レイズの答え。
(……俺は、普通に幸せになりたいだけなんだ)
その願いは、王のものではない。
英雄のものでもない。
ただの、一人の男の願いだ。
けれど。
胸の奥に、もっと深い棘がある。
ずっと、抜けない棘が。
(そもそも……)
レイズはゆっくりと目を伏せる。
(俺は、レイズじゃないんだから)
その事実は、誰よりも自分が知っている。
この身体はレイズだ。
この名前もレイズだ。
血も、立場も、過去も、レイズのものだ。
だが――
“本来のレイズ”が望んだ未来を、
いま歩いているのは自分だ。
奪ったわけではない。
だが、引き継いだわけでもない。
ただ、上書きした。
(皆が見ているのは“レイズ”だ)
王としてのレイズ。
アルバードの象徴としてのレイズ。
救った英雄としてのレイズ。
だが、その中心にいる“俺”は。
誰だ?
本来ここに立つはずだった少年は、
どこにいる?
俺は、
あの悪役だったレイズに、
この景色を返したかっただけだ。
暖かい未来を、
穏やかな世界を、
家族に囲まれた日々を。
それを、渡したかった。
なのに。
気づけば、
その席に座っているのは自分だ。
(優先される資格なんて、あるのか?)
皆が命を懸ける。
皆が未来を預ける。
皆が自分を中心に回る。
だがその中心は――
本当に“正しいレイズ”なのか?
(俺は……代わりだろ)
それでも皆は、疑わない。
疑う必要がないほど、信じている。
それが、余計に苦しい。
(俺を最優先にするなよ)
その言葉の裏には、
こんな思いが隠れている。
(だって……俺はレイズじゃないんだから)
本来のレイズが背負うはずだった未来を、
本来のレイズが愛されるはずだった世界を、
自分が受け取っている。
それが間違いだとは思わない。
だが、正しいとも言い切れない。
だからこそ、
王であり続けることが怖い。
皆の人生を、自分の存在で縛ることが怖い。
もし、いつか。
この“レイズではない俺”が、
間違えたら?
もし、いつか。
本来のレイズとは違う選択をしたら?
その責任は、
誰が取る?
(……俺は、レイズじゃない)
だからこそ、
中心に立ち続けることが怖い。
だからこそ、
皆に自由でいてほしい。
自分がいなくても、
回る世界であってほしい。
レイズは静かに息を吐く。
王としてではなく。
英雄としてでもなく。
ただ一人の、迷い続ける男として。
(それでも……)
それでも。
イザベルを愛している。
子どもたちを守りたい。
仲間を信じている。
それだけは、嘘ではない。
だからこそ。
中心ではなく、
対等でいたい。
王ではなく、
ただのレイズでいたい。
たとえ――
本当はレイズではなくても。
(もう、未来は変えただろ?)
心の奥で、誰にともなく問いかける。
あの結末は回避した。
守るべきものは守った。
救えなかったはずの命も、いまここにある。
(なら……)
ゆっくりと、胸の奥から言葉が浮かぶ。
おれは“レイズとして”じゃない。
俺は、俺としてここに在りたい。
この立場は――
この場所は――
俺のものじゃない。
俺が用意したものだ。
戦いを止めるために。
守るために。
未来を変えるために。
必要だったから作っただけだ。
そこに、殉ずる必要なんてないはずだ。
(俺はもっと……)
もっと、この世界を知りたい。
一人の人として。
王ではなく。
象徴ではなく。
中心でもなく。
ただの一人の人間として。
朝の空気を吸って、
子どもたちの笑い声を聞いて、
隣にいるイザベルと他愛ない話をして。
そんな時間を、ちゃんと感じたい。
(王としての立場なんて、求めてなんかいない)
当主であることを受け入れたのは、
あくまでも皆を守るためだ。
必要だったから、立った。
だが――どうだ。
皆を守った。
皆を救った。
未来を変えた。
やるべきことは、やったはずだ。
それなのに。
いまから起きることなんて、
あまりにも俺にもわからない。
この先はもう、“知っている未来”じゃない。
なら――
どうしてまだ、王でいなければならない?
(そもそも……)
誰かに特別に思われたいわけじゃない。
崇められたいわけでもない。
優先されたいわけでもない。
レイズが、
本来のレイズが、
できたはずの可能性を、
俺は示したかっただけだ。
悪役として終わるはずだった少年に、
違う未来があったと、
証明したかっただけだ。
(もう、十分だろ?)
胸の奥で、問いかける。
なぁ……レイズ。
おまえだって、別に王になんてなりたくなかったはずだ。
皆が守れて、
生き残れて、
笑えていれば――
それで、よかったはずだよな……?
王座なんて、
称号なんて、
国なんて、
おまえはきっと望んでいなかった。
ただ、
守りたかっただけだ。
ただ、
失いたくなかっただけだ。
俺は、それをやった。
だから――
もう、いいだろ?
もう、
俺は俺として、
ここに立ってもいいだろ?
王じゃなくていい。
レイズである必要もない。
ただの一人の男として、
この世界を、
ちゃんと歩いてみたいんだ。




