」
「ぁあ? 待ってねーぞ別に……ってか、なんだその髪」
「ぁあ、これか。寝癖だ」
「治すくらいしろよ!?」
即答。
「ガイル……あれは寝癖などではない」
クリスが真顔で言う。
「覚醒だ。レイズ様は覚醒されたのだ」
「は? 覚醒? 何がどう覚醒したっていうんだ?」
リリィが慌てる。
「ですから……覚醒でも寝癖でもなくてですね……」
レイズは肩を回す。
「まぁ、確かに力が漲ってる感じはするな。走って帰るのもありだな」
「それでしたら……私もお供します!」
「ガキかよてめぇらは……」
ガイルは額を押さえる。
だがその視線は、ほんの一瞬だけレイズの髪に戻った。
違和感。
ほんの僅かな、魔力の揺らぎ。
しかし、それを言葉にすることはなかった。
レイズはふと振り向く。
「それでリリィ、なんだ?」
「い、いえ……なんでもありません……」
リリィは小さく俯く。
だが、その瞳だけは、はっきりと見ていた。
あの髪の先端。
そこに微かに絡みつく、自然とは違う気配。
――ニトの一部。
ほんの、ほんの僅か。
気のせいかもしれない。
だが。
レイズの“中”で、何かが整い始めている。
馬車は動き出す。
賑やかな声とともに。
世界はまだ、平穏を装っている。




