それぞれの傷はそれぞれが癒す時間
そのころ――レイズ達のもとでは、小さな宴のようなものが始まっていた。
それはガルシアの配慮だった。
レイズがここに来た時の様子。
周囲の者達の、肉体の疲労とは明らかに違う――精神の摩耗。
それを、ガルシアは見抜いていた。
ジュラで、きっとさぞ大変なことがあったのだろう。
だが、彼はそれについて何も聞かない。
知らないままでいい。
知らぬからこそ出来ることがある。
何も知らぬからこそ、
その空気を、疲れを、吹き飛ばしてやろう。
そんな想いが、この宴だった。
レイズは周囲を見渡し、ふと立ち上がる。
「やっぱりイザベルを呼んでくるよ……
リアノ、ちょっとレイナを見ててくれ」
リアノは慌てて頷く。
「はい!ですが……レイナ様は……アリスさんと……はしゃいでおられますよ……?」
「だからだよ」
レイズは苦笑する。
「お義父さんの家だ。
あまり自由にあちこち行かせるのは――」
「まったく構わない」
ガルシアが穏やかに遮った。
「むしろ……幸福だ」
レイズは少しだけ目を細め、
「まぁ……そういうことだ」
とだけ言う。
リアノは困惑したまま、
「あの……さっぱり……わからないのですが……」
と首を傾げるのだった。
レイズはそのままイザベルを迎えに向かう。
その背を見送りながら、クリスが静かに大皿へ料理を盛り始める。
「リアノ」
「は、はい!?クリス様……それは……?」
「私も少し外に出る。
レイズ様にはトイレに行ったと伝えてください」
「えっと……それは……伝える意味があるのですか……?」
クリスは真顔で答える。
「あります。
私がこの場にいなかったら、きっとレイズ様は心を痛められます!!」
「え、えぇ……?」
意味がわからない、と顔に書いてあるリアノを置いて、
クリスは料理を抱え外へ向かった。
その一方で、ジェーンはリリィと静かに言葉を交わしていた。
「まったく……偉い役割を押し付けられちまったねぇ、リリィ」
リリィは首を振る。
「い、いえ!
私は……ここに来れて本当に良かったです!!
たくさん……なにか……私の中で……始まりを得た、と思っています」
「始まり、か」
ジェーンはにやりと笑う。
「なぁリリィ。
あんたはまだ、魔女に――本当のリリィに、その体を譲る気持ちがあるのかい?」
リリィは一瞬、悩む。
「リリィ様は……私の体を選べない理由を……レイズ様から伺っておりますので……
私は……このままリリィとしてあり続けたいと……思っています」
「それはよかった」
ジェーンは肩をすくめる。
「私は魔女のリリィより、
レイズに惚れてるリリィの方が気に入ってるさ」
「え!?レイズ様に!?わ、わたしが!?
なにを言ってるんですかぁ!?」
顔を真っ赤にするリリィ。
「違うのかい?」
「そんなわけないじゃないですか!!
レイズ様は素敵な奥様が三人いますし……
それに……私は……あまりにも……」
「年齢のことかい?」
「だから違いますって!!」
そんな大人達の会話をよそに、
子供達は別世界だった。
「ねぇねぇ!アリス!こっちに行ってみよ!!」
「えぇ!?勝手に……行っても大丈夫……なのかな……?」
「大丈夫だよ!
おじいちゃんもパパも私には甘いんだから!」
子供ながら、
父も祖父も自分に甘いと理解しているレイナ。
ガルシアはその会話を聞き、懐かしそうに笑う。
「ハハ……まるでイザベルが子供だった頃を思い出すな」
リアノは慌てる。
「そ、その……本当にいいのですか!?」
「構わない。
レイバードはいつも静かすぎた。
たまには……こうして明るい空気が必要だったのだ」
そのとき。
奥の部屋から、ガシャーンと大きな音が響く。
レイナとアリスの顔が一瞬で青ざめる。
装飾された美しい壺が、床で粉々になっていた。
「あ、あの……ほんとに……?」
リアノは青ざめる。
だがガルシアは何も言わなかった。
怒りはない。
ただ――
その光景すら、どこか懐かしい。
壊した壺も。
青ざめる顔も。
子供の慌てた声も。
すべてが、
過去のイザベルの姿と重なる。
その頃――
クリスは外へ出て、馬車の止まる場所へ向かっていた。
ノックもせずに扉を開ける。
「おまえ!勝手に入ってくるなよ!?」
ガイルが睨む。
「何を言っている。
この馬車はそもそもアルバードの物だ」
淡々と料理を差し出す。
ガイルは怪訝な顔をする。
「なんだよ……気色悪いな……おまえ……」
クリスはノエルの遺体に魔法をかけ、
静かに言う。
「少しはゆっくりご飯でも食べろ。
レイバードの食事はとても美味しいものだ」
ガイルはそれを受け取り、馬車の外へ出る。
「ぁあ……まったく……
てめぇも……よくわかんねぇやつだよ」
ゆっくりと、飯を口に運ぶ。
「ハハ……まじで……うめぇじゃねぇかよ……」
ノエルの遺体の側に、ずっといた。
食欲などなかった。
だが、喉を通る。
身体がそれを受け入れる。
はぁ……
「これが生きてるってことだろ。
なぁ……?」
誰に問いかけたのかは分からない。
ただ、
確かに。
それぞれがそれぞれの傷を抱え、
それぞれのやり方で癒している。
その時間が、
確実にレイバードでは与えられていた。




