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【悪役転生 レイズの過去を知る 】―俺だけが知る結末を、今度こそ覆す―  作者: くりょ
新たな始まり

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空っぽなジーク

ジークは、薄く笑みを浮かべていた。


 山を越え、谷を裂き、魔物の気配を薙ぎ払いながら。

 あまりにも、自身の目的を妨害できる存在がいないことに。


 弱い。


 あまりにも弱い。


 剣を振るえば、肉が裂ける。

 視線を向ければ、殺気だけで竦む。

 足を止める理由が、どこにもない。


 殺す。

 そして、殺す。

 殺しまくる。


 だが。


 殺しは決して楽しくはない。


 血の匂いも、断末魔も、骨の砕ける感触も。

 もう慣れきっている。

 そこに愉悦はない。


 それでも。


 殺せば殺すほど、すべてが救済される。


 そう信じている。


 魔女の汚れを。

 この世界の歪さを。


 この世界は、あまりにも汚い。

 汚れきっている。


 魂を奪われながら、それを祝福と呼ぶ者がいる。

 身を捧げることを、崇高と呼ぶ者がいる。


 気持ちが悪い。


 あまりにも。


 そして彼は、知らない。


 自分が魔女の依代候補となっていることを。


 自分の魂が、器として“値踏み”されていることを。


 だからこそ、殺す。


 だからこそ、魔女の逃げ道を塞ぐ。


 逃げ場をなくせば、寄生もできない。

 器がなければ、顕現もできない。


 それこそが復讐であり、

 それこそが救いだと、彼は信じている。


 だが。


 ジークの目的も、行動も、

 その中心は空っぽだった。


 復讐の核は、とうに砕けている。


 母。


 あの夜。


 乗っ取られた母の瞳。

 違う声。

 違う笑い方。


 そして――自らの手で殺した。


 忘れられるはずがない。


 刃が触れた感触も、

 崩れ落ちた体温も、

 最期に戻った“母の表情”も。


 母の名を奪われた。

 母の存在を奪われた。


 それがどれほどの絶望か、

 当事者でなければわからない。


 なのに。


 どうだ。


 自ら望んで、魔女に宿ってもらうことを願う異端まで現れる。


 笑って。

 誇らしげに。

 「選ばれたい」と。


 あまりにも気持ちが悪い。

 あまりにも許しがたい。


 すべてが、すべて、気持ちが悪い。


 ジークの歩みは止まらない。


 踏みしめるたびに地が震え、

 魔物の気配が霧散する。


 彼は救っているつもりだ。

 浄化しているつもりだ。


 だがその救いは、

 あまりにも歪で、

 あまりにも独善的で、

 そして――あまりにも孤独だった。


 やがて山の向こうに、わずかに映る。


 国。


 聖国の塔が、遠く霞む。


「……懐かしいな」


 口元が歪む。


 懐かしい。

 そして、汚れている。


「大丈夫だ」


 誰に言うでもなく、呟く。


「いま終わらせてやる」


 笑顔がこぼれる。


 また殺せる。

 また救える。


 救いという名の、破壊。


 あまりにも歪すぎる正義。

 あまりにも空っぽな目的。


 その復讐は、

 だれにも受け入れられるわけがない。


 だが。


 そんな男にも、

 ひとつだけ確かなことがある。


 ――この男は、非常に強い。


 強さだけは、本物だった。


魂となったエルディナは、静かにジークの背後を漂っていた。


 触れられない。

 届かない。

 声も、温度も、何一つ伝わらない。


 それでも、彼のすぐそばにいる。


 それだけで、満たされる。


 ジークは迷いなく進む。

 山を越え、魔物を斬り伏せ、血を浴びながらも足を止めない。


 その背中を、エルディナは見つめる。


 哀れだと思う。


 母を失い、

 復讐に取り憑かれ、

 殺すことでしか世界と向き合えなくなった男。


 それでも――


 どうしても、ジークだけには生きていてほしい。


 それは愛なのか。

 執着なのか。

 欲望なのか。


 エルディナ自身にもわからない。


 ただ確かなのは、

 ジークが消える未来だけは、許せないということ。


 アルティナの監視も、

 ウルティアの干渉も、

 いまは届かない。


 いまなら、誰も止められない。


 ジークを。

 そして、私を。


「……素敵」


 思わず、吐息がこぼれる。


 孤高で。

 真っ直ぐで。

 揺るがず。

 そして何より――強い。


 色欲の魔女であるエルディナにとって、

 ジークはあまりにも魅力的だった。


 母を殺した男。

 世界を憎む男。

 魔女を憎む男。


 そのすべてが、滑稽で、危うくて、そして愛おしい。


 殺しまくる。

 そこに迷いはない。

 躊躇もない。


 あまりにも平等に、すべてを殺す。


 あまりにも不平等に、魔女だけを憎む。


 その矛盾すら、愛しい。


 ジークは不老の体を持つ。


 何十年でも。

 何百年でも。


 その肉体は衰えない。


 エルディナは、くすりと笑う。


「ウルティアはバカよ」


 ガイルなどよりも。

 あんな軽やかな男よりも。


 ずっと、ジークのほうが美しい。


 だが。


 ジークには優しさの欠片もない。


 誘惑しても。

 囁いても。

 触れようとしても。


 その視線は、常に冷たい。


 それでもいい。


 ジークだからこそ、いい。


 愛されなくても構わない。

 振り向かれなくても構わない。


 ただ、彼の行く先に自分がいられればいい。


 それが叶うなら、

 何を捨ててもいい。


「……私の、かわいい子」


 かつて守るべき存在だった男。


 そしていま、

 恋焦がれる男。


 その二つが混ざり合い、

 エルディナの内側で歪な熱を生む。


 ジークが、ふと振り向いた気がした。


 目が合った気がした。


 ただそれだけで、

 エルディナの歓喜は抑えきれない。


 気づいたの?

 私を感じたの?


 それだけで十分。


 もっと殺していいわ。

 もっと世界を削っていい。


 全部が終わったら――


 その先に、私がいる。


 体はまだない。

 依代も決まっていない。

 どうやって触れるのかも、わからない。


 けれど、問題ではない。


 ジークの邪魔をしない。

 ジークを肯定する。

 ジークの復讐を支える。


 それだけでいい。


 彼のすべてを優先する。


 彼が望むなら、地獄でも歩く。


 それが愛。


 それが欲。


 それが――エルディナ。


 ウルティアとは違う。


 自分を捨てる愛。

 相手を優先しすぎる愛。


 抱かれなくてもいい。

 選ばれなくてもいい。


 ただ、彼の世界に自分が存在できれば。


 それこそが、


 レイズが“警戒対象”として挙げた、


 変態と呼ばれる魔女。


 エルディナの本性だ。

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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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