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【悪役転生 レイズの過去を知る 】―俺だけが知る結末を、今度こそ覆す―  作者: くりょ
新たな始まり

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アビスキーパー

そして、空気が変わる。


 変わった、というより――

 “世界の厚み”が増した。


 ディアブロは、初めて緊張したようにウルティアへ命令した。


「さて。ここまで来たが……ここからが本番だ」


「どこまで来たのか、さっぱり――」


「すべての魔力をここで置いていく」


 意味が分からず、ウルティアが口を開きかけた、その瞬間。


 ディアブロが魔力を吸い込んだ。


 ただ吸うのではない。

 空間を肺へ引きずり込む。

 世界の魔力を自分の内側へ“集める”。


 そして、彼は腕を胸へ差し込んだ。


 ずぷり――と、音がした気がした。


 肉の感触。

 臓器のぬめり。

 そこに、さっき吸い込んだ魔力が凝縮され、脈打つのをウルティアは“理解してしまう”。


 取り出されたのは、臓器のような、袋のような――生々しい塊。

 だがそれは肉ではなく、器だ。

 魔力を内包するためだけの“部位”。


「な……なにをして……」


「黙れ」


 ディアブロはそれを腰のあたりへ装着した。

 縫い付けるように、魔力の糸が彼の身体と臓器を繋ぐ。

 結び目が、きしむ。


「きもち……悪いわよ、それ……」


「黙れ。お前も魔力を使い切れ。なんでもいい。すべてだ」


 直後、ディアブロが吐き出す。


「ディアブレス」


 黒炎の奔流が、何もない空間を激しく破壊しながら突き進む。

 破壊された“無”が、道のように裂けて、先へ伸びた。


 ウルティアは訳も分からぬまま、魔力を解き放つ。

 解読でも呪でもなく、ただの放出。

 自分の内側を空にするための、破棄。


 魔力が抜けた瞬間、襲ってきたのは、魂そのものが沈むような疲労だった。


「ねぇ……こんなことしたら……」


 ディアブロもぐったりしている。

 肩が重い。

 しかし眼だけが鋭いままだ。


「必要なことだ。……あと、ここから先は本当に一言も――音を漏らすな」


 ウルティアの背が凍る。


「しゃべるな、じゃなくて……音……?」


「そうだ。音を漏らすな」


 ディアブロの声が低い。

 怒りでも脅しでもない。

 ただ“法則”を告げている。


「呼吸も、鼓動も、魔力の揺らぎも……ここではすべてが音だ」

「音は――届く」

「届けば――喰われる」


 その言葉で理解した。

 この先にあるのは、先ほどの追跡や咆哮のような“脅威”ではない。

 存在の仕組みそのものを捕食する“何か”だ。


 ディアブロはゆっくり歩きだす。

 ウルティアはもはや歩けない。

 背へよりかかり、息を殺す。

 意識だけで呼吸を止める。


 そうしてたどり着いたのは――さらなる闇。


 闇の中に、ディアブロは忍び込むように踏み入れた。

 周囲を真剣に見渡し、足を置く場所すら選ぶ。


 ウルティアも、ぼんやりとした視界で闇をなぞる。


 そして――見てしまう。


 まっすぐに全身を髪の毛で纏った、異常な人形。

 人形のように“見える”だけで、そこに生命の気配はない。

 けれど、闇がその存在を中心に歪んでいる。


(……あれに、絶対に見つかってはいけない)


 理由は分からない。

 だが魂が叫んでいる。

 あれは“敵”ではない。

 対峙という行為が成立しない。

 見られた瞬間に、こちらの存在が“定義”されて終わる。


 ディアブロはゆっくり進み、行き止まりにたどり着く。

 異常な人形は、まだ微動だにしていない。

 ――気付かれていない。


 ディアブロは腰の臓器を掴んだ。

 握り潰す。


 ぶちゅり、と。


 内包されていた魔力が一気に溢れ、そしてその瞬間。

 彼は行き止まりの壁へ掌を叩きつけた。


 割れる。

 割れて、白い光が差し込む。


 だが――


 遅い。

 もう、バレている。


 闇の奥から、腕が伸びてくる。

 一本ではない。

 十でもない。

 数えられない。

 闇そのものが腕になって、こちらへ“掴む意志”を伸ばしてくる。


 ウルティアは声が出ない。

 出してはいけない。

 喉が震える。

 涙が滲む。

 息を吸いたい。


 でも、吸えば音になる。


 ディアブロは白い世界へ飛び込んだ。

 止まらない。

 魔力の残滓を吸引し、足へ纏わせ――全力で走る。


 ウルティアは後ろを見られない。

 いや、見たくない。


 もし捕まれば――終わる。

 それが“死”ではないことを、魂が理解している。

 捕まる=還元。

 砕かれ、溶かされ、意味だけになる。


 背後から声が聞こえた。


「ウル……」


 ウルティアの心臓が跳ねた。

 ――知っている声。


「ウル……まって……?」


 アルティナ。


 姉の声だ。

 優しく、懐かしく、痛いほど自然な声音。


 見たい。

 会いたい。

 謝りたい。

 許してほしい。


 首が動きかけた、その瞬間。


 ディアブロの手がウルティアの頭を掴んだ。

 鉄のように固い掌が、振り向くという選択を許さない。


 そして、次の声。


「おい!! ウルティア! どこにいくんだよ!」


 ガイル。


 愛してやまない声。

 怒っているのに、そこに温度がある。

 本物だと思ってしまうほど、心を掴む。


(見たい……会いたい……!)


 ウルティアは必死にディアブロの手を振りほどこうとする。

 だがディアブロの握力は緩まない。

 緩める気配すらない。


「……振り向くな」


 囁きではない。

 命令だ。

 そして“救い”だ。


 全力疾走が続き――

 背後の気配が、ぷつりと途切れた。


 追ってくる腕の圧が消える。

 闇の重さが遠のく。

 ディアブロはようやく速度を落とし、荒い息のまま言った。


「……いま振り向いていたら、終わっていたぞ」


 ウルティアは泣きそうな顔で、唇だけを動かす。


「ど……どうして……お姉様の……ガイルの声が……」


「ここにいるわけがない」


 ディアブロの声は冷たい。

 けれど、それは突き放しではない。

 現実を叩きつけるための冷たさだ。


「あれは罠だ。お前を――そして俺を捕まえるための」


「罠……?」


「ああ。アビスの外へ生かせない役割がある」

「そしてアビスの中でも、最も危険な“出涸らし”だ」


 出涸らし。

 その単語が嫌に生々しい。


「出涸らし……?」


「喰われて、必要ない部分だけが残ったものだ」


 ディアブロは淡々と言う。


「魂は砕かれる。記憶は溶ける。意志は剥がれる」

「それでも最後に残る“執着”だけが、形を与えられ……見張りとして置かれる」

「外へ行かぬようにな」


 ウルティアの喉が鳴りそうになるのを、必死に抑える。


「倒すことはできない。対面が成立しない」

「まともに見た瞬間、こちらが終わる」

「逃げることもできない。……振り向けば、喰われる」


 怖いのは、強いからではない。

 強さという尺度が意味をなさないからだ。


 ディアブロは、疲れたように短く息を吐いた。


「だが……そこを抜けさえすれば、“安全”は確かにある」


 ウルティアはゆっくり周囲を見る。

 真っ白で、何もない空間。

 白いのに冷たい。

 空っぽなのに重い。


「ここは……?」


 ディアブロは収束していた魔力を解放した。

 すると白い空間のあちこちに“景色”が滲み出る。


 骨のようなもの。

 机のようなもの。

 刃物にも瓦礫にも見える、意味不明な物体。

 それらが乱雑に散らばり、まとまりのない“居場所”を形作っている。


 そしてディアブロは、短く告げた。


「ここが……私の家だ」


 ウルティアは、乾いた笑いを喉の奥に押し込む。


「……確かに。安寧はなさそうね」


「あるわけがない」


 ディアブロの声が、ほんの少しだけ低くなる。


「使命を終えたものが散らばる場所だ。役割を失ったものが、ただ残る」

「……ここはそういう場所だ」


 ウルティアは理解した。

 安全とはいえても、救いではない。

 だが――


 “息を吸っても喰われない”というだけで、涙が出そうだった。


 ディアブロは振り返らず、白い空間の奥へ歩きだす。


「……さて。話の続きだ」


 その背中に、ウルティアは小さく呟く。


(……地獄にも、家はあるのね)


 誰にも届かない音で。

 誰にも喰われない音で。


 ようやく、二人は“止まれる場所”を手に入れたのだった。

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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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