安寧とはいえない安全へ
いつのまにかディアブロの背にまたがるように、ウルティアは道とも呼べぬ未知をしばらく走っていた。
同じ光景を何度も繰り返しているようで、しかし決して同じではない。
魔力の濃度も、魂の流れも、歪みの向きもすべて違う。
ディアブロは迷いなく、確実にどこかを目的地として進んでいる。
「はぁ……はぁ……ねぇ……一体どこへ……」
黒炎を纏う背にしがみつきながら、ウルティアは息を荒げる。
「私の家だ」
「家……?」
「といっても、家とは到底呼べぬものだがな」
「家……こんなとこに……家なんて……」
「ぁあ、俺が勝手にそう名付けている。
そしてそれは、この世界とはいえぬが、あちらでは数百年も時を経ている。
故に……いまも残っているか保証などないがな」
「数百年って……ほんと長生きよね」
ディアブロは鼻で笑う。
「何をわけのわからぬことを言っている。
お前達も、魔女として我より長くあちらにいたではないか」
「寿命の話をしてるのよ!
私たちは、人に乗り移っても決して寿命が延びるわけじゃないから!」
「ハハハ……寿命という概念には、俺にもお前にも大して意味を為さないだろう」
ウルティアはディアブロの背に顔を埋め、小さく呟く。
「私は……
最後はちゃんと人だったんだから……」
ディアブロは低く笑う。
「それがお前の選択だったわけだ。
ククク……」
「何がおかしいのよ!?
魔女が!! 人になったっていいじゃない!」
「なに、それを笑っているわけではない。
ただ……まさかガイルに恋をするとはな」
ウルティアの瞳がきらきらと輝く。
「だって……
あんなに強くて……あんなに旅が好きで……
私と似てたのよ……
人なのに134歳よ?
なら私が好きになってもおかしくないじゃない。
それに……
ガイルはものすごく優しいから……」
「ハハハ!! それはいい!!
ガイルについて聞きたいこともある。
だからいまは黙ってろ」
ディアブロは突如、なにもない空間に腕をねじ込む。
そして無理やり引き裂くように進み出す。
「ちょ!! うっぶ――」
「だから黙ってろと言っているのに。
まったくバカな女だ」
切り裂かれた断片が飛び散る。
空間なのに空間ではない。
物質なのに物質ではない。
理解不能な破片がウルティアの顔に何度も叩きつけられる。
(わたしを……女として見てくれるなら……もっと優しくしなさいよ!)
心の中でだけ、そう叫ぶ。
やがて再び、何もない空間へと抜け出る。
ディアブロはそれでも迷いなく突き進む。
少し遠回りをしているようにも見える。
「あなたねぇ!!
どこに行くかわからないけど……
こんなの続けてたら死んじゃうじゃない!!」
「俺たちはすでに死んでいるだろ?」
その一言に、ウルティアは深く落ち込む。
そうだ。
まるで生きていると錯覚していただけ。
すでに、私も。
ディアブロも。
死んでいる。
「じゃあここは死んだ後の……」
「死後にこんなところに来るとしたら。
それはまさに地獄行きというやつだな、ははは!!」
否定できない。
地獄がどんなものかは知らない。
だが天国と地獄があるなら、自分は間違いなく地獄側の人間だと分かっている。
「ハハハ……だが、そう悲観するな。
ここにも……身を、いや、魂を休ませるくらいの場所は必ずある」
「さっき貴方、安全なところなんてないって……」
「何を言っている。
私はお前に聞いただけだ。
安全なところがあると思うか? とな」
「あるなら!! そんな意地悪なこと聞かないでよ!!
わかるわけないでしょ!?」
「ハハハ。
安全とはいえるが、安寧とはとても呼べぬ場所だ。
贅沢は言うなよ?」
「どこでもいいわよ……
どうせ……私に安寧なんて……訪れないんだから……」
ディアブロが低く言う。
「お前がここに還された理由がわかった気がする」
「ちょっと!! それを教え――わっ!!」
再び異空間が切り裂かれる。
「だから喋るなと言っている」
(今は言ってなかったでしょ!!)
ウルティアは心の中で強く突っ込むのだった。




