表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悪役転生 レイズの過去を知る 】―俺だけが知る結末を、今度こそ覆す―  作者: くりょ
新たな始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

705/777

根元の世界 アビスホール

真っ暗だった。


それは夜の闇ではない。

目を閉じたときの暗さでもない。


光という概念そのものが、存在しない。


音もない。

風もない。

温度もない。


ただ、無限の黒だけが広がっている。


――ああ。


私は、いなくなってしまったのだ。


その事実だけが、妙に静かに胸に落ちた。


消えたのだ。

世界から。

存在の縁から。


誰の記憶にも残らず、

誰の視界にも映らず、

どこかも分からぬ場所へと、私は送られた。


そう、理解しかけた、そのときだった。


ぱちり、と。


まるで閉じられていた何かが開くような感覚が走る。


え……?


目?


私は、いま――目を、開いたの?


ゆっくりと、視界が形を持ち始める。


黒の奥に、揺らめきが生まれる。

濃淡が生まれ、

歪みが生まれ、

やがて“空間”というものが現れる。


だがそれは、現世の空間ではない。


上下がない。

地面がない。

空もない。


それなのに、確かに広がっている。


息を吸う。


いや、吸うという表現は正しくない。


魂が、何かを取り込む。


その瞬間、胸の奥が軋んだ。


重い。


違う。


濃い。


魔力だ。


空間そのものが、魔力でできている。


あまりにも濃密で、

あまりにも飽和していて、

触れれば溺れそうなほど満ちている。


遅れて、気づく。


自分の身体がある。


指がある。

手がある。

腕がある。


輪郭がはっきりしている。


依代ではない。

仮初の姿でもない。


これが――


私の、本来の姿。


魂の形。


魔女として外界を歩くときには、決して見られなかった、本当の私。


その感覚に戸惑いながら、ふと視界を巡らせる。


そして、凍る。


“いる”。


無数の存在。


漂う光。

歪む影。

形を保てぬ魂。

崩れかけた存在。


生き物ではない。


これは、魂。


還り損ねたもの。

喰われかけたもの。

溶けかけたもの。


ここは――


魂の世界。


根源。


魔力の根。


その理解が、背筋を冷たく撫でた。


そして。


気配が変わる。


圧倒的な質量。


視界の遥か奥に、それはいた。


白。


あまりにも白い。


巨大な、龍の形。


だが、それは“龍”という言葉では到底足りない。


格が違う。

存在階層が違う。

この空間の一部のように、自然に、そこに在る。


ウルティアは、震える意識で権能を使う。


解読。


視界に浮かび上がる名。


魂を食らいしドラゴン。

ウロボロス。

神話を司り、なお神話として生きる神獣。


喉の奥から、笑いが漏れた。


「……あはは……」


あれに、喰われる。


理解してしまった。


あれは殺すのではない。


還す。


魂を、根へと戻す。


喰うことが、還元。


ここは。


アビスホール。


お母様の世界。


その瞬間。


巨大な瞳が、こちらを向いた。


時間が止まる。


白い瞳孔の奥に、私が映る。


見つかった。


その事実だけで、魂が凍る。


逃げた。


誇りも理性もない。

ただの本能。


ウロボロスの口元が、ゆっくりと歪む。


楽しむように。

味わうように。


次の瞬間。


距離が消えた。


迫っている。


速い。


空間が裂ける。


逃げる。

逃げる。


だが、周囲の魂が飲み込まれていく。


音がない。


静かに、存在が消えていく。


「いや……いや……!」


魔女である私が、

世界を支配してきた私が、

ただの捕食対象。


ここは、現世では許されぬものの巣。


絶対の捕食者たちの楽園。


追いつかれる。


距離が縮む。


巨大な口が、視界を覆う。


死ぬ?


違う。


もう死んでいる。


なら。


溶ける。


還る。


「……やめて……」


立ち止まる。


笑いがこぼれる。


私は、奪ってきた。


魂を。

人生を。

未来を。


報いだ。


そう思った瞬間。


空間が歪んだ。


凄まじい吸引。


ウロボロスの巨体が後退する。


黒炎を帯びた光線が、空間を裂く。


直撃。


だが、噛み砕かれる。


消化される。


そして。


そこに立つ。


黒炎を纏う男。


圧倒的な存在感。


「あ……」


理解が追いつく。


「ディアブロ……?」


狂気じみた笑い声が響く。


「ククク……まさかこのような形でアビスに来るとはな!!」


その手には、赤く染まった腕。


アルティナの腕。


混乱。


理解不能。


だが、説明はない。


腕を掴まれる。


強制的に移動。


背後で、ウロボロスが咆哮する。


空間そのものが震える。


ディアブロの魔力が爆ぜる。


光が無数に走り、

白い巨体を貫く。


効いている。


だが。


「倒せるの……?」


「無理に決まっている」


即答。


「いまは逃げる」


その言葉の重さ。


ここでは、ディアブロですら捕食者ではない。


ただの、侵入者。


空間が再び歪む。


別の気配。


古い。


重い。


巨大すぎる。


根元の魔物。


そして。


その全てを管理する視線。


世界そのものの意志。


ティグルヴェノバーリス。


名を知るだけで、魂が軋む。


ここは、狩場。


捕食か。


還元か。


ただそれだけが許された世界。


ウルティアは、初めて理解する。


魔女とは。


この世界から、ほんの一時、外へ出されていただけの存在だったのだと。



空間が、重い。


先ほどまで暴れていたウロボロスの咆哮が遠のいていく。


だが、静寂は訪れない。


この世界に“静寂”という概念は存在しない。


満ちている。


常に何かで満ちている。


魔力。

魂。

圧。

意志なき意志。


ウルティアは、ディアブロに引かれながらも、それを感じ取っていた。


追ってくる気配は一つではない。


ウロボロスは“狩人”だ。


だが、それはこの空間のほんの一部に過ぎない。


もっと深い。


もっと底の方。


もっと巨大なもの。


それが、ある。


それは動いていない。


だが確実に、存在している。


視界の奥。

空間の奥。

魔力の流れのさらに奥。


巨大な“核”。


それは、眠っている。


目を閉じたまま。

だが夢を見ている。


この世界そのものを夢として見ている。


「……感じるか」


ディアブロが低く呟く。


ウルティアは答えられない。


言葉にすれば、

それに“気付かれる”気がしたからだ。


それはまだ、起きていない。


起きていないのに、

すべてを内包している。


この空間で喰われる魂は、

どこへ行くのか。


ウロボロスは喰らう。


だが、消えない。


還る。


どこへ?


あそこだ。


あの、巨大な“中心”へ。


それは心臓ではない。


それは脳でもない。


それは根。


この世界の根。


根元の魔女。


ティグルヴェノバーリス。


名前を思考に浮かべた瞬間、

空間の魔力がわずかに波打つ。


ウルティアは息を止める。


違う。


いまのは干渉ではない。


反応ですらない。


ただ――


世界が“在る”という事実が、

重くのしかかっただけ。


「まだ眠っている」


ディアブロが言う。


「あれが起きれば、この空間は“世界”になる」


「いまはまだ、胃袋の中だ」


胃袋。


その言葉が、妙に腑に落ちる。


ウロボロスは牙。

他の魔物は酵素。

魔力は胃液。


ここは分解場。


魂を砕き、

形を失わせ、

概念へと還す場所。


魔女たちは、ここから出された。


外界に放たれた。


だが。


全員が還ったとき。


全員が喰われたとき。


全員が根へと戻ったとき。


それは“目覚める”。


完全な根元として。


世界を管理する存在として。


「……お母様は、まだ夢を見ているのね」


ウルティアは震える声で言う。


ディアブロは鼻で笑う。


「夢? 違うな」


「これは“待機”だ」


「全てが揃うのを待っている」


その言葉に、

背筋が冷たくなる。


揃う。


つまり。


魔女が全員、ここに還ること。


ウルティアは理解する。


私たちは駒。


外界で魔力を循環させ、

魂を刺激し、

世界を回す。


そして最後には還る。


その瞬間。


空間の遥か奥で、

脈動のようなものが一度だけ走った。


ドクン。


それだけ。


それだけなのに。


ウルティアの魂が、軋む。


「……いまのは」


「気のせいだ」


ディアブロは即答する。


だが、視線は奥を見ている。


ウロボロスの咆哮が再び響く。


捕食者はまだ健在。


だが、それは問題ではない。


問題は。


“目覚め”が近づいているのかどうか。


「魔女があと何人、喰われればいいと思う?」


ディアブロが問う。


ウルティアは答えられない。


だが理解している。


アルティナ。

エルディナ。

ルティー。

サティー。

ダルク。

リリィ。


一人でも欠ければ、

均衡が崩れる。


均衡が崩れれば、

循環が早まる。


循環が早まれば、

目覚めが近づく。


ティグルヴェノバーリスは、

まだ眠っている。


だがその眠りは、

終わりを前提としたものだ。


そしていま。


アビスホールの奥で。


わずかに、

ほんのわずかに。


根が、魔力を吸い込んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ