ディアブロの目的
「意味がわからぬか?」
ディアブロは、白い空間の奥を見たまま言った。
「おまえたちを助けるのは、ガイルを想うその気持ちへの情けだけだ。」
ウルティアは息を呑む。
情け――その言葉が、残酷にも優しく響く。
ディアブロは続ける。
「そして――俺の役目は、あれらを駆逐することだ」
「……あれらって?」
「アビスホールの伝承とされる神話級の魔物どもだ」
その名を出した瞬間、空気がわずかに軋んだ。
神話として語られてきた存在。
世界を滅ぼすとされながら、実在を疑われてきた怪物たち。
「なぜ……?」
「根元の魔女が誕生したとき、あれらは戦力として解き放たれる」
淡々とした声。
だが、その内容は重い。
「根元は、ただ顕現するだけではない。周囲の魂を糧にし、世界を削る」
「そのとき、あれらは“護衛”として動く。いや、兵器だな」
ウルティアの喉が鳴る。
「だからその前に喰らう」
「未来を削るのが、俺の役目だ」
静かな宣言だった。
ウルティアは、必死に言葉を探す。
「……復活させなきゃいいじゃない」
願いのような反論だった。
ディアブロは即座に否定する。
「それは無理だ」
冷たい断言。
「おまえたちがここに来た時点で、あいつらの動きは活発になる」
「魔女の因子は、根元に近い。匂いのようなものだ」
「この場所も、いずれ全力で探しに来る。そして――食われる」
ウルティアの背中に寒気が走る。
「故に因子だけ置いておけば……そこまでのことはしてこない」
「因子はやつのものだ。返却されたものを無理に奪い返す必要はない」
合理的すぎる理屈。
「だからこそ、魔女の因子は根元に返す」
「おまえたちは助かる」
そして、静かに続ける。
「そして根元は、あちらの世界に顕現することは……確定している」
ウルティアの視界が揺れる。
「……確定?」
「止める段階は過ぎている」
「なら、できることは一つだ」
ディアブロの目が鋭くなる。
「今のうちに、アビスの化物どもを駆逐する必要がある」
「戦力を減らす。未来の圧を削る」
「顕現した根元は……もはや任せるしかあるまい」
レイズたちの世界。
ガイルのいる世界。
あの場所で戦う者たちに。
ディアブロはウルティアを見る。
「ウルティアよ。勘違いするな」
その声には、珍しく感情が混じっていた。
「おまえたちは魔女を選び、ここにあり続ければ、必ず食われる」
「そして自我は消滅する」
「消えたおまえ達の自我から得た情報を、根元は武器にする」
「利用する」
ウルティアの指先が震える。
「だからこそ、食わせぬ」
「魔女の因子だけでも大概だ」
「そこにさらに、おまえたちの記憶、繋がり、弱点、愛情――それらを加えさせはしない」
白い空間が、わずかに軋む。
「これがどれほど重要なことか、おまえにはわからない」
ディアブロは静かに言った。
「未来の戦場で、何が“武器”になるのかをな」
ウルティアは言葉を失う。
自分の存在そのものが、未来の“武器”になり得る。
それを止めるために、因子を捨て、人になる。
救いとは、何を指すのか。
ディアブロは最後に、低く付け加えた。
「俺は世界を救う気はなどはないがな。」
「ただ――あいつが死ぬ未来を少しでも削るだけ。それがいま出来ることだ」
あいつ。
ガイルの顔が、胸に浮かぶ。
ウルティアは、何も言えなかった。
「それに――悪いことだけではない」
ディアブロは、白い空間の奥を見つめたまま言った。
「俺があれらを喰らい、消すことで……俺たちはアビスの世界そのものを変えることができるだろう」
ウルティアは眉を寄せる。
「……変える?」
「そうだ。」
短い肯定。
「あれらは、アビスの“圧”だ。捕食者であり、支配者であり、均衡を保つ歪みそのもの」
「それを削るということは、アビスの構造を削るということだ」
白い空間に、わずかな振動が走る。
「こんな何もない場所に、永遠に閉じこもるつもりはないのは――俺も同じだ」
その一言には、はじめてわずかな本音が滲んでいた。
「アビスの空間を奪うこともできる」
「居場所を……安全を、安寧を手に入れる可能性がある」
ウルティアは目を瞬かせる。
安寧。
その言葉が、ここではあまりにも遠い。
「故に、俺はアビスに戻る」
ディアブロの声が、静かに強くなる。
「俺は俺で戦う」
「未来を削りながら、同時に――居場所を奪う」
そして、わずかに口元を歪めた。
「そしておまえたちを、ついでに会わせてやる。」
「どうだ?」
「優しいだろ俺は」
ウルティアは、しばらく黙っていた。
呆れたような、泣きそうな、笑いそうな、複雑な顔。
「……はぁ……」
深いため息が零れる。
「優しい……のね……そうよね……」
そして、視線を落とす。
「でも……私は何をしたらいいの……?」
「私には……なにもできないの……?」
解読もない。
因子もない。
力もない。
ただの“魂”。
ディアブロは、白い空間を見渡した。
「この白い空間がどこか、きいたな」
「……魔力を失った者が流れ着く場所…?」
「そうだ」
頷く。
「その広さは、アビスとも比類する」
「俺もここをすべて知るわけではない」
「見つけられていないものもある」
ウルティアが顔を上げる。
「……見つけられていないもの?」
「あぁ」
ディアブロはゆっくりと言った。
「アビスは捕食の世界だ。だがここは違う」
「削られた魂も魔力も失った、残滓として散らかっている。」
「だが、残滓は必ずしも“無価値”ではない」
白い空間の奥に、微かに歪みがあるように見える。
「なら――おまえは探せ」
「新たな可能性を」
ウルティアの胸が、小さく跳ねる。
「可能性……?」
「俺は戦う」
「未来の戦力を削る」
「だが、おまえは違う」
ディアブロは視線を向ける。
「目的を見つけろ」
「ここで存在する理由を」
「それが、きっと安寧へ繋がるのだと」
「あるいは――アビスそのものを変える鍵になるかもしれぬ」
ウルティアは、震える指を握りしめた。
力はない。
だが、消えてもいない。
人として残った魂。
それは、武器ではない。
けれど、何かを生む可能性かもしれない。
ディアブロは立ち上がらない。
ただ、静かに言った。
「おまえは餌ではない」
「もう魔女でもない」
「なら――何を成す?」
その問いは、初めてウルティアに向けられた“未来”だった。




